第23話 瞬撃の救世主

【前回までのあらすじ】


 ゴールデンウイークに、クラスのみんなと遊びに行く約束をした灯夜君。しかし、よりにもよって同じ日に小学生時代の友達にもお誘いを受けてしまったよっ!

 どっちに行くか悩んだけど……親切な協力者の助力も得られたので、思い切ってダブルブッキングを決行! 替え玉役の雷華さんとの入れ替わりを駆使し、池袋と渋谷をせわしなく行き来するのでした。

 

 ちかちゃん達と合流するため渋谷に舞い戻った灯夜君。しかし彼が見たのは、みんながナンパ男たちに絡まれている現場でした!

 意を決して助けに行こうとする彼を制止したのは、意外なる人物。その正体は一体誰なのでしょうか――――!?




◇◇◇



 ――――まさに、それは一瞬の出来事。


 ほんのまばたきする程の間に、二人の男が地に伏していた。首元にそれぞれ一撃を加えられ、短い悲鳴と共に崩れ落ちたのだ。


「な……な、何なんだよオマエっ!」


 残されたひとり……髪を明るい金色に染め、日焼けしたかのように色黒な男が叫ぶ。その顔からは先程までのようないやらしい笑みは消え失せ、ただ驚きと怯えに引きつるばかりであった。


「一人づつ倒すと、残りはばらけて逃げるだろう? だから……二人は同時に倒す。ここまでは解るか?」


 男の前に立っているのは、すらりと背の高い少女。その均整の取れた体つきは、まるで野生の獣のように無駄のないシルエットをかもし出していた。


「次は、何故三人同時に倒さなかったか……だが」


 ノースリーブのGジャンに片足の無いジーンズという、外国のバンドの人みたいな格好。だけど、ぼくはこの人を知っている。


「フッ、言うまでもなく……残ったお前に、三人分・・・苦しんでもらう為だ」


 大きく広がった茶色の髪に一筋走る、この赤いメッシュを――――知っている。


「うわぁあ――――!!」


 悲鳴を上げ、通りの方に向かって走り出す男。だが、それよりも何倍も速く繰り出された彼女の拳が……男のみぞおちに、深々とめり込んだ。


「げぼぉっ!?」


 みるみる顔面を蒼ざめて、泡を吹きながら膝をつく男。そのまま地面に突っ伏すと、数回大きく痙攣けいれんした後、ぴくりとも動かなくなった。


 ――――前の二人のように、一瞬で意識を刈り取られたのではない。ただ、耐え難い痛み……純粋な苦痛によって気絶に至ったのだ。 


「す……すげえ」


 目の前で繰り広げられた、一瞬の攻防……いや、一方的な“狩り”とでもいうような光景を目の当たりにして、今まで言葉を失っていたちかちゃんの口から感嘆のつぶやきが漏れる。


「このお姉さん、すっごい強いよっ!」「うそ、これってマジなの!?」「あ……ありがとうございます! 本当にありがとうございますっっ!」


 それと同時に、感極まったみんながせきを切ったように騒ぎ出す。当然だ……最悪のピンチから一転、まるで物語のように鮮やかな救出劇。

 テレビ画面の向こうでしかお目にかかれないそんな奇跡を、ここにいるぼく達は自らの身を持って体験したのだから。


「あ、ありがとうございますっ、先輩……」


「フッ、物のついでさ……あたしはただ、気に食わねえ奴等をボコっただけ。礼を言われる様な事はしていない」


 ――――先輩。そう、彼女はぼくの先輩。こんな成りをしていても、天御神楽学園高等部の生徒なのだ。


 先程、ちかちゃん達に絡む三人の男に対し、無謀な突撃を敢行しようとしたぼくを引き止めた彼女。

 状況を見て一言「任せておけ」と言い……後はご覧の通り。同じく高校生であろう男三人を、瞬く間に打ち倒してしまったのだ。


 それは、恐ろしい程の早業。人数の差などまるで問題にならないほど、圧倒的な実力差があってこそ成し得る業だろう。

 ぼくも最近になって一応、格闘技の指導を受けたりはしたけど……とてもじゃないがこんな域に到達できるとは思えない。


 純粋な格闘技術だけなら、それこそ樹希ちゃんや愛音ちゃんレベルにも引けを取らない。いや、むしろ上回ってすらいるのではないか?


「あの……この人たち、大丈夫なんですか? 倒れたまま、動かないけど……」


「ああ、手加減も容赦もしていないからな。そう簡単に起きてこられては困る」


 ちょっと心配になって聞いてみたけど、帰ってきた答えは実に容赦のないものだった。これ救急車とか呼んだほうがいいんじゃ……


「フッ、お人好しが過ぎるぞ。こいつ等はむしろ自業自得……心配してやる程の価値はない」


 ぼくにそう言った直後、不意に先輩は視線を通りの外に向けた。


「ちっ、思っていたより早いな……」


「どうかしたんですか?」


「警察が来た。どうやらこの場はお開きのようだな」


 警察! 一連の騒ぎを見た誰かが通報したのだろうか? っていうか、今の今までその方法がすっかり頭から抜け落ちていたぼくって一体……

 そう。相手があやかしじゃないなら、普通にお巡りさんを呼べば良かったんだ……激しく今更だけど。


「というわけで、あたしは逃げる」


「逃げるのっ!?」


 そのまま流れるようにきびすを返す先輩に、思わず突っ込んでしまうぼく。


「そりゃあ逃げるさ。こっちも野暮用の途中だしな……それより、お前等も逃げた方がいいぞ」


 え? ぼく達は被害者なんだから、別に逃げる必要なんて……


「フッ……折角の休みを、事情聴取やら何やらで台無しにされたいのか?」


「そ、その人の言う通りだっ! あたし等、次はいつ集まれるかわかんねーんだぞっ!」


 先輩とちかちゃんの言葉にぼくははっとする。そ、そういう事かっ! このままうっかり署までご同行願われちゃったりしたら、解放される頃にはもう夕方という事もありうる。

 そうなったら今日という日は……ぼく達のゴールデンウイークの思い出は、なんか警察のご厄介になった記憶で塗りつぶされて終わってしまうのだ!


 さすがにそれはちょっと、いやかなり遠慮したい結末である。


「さあ、走るぞ!」


 勢い良く駆け出す先輩。それに続いて、ぼく達も走り出す。とりあえずは同じ方向へ、みんなで逃走開始だっ!


 やっぱりというか、先輩の足は速い。これでは追いつけなくなるのも時間の問題だろう。だから、その前に。


「先輩! な……名前! お名前教えて下さいっ。ぼくは灯夜……月代灯夜です!」


 どうしても聞いておきたい、前は聞けなかった先輩の名前。今ではぼく達全員の……恩人の名前!


「……ミイナだ。不知火――――ミイナ!」


 少しためらうように眉をひそめながらも、先輩は答えてくれた。“不知火ミイナ”……それがこの強く頼もしい先輩の名前か。

 あれ? その名前、ぼくの中で何か引っかかる……どこかで聞いたような響きだけど、どこでだっけ?


 一瞬抱いたそんな疑問も、あっという間に苦しくなる呼吸と心臓の音にかき消されていく。そうだった。このぼく、月代灯夜は――――


 全力疾走しながら余裕でお喋りできるほど、体力に恵まれてはいなかったのである……。

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