第22話 それは普通の大ピンチ

【前回までのあらすじ】


 ゴールデンウイークに、クラスのみんなと遊びに行く約束をした灯夜君。しかし、よりにもよって同じ日に小学生時代の友達にもお誘いを受けてしまったよっ!

 どっちに行くか悩んだけど……親切な協力者の助力も得られたので、思い切ってダブルブッキングを決行! 替え玉役の雷華さんとの入れ替わりを駆使し、池袋と渋谷をせわしなく行き来するのでした。

 

 某六十階建てのビルで学園のみんなと合流したのはいいけれど、お洋服のお店に連れ込まれファッションショーを披露する羽目になった灯夜君。結局、お買い上げさせられたフリフリワンピースに衣替えして店を後にすることに。

 はてさて、今回はどんな試練が彼を待ち受けているのでしょうか……?




◇◇◇




「クソがっ! 前見て歩けガキっ!」


 ぺたりと尻餅をついたままのぼくを一瞥いちべつすると……その声の主は慌ただしく走り去っていく。


 それは、突然の出来事。

 池袋の某六十階建てビルにいる学園の一行からこっそり抜け出し、再び渋谷の地に舞い戻ったぼく……月代灯夜は、突然角から飛び出して来た男の人に跳ね飛ばされ、無様にも地を這っていたのであった――――。




「成程、よく似合ってらっしゃいます」


 ……時は二十分ほど前にさかのぼる。

 先程の洋服店で予定外のお色直しを強いられたぼくは、池袋と渋谷のほぼ中間にあるビルの屋上……事前に決めてあった連絡地点にて雷華さんと落ち合っていた。


「ありがと……これから帰るまではずっとこの服だと思うけど、本当に一度見ただけで大丈夫?」


「はい。色も形も把握しましたので、問題ありません」


 その目的はただひとつ。ぼくの今の姿を、幻術によってぼくに化けている雷華さんに見せておく必要があったからだ。

 新しい衣装にも一目見ただけで対応できるなんて、さすがは雷華さんである。


「それじゃあ、お願いします。映画館の前でいいんですよね?」


 雷華さんの話では、ちかちゃん一行の現在地は映画館の前。ぼくは例によって上映終了と同時にトイレに駆け込んだ事になっていた。


「そうです。お急ぎ下さい、皆そろそろ痺れを切らす頃でしょうから」


「ありがとうございます。じゃあ、また後で!」


 そして、魔法少女に変身したぼくは渋谷へと飛び、映画館の近くのビルの上へとこっそり降り立った。

 変身を解き、フリフリピンクのワンピースから地味な男の子の服へと着替え……非常階段を下って大地を踏みしめる。さあ、早くちかちゃん達と合流しないとだっ!


 ぼくは急いで映画館まで走り、電柱の影から建物の正面をうかがう。

 出入り口の真ん前で待たれていたら厄介だけど……幸か不幸か、映画館前に彼女たちの姿は見当たらなかった。


「あ、あれ……?」 


 確かに、映画館の前って聞いたはずなのに……? もしかして、いつまで待っても出て来ないぼくに愛想を尽かし、とっくに見捨てて別の場所に向かってしまったのでは――――

 ぼくの背中を冷たい汗が流れ落ちていく。ど、どうしよう……とりあえず電話してみるか? でも、怒ってるかもしれないし……


 後にして思えば、その時ぼくは焦って周りが見えなくなっていたのだ。

 だから目の前の角を、ものすごい勢いで右折してきた男の人……上半身裸の上に皮ジャンを羽織ったプロレスラーのような体格の人に、とっさに対応することができなかった。


 自分の身に何が起こったのかを知ったのは、軽く数メートル近く吹っ飛ばされた後だったというわけである……。


 幸い、お尻が痛い以外にダメージは無い。一部始終を見ていた周りの人たちが心配そうに声をかけてくるのを、ぼくは大丈夫ですと応じながら立ち上がる。


 あの大きな男の人……何か、焦げたような臭いがした彼の背中は、すでに雑踏の向こうへと消えてしまっていた。

 まあ、ぼくが不注意だったのが悪いのだし……むしろこの程度で済んで幸運だったのかもしれない。




「とーや! 大変だよとーや!」


 そんなこんなで、再びちかちゃん達をどう探すか模索し始めたぼくだけど……今度は頭の上から名前を呼ぶ声がする。

 ひらりと舞い降りてきたのは、さっきビルの上で別れたばかりのしるふだ。


「どうしたのしるふ? 『渋谷探検、再開だヨ~!』って言って飛んでいったばかりなのに……」


「ソレどころじゃナイんだよ! とーやの友達がピンチ! ピンチなんだヨっ!」




「……だから、興味ないって言ってるだろ! そこどけよっ!」


 映画館のある通りからほんの一本隣、そこから伸びた行き止まりの細い路地の奥に……ちかちゃん達は、居た。


「つれないねぇ君たち~。遊ぶんなら大勢のほうが楽しいって言ってるっしょ?」


「そーそー。行こうぜ~オレ等イイ場所知ってっからさ~」


 そして、その出口をふさぐようにして立つ……三人組の男たち。高校生くらいだろうか? 服装も言動も、いかにも遊び慣れていますといった風である。


 ――――何という事か。これは漫画やアニメでお馴染みの『女の子がナンパ男に絡まれているシーン』そのもの……まさか、現実でこんな光景を目にすることになるなんて!


「あたし達は友達を……そう、彼氏を待たせてるんだ! 悪いけど、あんた達に構ってるヒマは無いんだよ!」


 男たちの前で、みんなをかばうように立ちはだかっているちかちゃん。いつも勇ましい彼女の声だけど、この状況ではどこか弱々しげに聞こえてしまう。

 ……って、その彼氏ってまさかぼくの事!?


「えー何聞こえな~い。つか関係ねーしそんなコト」


「オレ等と遊んだほうが絶対ゼッテー楽しいっしょ? いやマジで~」


 じりじりと、女の子たちへの包囲を狭めていく三人組。どうやら何を言われても逃がすつもりはないようだ。


「とーや、ナニ黙って見てるの! こういう時バーっと行ってやっつけるのがヒーローでショ!」


「いや、無理だから! ぼくが三人もやっつけられる訳ないでしょっ!」


 ぼくだって、できる事なら今すぐ助けに行きたいけど……悲しいかな、この月代灯夜の身体能力は見た目通り、同年代の女子並でしかない。

 突っ込んで行ったところで、無惨な屍になり果てるのは確定的に明らかだ。


「だってあんなヤツら、マホーショージョになればシュンサツじゃん?」


「あっ! いや、でもそれはさすがに……」


 正直……言われるまでその発想は無かった。

 確かに、魔法少女になれば一般人など敵ではない。ぼくは何の苦労もなく三人組を叩きのめし、アッサリとちかちゃんたちを助け出す事ができるだろう。

 よくあるラノベのように『チート能力で無双してハーレム』が可能なのだ……え、ハーレムは違う?


 けれど、それをやったら色々と大問題だ。基本的に、ぼく達術者は人前で術を使うことを固く禁じられている。妖の存在と同様に、超常の術を操る術者の存在もまた秘密にしなければならないからだ。

 そうでなくても、妖と関係ない一般人を魔法で叩きのめすなんて……正義の魔法少女的にアウトである。


 そもそもそれ以前に、ぼくの魔法少女姿をみんなに見られること自体がまずい。そうなったら最後、色々と説明しようがない状況におちいってしまうのだから。

 まあ、魔法少女マニアのちかちゃんは大喜びするかもだけど……

  

 だから変身して無双するのは無しだ。かと言って、生身ではどうしようもないのも事実。そして当然のことながら、見捨てるなんて選択肢はあり得ない。


「しるふ、ごめんね……ぼくはどうやらここまでかもしれない」


「えっ、チョットとーやぁ!」


 意を決して、ぼくは路地に向けて歩き出す。例え敵わずとも、命をければみんなが逃げ出すスキくらいは――――


「やめときな。お嬢様の出る幕じゃ……無い」


 不意に、右腕が背後からがっしりとつかまれた。突然のことにバランスを崩し、思わずよろけてしまうぼくを……その力強い手がぐいと引っ張って立て直す。


 ……なっ、一体誰が!?


 振り向いたぼくの目に映ったシルエット。それは、想定だにしない意外な人物のものだった――――。

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