第20話 追跡、渋谷駅!

【前回までのあらすじ】


 渋谷の街で行われた大規模な召喚術。その痕跡を調べた蒼衣は、それが妖の仕業であると確信する。

 情報が足らず動けない警察に代わり、捜査にあたるのは樹希たち学園の術者だ。


 二組に分かれた若き術者たち。四方院樹希は、極端に無口な呑香由衣とのコミュニケーションに苦労する。

 本来のパートナーである雷華が不在の今、新たな苦難に立ち向かう樹希の運命はいかに……?



◇◇◇



 駅前も酷かったが、駅の中もほぼ同様。ホームまで降りてきたというのに、一向に減らない人の量。


 休日……それもゴールデンウイークの真っ最中というのを少し、甘く見ていたかも知れない。今の渋谷の街は、一体どこからかき集めたのか不思議になる程の群衆であふれかえっているのだ。


 「流石に、こうも混んでるとうんざりするわ。皆、何が楽しくてこんな所に集まるのかしら……駅なんてただの通過点よ? 旅の目的地にするような場所じゃない」


 大勢の人が利用するから……と利便性を追求した結果、肥大化の極みに達したのがこの渋谷という巨大駅だ。

 大小様々な施設がここに集中したせいで、本来の駅としての機能――――特に他の路線への乗り換えの手間が煩雑はんざつになっているのは皮肉と言う他ない。


「ついて来てるわね、呑香どんこさん……って、早く早く! 見失うじゃない!」


 そして、わたしの後ろを半泣きのような表情で追いすがるのは……すみれ色のワンピースを着た幼い感じの少女。見た目ではわたしより二つも年上とは思えない。


 彼女の名は呑香由衣ゆい。わたしと同じく天御神楽学園の生徒であり、現役の術者だ。

 彼女もこのような人混みは不慣れらしく、何度も流れ来る人間の波に揉まれ、今にも置いて行かれそうになっている。


「ああもう! このくらいで何よ!」


 これではらちが明かない。わたしは手を伸ばして彼女の袖を掴むと、そのまま追跡を再開した。人混みに引っ掛かる度に後ろからかすかな悲鳴が聞こえるが……無視する。


 ――――折角の手掛かりをみすみす取り逃しては、元も子もないのだから。




 召喚の魔法陣が置かれたビルから、外側に円を描くように配置された六ヶ所の祭壇。わたし達はそこに残された痕跡から、術を行なったあやかしの何らかの手掛かりが見つかると考えていたのだが……

 結果的に、これは空振りに終わった。既に何者かの手によって、証拠は持ち去られていたのだ。


「六ヶ所全てで何の手掛かりも見つからないなんて……これじゃあ手の打ちようがないわ」


 桜達の組も収穫はなかったと言うし、後は先生が警察署で何か情報を手に入れてくれるのを祈るだけ。半ば諦めムードになったわたしの袖を、くいくいと引っ張る者がいた。


「呑香さん?」


 振り向いたわたしと目が合うと、はっとして顔を伏せる彼女。捜査を始めて以来、万事この調子である。別に口がきけないとかいう理由がある訳でもないのに、何故か彼女はわたしとの会話を拒む。


 もっとも、これはわたしだけじゃなく、誰に対してもこうらしいのだが。わたし達の上司である蒼衣先生にしたところで、彼女とまともに会話が成立した事は無いというのだから……相当なものだ。


「どうしたの? 何かわたしに、伝えたいことがあるの?」


 けれど、人の袖を引っ張るからには何か理由がある筈だ。わたしは彼女を萎縮いしゅくさせないよう、慎重に話し掛ける。


「…………」


 相変わらず、その小さな唇から言葉が紡がれる事は無い。その代わりに、彼女は手に持ったスマホ――――灯夜達が使っているのと同じ、仕事用の特別製――――の画面をこちらへ向けた。


「何々……『くーちゃんが妖の気配を捉えました』? 誰よ、くーちゃんって」


 わたしの指摘に顔を真っ赤にして、慌ててスマホをつつく彼女。再び差し出された画面には、『くーちゃんは私の使い魔の管狐くだぎつねです』と書かれていた。


 ――――筆談。人との会話を拒む呑香さんが、それでも何とか人並みの学園生活を送っていけるのは……ひとえにこのスマホという文明の利器のお陰である。

 スマホが無かったら、それこそスケッチブックでも持ち歩いていたのだろうか? とにかく彼女は、複雑なやり取りの際はこうして筆談を行っているらしい。


 そうして非効率な意志のキャッチボールを幾度か繰り返すと、わたしは彼女の言わんとしている事を大まかに知る事ができた。


 呑香由衣は稲荷を信奉し管狐を操る術者。わたしと祭壇に同行する一方で、彼女は自らのパートナーである管狐に周囲を探らせていたという。

 もっとも、管狐一匹で探せる範囲はたかが知れている為、彼女にしてもそっちは保険程度に考えていたらしい。


 だが、それが功を奏した。管狐がその鋭い嗅覚で見つけたのは……妖特有の気配を放つ二人組の男女。どうやら渋谷の駅方向へと向かっているようだ。


 手詰まりから一転、訪れた千載一遇せんざいいちぐうのチャンス。わたし達は急ぎ駅を目指しつつ、先生へその旨一報を入れる事にした。


「イツキ! 今ちょうど連絡しようと思ってたのよ!」


 先生の話は、残念ながら吉報とは言えなかった。別行動と称して姿をくらましていたくだんの不知火ミイナ、彼女がどうやらひと騒動起こしたらしいのだ。


「雑居ビルの地下で爆発事故が起きてね。その近くで……ミイナらしい子が暴力団員風の男を追いかけていくのを見た、って通報があったの」


 おそらく爆発自体が彼女の仕業だろう。追っているのも妖関係者の筈……しかし、昨晩の事件との関係性は不明。

 ミイナ自身と連絡が取れれば確認のしようもあるのだが、例によって一向に電話に出る気配が無いらしい。


 幸いGPSで居場所だけは把握できるので、周辺の監視カメラ映像から現在、裏付けを進めているという事である。


「というわけで、そっちはあんた達に任せるわ。サクラとカズハにはこっちから連絡しておくから!」


 どちらにしろ、目の前の目標に集中だ。一刻も早く妖達に追いつき、その行き先を突き止めねばならない。最悪、これが唯一の手掛かりかもしれないのだから。


 幸い、その二人組は駅前の交差点で見つけることができた。俗に言うスクランブル交差点の前で、連中は律儀に信号待ちをしていたのだ。


 だが、呑香が指し示した相手を見た時……わたしは背中に氷をダース単位で流し込まれたような寒気を感じる羽目になった。


 そこに居たのは、学生にしては少々とうの立ったセーラー服姿の女と……紫のスカジャンを着た白髪の男。

 後ろ姿ではあるが、その男が誰なのかは一目で解った。忘れる筈もない。ほんのひと月前、死力を尽くして戦り合った仲なのだから。


 ――――【がしゃ髑髏どくろ】。人間に憑依して強大な霊力を手に入れた、危険な妖。霊装したわたしが切り札である妖術【黒ノ呪獄】を使ってなお、倒し切れなかった相手。


「あいつが、動いていると言うの……!」


 奴程の妖が、まさか休日に街でデートに興じているとは考えにくい。前の学園襲撃事件に匹敵するような、大きな陰謀に加担していると見るべきである。

 恐らく、これは“当たり”だ……奴等を尾ければ、今回の事件の核心へとたどり着ける筈。


 しかし同時に、追跡のリスクもまた跳ね上がった。わたしが奴に気付いたように、奴もまたわたしを見れば一目で四方院と解るだろう。

 万が一にもこんな大都市の真ん中で暴れられたりしたら……それこそ取り返しのつかない事になる。


 絶対に、気取られてはならない。人混みを盾にしつつ、わたしと呑香は駅の中へと進む二人組を追いかけたのであった……。




 軽快な音楽と共に、アナウンスが電車の到着を告げる。ホームに並ぶ様子から察するに、奴等はこの電車に乗るつもりのようだ。


「流石に同じ車両じゃ気付かれるわね。呑香さん、あいつ等の隣の車両に乗るわよ。いいわね?」


 彼女が無言でこくこくとうなづくのと同時に、何かのアニメキャラクターの描かれたラッピング車両がホームに滑り込んできた。


「新宿方面、ね。何処まで行くのか知らないけど、逃がしはしない!」


 ドアが開き、大量の乗客が吐き出される中、わたしは奴等の動きを注視する……よし、乗った!


「行くわよっ!」


 呑香の手を固く握りしめたまま、わたしはその車内へと……足を踏み入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る