第15話 妖しき異邦人
かつん、かつん……。
薄暗い通路に、ダンスシューズの
ここは、池袋の巨大ビルに付属する大型商業施設……そのバックヤードに当たる区画。施設や店舗の関係者以外は立ち入りが禁止されているそこを、一人の少女が
ゆるやかなウェーブを描く
やがてたどり着いたのは、大きく開けた倉庫スペースだった。入り口は広く、緊急用のシャッターと防火扉を除いて、ドアの
一面に並んだ棚に置かれているのは様々な種類の大きなダンボール箱で、その多くはうっすらと
「何処へ行っておった……答えよ! 儂がお主に何と言って念を押したか、忘れた訳ではなかろう!」
不意に浴びせられた怒声に、少女は立ち止まり……優雅に顔をしかめ、美しい嫌悪の表情を浮かべつつ声の方に振り返った。
そこに居たのは、禿げ上がった頭に
「さあ、覚えておらんな。わらわが忘れるという事は、所詮
「な……お主、今の己の立場を分かっておるのか! 人の姿を取るという事は、己が姿を人目に晒すという事。そんな目立つ格好で歩き回られては、そもそも霊力を抑えた意味が――――」
「歌いたい時に歌い、踊りたい時に踊る。それが許されぬ生など、生きておる内に入らぬわ。美しき調べには、それに相応しき舞いというものがある」
「誰であろうと、わらわを縛る者は許さぬ。例え、それが汝であろうともな……
富向と呼ばれた僧形の男は、ぎりぎりと
――――何と聞き分けの無い小娘か。力ある
そう。彼女こそ富向が昨晩、大掛かりな魔術儀式をもって
凄まじい妖気を撒き散らすそれをどうにかなだめ、人の姿を取らせたまでは良かったのだが……
「ええい、せめてもう少し地味に化けられなんだのか。外を見て来たのなら分かったであろう……その様な
恐ろしい魔獣が、人で言えばまだ少女の年頃だというのは驚きであった。だが、それ以上に……彼女は高貴で美しく、華やかに過ぎた。
世が世なら王侯貴族、控えめに言っても大財閥の令嬢か。どちらにしろ、供を連れず歩くのは不自然な程の風格が彼女にはあったのだ。
「ふん、何故わらわが周りに合わせてやらねばならぬ。それを言うなら汝とて、十二分に珍妙な風体ではないか」
「これは僧職の正装よ! そもそも今、儂等は身を隠しておる最中だというのに……妖の追手は
そう。彼等は今、非常に危うい立場にあった。富向が儀式に用いたのは、妖の宝物殿より無断で持ち出した宝具。特に「竜の鱗」と呼ばれる触媒は貴重な品であり、それを損なった以上……最早死罪は免れぬだろう。
また必要があったとは言え、儀式の場所を人口密集地に定めた事は、同時に人間達に異変を悟らせる結果にもなった。
妖と人……その双方が今、血眼になって彼等を探しているのだ。
「いま少し……いま少しの
少女を
「あっ! ちょっとそこの……お坊さん?」
倉庫の入り口から顔を覗かせたのは、紺色の制服を着た中年の男。その出で立ちは、彼がこの施設の警備員である事を示している。
「スイマセン、ここは関係者以外立ち入り禁止なんですよ。誠に申し訳ないんですが……」
相手が僧侶と見てか、
「……富向、汝が自慢の結界とやらはどうなっているのだ?」
「無論、張っておる。となれば、
富向の身体から、
「待たれよ」
背後からの声に、振り向く警備の男。しかし、がらんとした通路に声の主は見当たらない。
誰だ、と声を発しようとした時、彼は首筋に強い衝撃を感じ……それとほぼ同時に意識を失った。恐らくは、自分が何をされたのかも解らなかっただろう。
声も上げずにくずおれた彼の背後には、いつの間に現れたのか、手刀を構えた長身の男の姿があった。
「た、
灰色のマントに身を包んだ、壮年の男。彼の放った稲妻のような当て身が、一瞬にして警備員を沈黙させたのだ。
「此奴、人払いの結界の中に踏み込んで来おった……術者共の仲間ではないのか?」
気を失った男を柱の影へと運ぶ栲猪に、富向は問う。
「違うな。この男、主の妖気が見えていなかった……ただ少し、術の効きが悪いだけの凡人に過ぎぬ。人が増えれば、この様な
「成程な。これだけ人が居れば、術者ならずともそういう者があるか。富向よ、汝の術も案外当てにはならぬな」
ぐぬぬ、と歯嚙みする富向を尻目に、少女はくるりと身を
――――ふふ、面白い。思えば先程、広間で目にした娘……銀色の髪と
ほんの数秒、目を合わせただけの相手。ただそれだけの出逢いが、今になって何故か気に掛かる。この世界に降り立って、以来様々な物を矢継ぎ早に見聞きしてきた彼女だったが……
ピアノの調べ以外で美しいと思えたものは、思えばその娘だけではなかったか?
もう一度逢って、確かめてみたいものだ。そう考えた彼女の瞳に、富向の忠告に従おうという意思は……最早
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