第21話 追う者、追われる者

【前回までのあらすじ】


 渋谷の街で行われた大規模な召喚術。その痕跡を調べた蒼衣は、それが妖の仕業であると確信する。

 情報が足らず動けない警察に代わり、捜査にあたるのは樹希たち学園の術者だ。


 二組に分かれた若き術者たち。四方院樹希と呑香由衣は、渋谷の駅前で人の姿を取った二人組の妖を発見する。

 その片方は樹希がかつて苦戦したあの【がしゃ髑髏】。決死の追跡行に臨む樹希たちだったが……。



◇◇◇



 ごとん、ごととん……


 わたしと呑香どんこさんを乗せた電車は、新宿行きのレールの上を静かに走り続けていた。


 通勤ラッシュ時よりは少ないのだろうが、それでも車内には結構な数の客が乗り込んでいる。わたし達はその中をかき分けるようにして進み……車両同士の継ぎ目にある短い通路の前に陣取っていた。

 

「何よ、向こうの方がいてるじゃない……まあ、この場合は好都合だけど」 


 吊り革に掴まる人の影から、わたしはひとつ前の車両をのぞき見る。視界は良好とはいかないが、目標の姿を見失う程ではない。


 ドアの脇に立ち、長椅子の端から生えた支柱で体を支える……瘦せた白髪頭の男。一見すれば不健康なチンピラにしか見えないその男こそ、人に憑依したあやかし――――【がしゃ髑髏どくろ】なのだ。


「それにしても、移動に電車を使うなんて……普通、妖は人間の作った乗り物になんて乗りたがらない筈なのに。これも憑依の影響なのかしら?」


 確かに、半分人間と考えれば文明の利器を使うことに抵抗がないのもうなづける。憑依が妖の本質を歪めてでもいるのだろうか?


「だとしても……妖は妖。わたし達の敵である事には変わりない」


 そう、そして敵はひとりではない。男の隣、つかず離れずといった間合いでたたずむ黒いセーラー服の女。あれもまた……妖だ。


 黒髪を後ろでまとめ、鮮やかな朱色のアイラインを引いた二十歳はたち前後の女。美醜で言えば美の側ではあるが、正直セーラー服が似合う歳には見えない。

 普通の格好をしていれば悪目立ちする事もないだろうに……妖なりの何かこだわりでもあるのだろうか?


 連中の顔がこちらを向いていないのを確かめ、観察を続けるわたし。しかし、


「ぴりりり、ぴりりりり……」


 その時、懐の中で不意に携帯が鳴り出した。そういえば、電車の中ではマナーモードとやらにするのが作法だったか?

 電車やバスなど滅多に利用しない生活をしていたせいで、その辺りを失念していたらしい。


 わたしは胸の内ポケットに右手を突っ込み、携帯の電源を切る。どちらにせよ今は電話になど出ている暇はないのだ。

 折しも電車は次の停車駅に向け減速を始めている。駅で連中が降りるのをうっかり見逃しでもしたら、目も当てられない。


 再び連中の監視に戻ると……今度はわたしの左手がくいと引っ張られた。


「何……って、あっ!」


 振り返ったわたしの目の前にあったのは、目をうるませた呑香さんの顔。その表情を見て、ずっと彼女の手を握りしめたままだった事を思い出し……わたしは慌てて手を離す。


「もう、離してほしかったらそう言えばいいのに」


 わたしの言葉に、彼女は真っ赤になってぶんぶん首を振ると、例によってスマホの画面をこちらに向けた。何か言いたいことでもあるの? と思ったけれど……違う。


 ぶるぶると振動する画面に映っていたのは、『月代蒼衣』の名前と着信中の表示。ああ、わたしに通じないから呑香さんの方に掛けてきたのか……

 彼女が話せない以上、わたしが出るしかない事まで計算に入れているのだろうか?


 差し出されたスマホを受け取り、耳に当てる。やれやれ、電車内で電話に出るのはマナー違反だっていうのに。


「もしもし、今電車の中なので切りますよ」


『あー待って待って! すぐ済むからっ!』


 まったく、こっちはそれどころじゃないってのに。電車がホームに侵入し、流れる景色が止まりゆく様を眺めつつも……わたしは月代先生の言葉に耳を傾ける。


『サクラ達と連絡が取れないのよ。GPSの表示も消えちゃったし、そっちで何か聞いてない?』


「いえ、何も聞いてませんが……」


 桜達の組は捜査を終えて待機していたはずだから、危険な状況とは考えづらい。そもそも妖とて、術者を街中で白昼堂々襲って来る度胸はないだろう。


「スマホが壊れたとかじゃないんですか? 最近のは一回落としただけで駄目になるそうだし……桜のことだから、そのうち何かしら連絡してくるでしょう」


 答えながらも、わたしは妖の二人組から目を離さない。電車は今や完全に停止し、ホームに通じるドアが開くところだ。

 連中の一挙一動を見逃す訳にはいかない。奴等が降りたなら、すぐさま後を追わなければ――――


「……!!」


 男が、降りた。女の方を電車に残し、一人でホームを歩き去っていく。


『ミイナも相変わらず電話に出ないし、まったくこんな時に限って……』


 不味まずい。まさかここで二手に分かれるとは……少なくともどちらかが本命なのは確かだが、どうする。どちらを追うべきか?


「それはこっちの台詞です! 用が済んだのなら切ります――――」


 いや、選択の余地は無い。降りていった男はあの【がしゃ髑髏】だ。万が一の事態になった時、戦闘力が皆無な呑香さんでは荷が重すぎる。


『えー、そんな~!』


 先生の抗議の声を流れるように無視して、わたしはスマホを呑香さんに突き返した。


「わたしは降りた男を追うわ。貴方は女の方の監視を続けて。何かあったら先生の方に連絡! いいわね?」


 それだけ言い残すと、わたしは彼女の返事を待たず電車を飛び降りた。背後で閉じるドアを振り向く間も惜しんで、【がしゃ髑髏】の男を追いかける。


「この駅は……高田馬場、か。ここで今度は何をやらかすつもりなのかしら」


 幸い、目立つギラギラした紫の服が目印になった。奴は振り返りもせず、肩で風を切りながらまっすぐ歩いていく。

 しかし、向かうその先は改札ではない。

 

「アイツ、何処どこへ……」


 男がふらふらと入っていくのは、いわゆる駅ナカのコーヒーショップ。わたしでも名前を知っているような有名チェーン店である。


 わざわざ仲間と別行動を取ってまで、吞気に休憩という事は無いだろう。となればここでまた別の妖、もしくは人間の協力者と接触するのかも知れない。


「ちっ、外からじゃ見づらいわね」


 わたしは意を決し、コーヒーショップの入り口に向かう。店はそれなりに繫盛はんじょうしているようで、出入りする客も多い。

 奴は何処だ? できる限り近づいて、その目的を探らねば……


「よう、待ってたぜ……四方院の嬢ちゃん」


 そんな思惑を嘲笑あざわらうように、背後から掛けられる声。振り向かずとも解る……それは、あの暗闇での死闘の際に聞いた――――紛れもない敵手てきの声。


「――――いつから、気づいていたの」


 店に入ったと見えたのは、わたしを誘い出す為の罠だったのか。

 最悪! わたしはパートナーを欠いた一人きりの状態で、知り得る限り最強の敵と対峙してしまったのだ――――。

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