第10話 術者たちのゴールデンウイーク、2

「――――一人でやるってどういう事よ! ちょっとミイナ、ミイナってば……げっ、切りやがった!」


 憔悴しょうすいし切った顔で、携帯を持った腕をだらりと下げる先生。案の定、問題児とのコミュニケーションは上手くいかなかったようだ。


 渋谷のオフィスビル屋上で発見された魔法陣。その捜査に当たっていたわたしと先生の下に、応援としてやってきた学園の術者たち。

 しかし……本来そこに加わっているべきひとりが道中、不意に姿をくらましたというのだ。


 桜の話によれば、何やら渋谷駅を出たところで「荒事の匂いがする」みたいな事を言い、止める間もなく人混みの中に消えてしまったのだとか。


「追いかけるより、まずは合流した方がいいと思って。電車に乗るまでは何事もなかったから、油断してしまいました……」


「あー、サクラが責任感じる事はないわよ。あれをここまで連れて来るのはあーしでも難儀なんぎすると思うし」


 珍しく落ち込んだ様子の桜をフォローしつつも、先生の声は重い。よりによって、一番の問題児がはぐれてしまったのだから。


「まあ、ミイナ以外とはこうして合流できたんだから良しって事で。あいつもサボるつもりでトンズラした訳じゃあないっぽいしね」


 ――――不知火しらぬいミイナ。わたしも彼女の事をよく知っているとは言えない。学園に来てあやかし対策支部に顔を出すようになったのは去年の夏頃。

 その直後にある事件――――「魔法少女激ヤバ生配信」の名で一時期、話題になったアレだ――――を引き起こし、その後も幾多の現場で必要以上の周辺被害を出し続けた……まさに暴走する問題児。


 普段の素行からして極めて不良。制服はだらしなく着崩し、髪には派手なメッシュを入れ、授業をサボるのも日常茶飯事。

 おそらく人間的な本質からして、お嬢様学校に向いていないのだろう……同級生や教師とも深く関わる事なく、常に一人でいる事を好むという話だ。


 そんな彼女ではあるが、妖事件に対する姿勢……特に討伐任務においてのそれは、正規の術者であるわたしをして一目を置かざるを得ない程だった。

 手加減を知らないのと、人目をはばかろうとしない事を除いては、霊装術者の名に恥じない働きを見せていた。


 そう、わたしは彼女という術者をそれなりに評価していたのだ。ついこの間の春休み、妖事件が激増して猫の手も借りたい状況において……高等部の他二人と連れ立って失踪しっそうするまでは。


「どういう意図があるにしろ、今ここに居ない人間は当てにできません。彼女の事はこの際、すっぱりと忘れるべきでしょう」


「まあ、そうしたいのは山々だけど……あの娘、カンだけは良いからねぇ。また街中でドンパチやらかしたらと思うと、今から胃が痛いわよ」


 先生はそう言ってお腹のあたりを押さえる。確かに、不知火ミイナには鋭い直感が――――何か動物的な勘とでも言う物が備わっていた。

 過去の事件においても、真っ先に妖の居場所を特定した事は一度や二度ではない。


 もっとも、それをこちらに報告した事はただの一度も無く……勝手に交戦を始めては周囲に被害をき散らしたのだが。


「とは言え、ここでいつまでも腐っている訳にもいかないわね。あーし達はあーし達で、出来る事をやんなくちゃ。よーし!」


 自分に喝を入れるように、短く叫ぶ月代先生。なんだかんだ言っても彼女のメンタルは強いのだ。そうでなければ、教師と妖対策分室長の二足の草鞋わらじなど履けはしない。


「まずは……サクラ! この陣について、何か解る?」


 藤ノ宮桜は、こと魔術儀式に関しては専門家と言って良い。こういった状況では、彼女の知識が頼りだ。


「そうですね……まず、この魔法陣が何者かを召喚する為のものだというのは間違いありません。大雑把に言えば、西洋の召喚術を東洋の文法で組み上げた術式ですね。構成要素の混ぜ方が独特なので、正確なところまで解析するのは難しいです」


 床を縦横無尽に走る文字を器用に避けながら、桜は魔法陣の中心へと歩み寄る。


「ここ……中心部に何か祭壇みたいな物が置かれていたみたいですね。生け贄……ううん、違う。霊力の流れは陣の外側から来ているから……」


 つぶやきながらしゃがんで床に触れ、確かめるようにひとしきり撫でまわすと、彼女はゆっくりとこちらに向き直った。


「取り急ぎ、重要な点がふたつあります。一つは、この陣を描いたのはおそらく……人間ではないという事」


 こちらの反応を見るかのように、桜は一度言葉を切る。そして一呼吸置いた後、再び口を開いた。


「使われている文法が古いんです。普通の術者なら、より簡素で効率良くアップデートされた術式を使うものですが、この陣は百年かそれ以上前の文法を用いて描かれている。今時、こんなものを使う術者は居ません……アップデートされた事自体知らないか、知っていても使いたがらない者――――そう、妖を除いては」


「はあ……これで野良術者の不適切行動、愉快犯の線は消えたかぁ。そっちなら、まだ楽な仕事だったのに」


 頭を抱える先生。人間同士の問題なら一般警官の仕事……そちらに丸投げして帰るという道は、これで閉ざされたわけだ。


「それともう一つ、この陣は周囲から集めた霊力を用いて発動する構造になっています。つまり、ここの魔法陣は単体で完成している訳じゃない。他にも霊力を供給する為の仕掛けが無いとおかしいんです。ここの周囲……大体半径二百メートル圏内に、最低でも六ヶ所はあるはず」


 大掛かりな儀式魔術には、その規模に応じた大仕掛けが必要になる。この屋上の魔法陣が消えずに残っているという事は、他の場所にも何らかの痕跡こんせきが残されていると見て間違いない。


「ふむふむ、まずはそっちを調べる必要があるわね……任せていいかしら、みんな?」


「構いませんが……先生は?」


「あーしは渋谷署へ行くわ。人は借りられないと思うけど、机と端末くらいは使わせて貰えるっしょ。それに、ミイナの動向も把握しておきたいしね」


 そうか。渋谷の街には至る所に監視カメラが設置してある。先生はその情報から不知火ミイナの動きを掴もうというのだ。

 居場所だけなら携帯のGPSで探知できるが、そこで何をしているかまでは分からない。カメラのたぐいは妖相手には無力だが、人の動きを探る分には役に立つ。


「それじゃあ、あなた達は二手に分かれて儀式の痕跡を探してちょうだい。見つかったらすぐに連絡してね。多分、一ヶ所見つければ芋づる式に場所が特定できる筈よ」


 確かに、儀式に用いる場所なら法則性を持って配置されている事だろう……って、ちょっと待った。


「二手に……ですか?」


「なーに? 不満なのイツキ」


「いえ。でも、四人でバラバラに探した方がずっと早いと思いますが」


 渋谷と言えば、この国有数の大都会。だが、都会故の危険というものもある。先生の立場からすれば……術者とは言え十代半ばの少女を、ひとりで歩かせたくはないという事か?


「これは妖事件の捜査。いつ妖に出くわすか分からない以上、二人一組で行動した方が安全よ。サクラみたいに戦いに向かない子だっているんだから」


「そうやでお嬢様。うちの呑香だって荒事向きやない。お嬢様みたいに、何でもひとりで出来る子ばかりじゃないんやで?」


 唇の端を吊り上げてわらうのは……灰戸一葉はいどかずは。こいつの言動は節々にわたしに対する悪意がにじみ出ている。お互いの事が気に食わないという件に関して、わたし達の見解は一致しているようだ。


「わかりました。それじゃあ、わたしは桜と――――」


「悪いけどイツキ、あんたはユイちゃんと組んでもらうわ。サクラはカズハと。折角だから、この機会に仲良くなっておきなさい!」


「なっ……」


 思わずばっと振り返ると、呑香由衣どんこゆいと目が合った。相変わらずの、何を考えているのか分からない無表情。彼女はわたしの方を見つめながら、わずかに頭を揺らす……会釈えしゃくのつもりだろうか?


 捜査はもとより、彼女との意思疎通は果たして可能なのか――――この事件、わたしにとって……かつてない難事件になりそうだ。


「呑香のコト、イジめたらあかんで? なぁ、お・嬢・様?」

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