第11話 再会は小さな奇跡

「んじゃーアタシは探検してくるカラ、戻るときは呼んでネ~!」


「うん。変なイタズラとかしちゃ駄目だよ?」


 まっかせといて~と、飛び去っていくしるふ。元々ちいさいその姿は、あっという間に見えなくなった。


「……大丈夫かなぁ?」


 しるふは風の精霊。あれでも立派なあやかしだから、普通の人は彼女を視る事はできない。その点においては安心だけれど……それをいいことに様々なイタズラに走るのがしるふの悪いクセなのだ。

 最近は学園の外に出る機会がほとんど無かったから、はしゃぐ気持ちは分かるんだけどね。


 それに、気持ちが踊っているのはぼくだって同じだ。初めて訪れた渋谷の街、緊張するけれどワクワクが止まらない。

 何より、今のぼくは男の子。久しぶりに女装から解放され、ありのままの自分を取り戻したのだ。少なくとも今は、いつ誰に正体がバレるかとビクビクする必要はない。


「よし、そろそろ時間だ。行くぞっ」


 ちかちゃん達との待ち合わせ場所はハチ公前……って、すごい人の量! 流石は待ち合わせの定番地。ゴールデンウイーク二日目というのもあって、そこら中人でごった返している。

 この中で目標を見つけ出すのって、実は結構難易度高いんじゃあ……


「お、灯夜ー! こっちこっち!」


 と、周囲のざわめきに紛れて耳に飛び込んできたのは、ぼくの名前を呼ぶ懐かしい声。


「――――ちかちゃん!」


 人混みの向こうからぶんぶんと手を振るのは、いつもと同じスポーツキャップを被った女の子……果南かなみちか。

 どうやら、ぼくの方が先に見つけられてしまったようだ。


「久しぶり、ちかちゃん。他のみんなは?」


「もう全員揃ってるぜ! おーい、しゅ~ご~!」


 ちかちゃんが帽子を持って頭の上で振り回すと、周りから同じ年頃の女の子たちが集まってくる。その数、ちかちゃんを含めて七人。


「おひさ、月代くん」「灯夜ちゃん、やっほ~!」「やっぱ一目でわかっちゃうよね~」


 ぼくと同じクラスだった子もいれば、


「ちょ、これが噂のカレなの!?」「え……ウソ、女の子だよね?」「あの写真、コラとかじゃなかったんだ……」


 初対面の子もいる。ぼくを初めて見た人は、だいたいこういうリアクションをするものだ。


「どーだ、マジ可愛いだろ! こいつが月代灯夜、ご本人であらせられるぞ~!」


 ははー、とかしこまる初対面の子三人。いやちょっと勘弁して……周りの人が何事かと思うからっ!


「あ、ちなみにこの三人は今の中学で同じクラスの奴な。お前の話をしたら現物見せろって聞かなくてさー」


「そ、そうなんだ……」


 三人は瞳をきらきら輝かせ、まじまじとぼくを見つめている。どうやら今回呼ばれたのは、彼女たちにぼくをお披露目ひろめするという狙いがあったようだ。


 ……まあ、そうだよね。卒業して地元からも離れてしまった元クラスメイトをわざわざ呼ぶからには、それなりの事情というものが必要だろうし。


「にしてもだ、灯夜。お前は変わらねーな……地味な格好も相変わらずだし。ま、一ヶ月くらいじゃそんなに変わらないか~」


 腕組みして感慨深げにうんうんうなづくちかちゃん。そういう彼女の格好には、確かな変化が表れていた。

 いつもの帽子にジャケットは変わらないけれど、その腰には小学生時代かたくなにこばんでいたスカートがひらめいているではないか。


「あ、これか? いや、制服がスカートだから慣れちまったっていうか……へ、変じゃないよな?」


 ぼくの視線に気付いて、頬を赤らめながら弁明するちかちゃん。スカートの下に太もも丈のスパッツを着用しているあたり、まだまだ気恥ずかしさがあるみたい。


「大丈夫、似合ってるよ! ちかちゃんは、ちゃんと女の子らしい格好をしたら可愛いだろうなって、前から思ってたんだ!」


「そ……そうか? 灯夜が言うんなら、わりとイケてるかもだな!」


 照れながらも、白い歯を見せてにっこり笑うちかちゃん。久しぶりに会ったけど、全然いつも通りで……なんか、嬉しい。


「よーし。メンツも揃ったことだし、いっちょ繰り出すとすっか! 目標は渋谷アミューズメント完全制覇だ!」


「いや、一日でそれは無理じゃないかな……?」


 お互い中学生になって、色々変わってしまったんじゃないかって、少し心配だった。でも、ちかちゃんはやっぱりちかちゃんのままで。

 こうして再び会う事ができるのは……当たり前のようで当たり前じゃない、小さな奇跡なんじゃないかって、ぼくは思うんだ。


「最初はボーリングだったよな。向井~、どっちだっけ?」


「道調べてないの!? ったく、あんたが言い出しっぺなのに……」


 文句を言いながらもスマホで地図をチェックしているのは、元クラス委員長の向井さん。綺麗なおでこと眼鏡が特徴の女の子だ。

 小学生の頃は三つ編みにしていた髪をほどいているせいか、前より少し大人びた感じに見える。


 ちなみにぼくは副委員長をやっていたので、彼女は割と絡む機会が多かった女子でもある。


「じゃあ、皆行くわよ。はぐれないように気をつけてね」


 そう言って、先頭に立って歩き出す向井さん。静流ちゃんもそうだけど、やっぱり委員長は頼りになる。

 ……彼女は中学校でも委員長をやっているのだろうか? 後で聞いてみよう。


「おっけー。さあ行くぞ灯夜。そういや、お前ボーリングってやった事ある?」


「え、ないけど……」


 歩きながら何気なく答えたぼくの顔を見て、ちかちゃんは意味あり気ににやりと笑う。


「ふ~ん、そっか~。まあ、影響が出るのは明日だから問題ないよな」


「ちょ、問題って? 何かあるの?」


 人の不安をあおっておきながら、彼女はたたっと駆け出してぼくの前を行く。


「あ! 待ってよちかちゃーん!」


「大丈夫、あたしが手取り足取り教えてやるって。でも、明日筋肉痛確定だから覚悟しろよなっ!」


 いたずらっぽい、少し意地悪な笑顔。これが……ちかちゃんの笑顔。ぼくには真似できない、彼女だけの表情。


 大好きなその笑顔を、また見ることができた。これはやっぱり、小さな奇跡。

 それにあずかれるぼくは、間違いなく幸せな存在なんだ……なんて事を思ってしまい、ちょっぴり泣きそうになってしまった。


 ――――最近、何かと涙腺るいせんがゆるくなったなぁ……ぼくは。

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