第6話 “二人目”の謎

 ――――ぼくの前に現れた、もう一人の月代灯夜ぼく


 それについて説明するためには、少し時間をさかのぼる必要がある。




「どっ、どどどどどうしよう樹希ちゃん!?」


「はあ……そんな事、いちいちわたしに聞かないでくれる?」


 それは、この池袋遠征の前日……突然ちかちゃんに誘われた渋谷ツアーの日程が、見事にこちらと被ってしまった事から始まった。


「まあ、どちらかに頭を下げてキャンセルするのが無難ね。どちらを選ぶかはあなた次第になるけど」


 文句を言いながらも答えてくれる樹希ちゃん。しかし、その道は限りなく正解に近いが故に……思わず目をそらしたくなる選択肢だった。


「S組のみんなと初めて遊びに行くのに、それをキャンセルなんてできないよっ! けれどちかちゃんが折角誘ってくれたのを断るのも……ああ、どうすればいいのっ!」


 頭を抱えながら、思わず大きな声を出してしまうぼく。これは極めて困難な選択だ。普通に考えれば先約を優先すべきだろうけど、ちかちゃんには同じ学校に行けない事を伝え忘れていたという負い目がある。今回のお誘いは汚名返上する絶好のチャンスなのだ。


 その一方で、S組のみんなと遊びに行く機会はこれが最後というわけではない。毎日顔を合わせるクラスメイト同士、それっぽいイベントは今後もあるに違いないのだから。


 ……でも、だからこそ初回を落とすのは痛い。今回の池袋遠征は新しい友達と共にのぞむ最初のイベント。これを逃せば少なくとも次のイベントが来るまで、ずっとみんなの「あの日は楽しかったよね~」トークの輪の外で暮らさなければならないっ!


 ぼくは知っているのだ。親しい人たちが自分の知らない話題で盛り上がっているのを、ただ眺めているしかない時の悲しみを。

 小学生時代、友達が女の子しかいなかったあの頃……女子トークの中に入っていけず、寂しい思いをした事は忘れられない。


「どうして、どうしてよりによって同じ日に。ゴールデンウイークはこの一日だけってわけじゃないのに……」


「んぁ……だったら両方行けばいーじゃん?」


 そう言いながらふわふわと漂ってきたのは、さっきまでぐーすか寝ていたぼくのパートナー……風の精霊のしるふだ。どうやらぼくの声で起こしてしまったらしい。


「それができないから困ってるんだよ~」


「だからさ、飛んでいけばいーんだヨ! 魔法少女になって飛んでけば往復とかヨユーヨユー!」


「ヨユーヨユーって、そう簡単には……」


 そう答えつつも、ぼくは計算してみる。確かにしるふの力を借りて魔法少女になれば、池袋と渋谷を往復するくらい訳はない。いちいち電車に乗るよりずっと速く移動できるから、両方のイベントに同時に参加するという無茶も、不可能というわけでは……


「うーん、やっぱりダメだ。移動に時間がかからないとしても、どっちかのグループには必ずぼくが居ない時間ができてしまう。それに、ちかちゃん達にはぼくが魔法少女だって事も女子校に通ってる事も秘密なんだし……高速で行ったり来たりとかしたら、絶対に怪しまれるよ!」


 事情を説明しようにも無理がある。ちかちゃん達にはもちろん言えないし、S組のみんなにも迷惑をかけてしまうことを考えると……やっぱり、あきらめるしかないんだろうか?


「ああ、ぼくが二人いれば全て丸く収まるのになぁ……」


 天井を仰ぎながら、何気なくつぶやいた言葉。しかし、樹希ちゃんはそれに思いも寄らぬ返答を返してきたのだ。


「あなたの二人目、ね……まあ、用意できなくもないわよ?」




 ――――翌朝。ぼくは樹希ちゃんと一緒に、日課である早朝のランニングに繰り出していた。


 たちばな寮から四方院家の別邸べっていまで、毎朝必ず走ること。これは術者として必要最低限の体力をつけるため、ぼくに課せられたノルマなのだ。

 ぼく自身、少なくとも人並みまでは鍛えたほうがいいという自覚はあるけれど……実際問題、早起きして走るのはつらい。


 こうして続けていられるのは、ひとえに毎朝叩き起こしてくれた上に途中で休まないよう一緒に走ってくれる樹希ちゃんのおかげである。

 うん……たまにはサボってくれてもいいんだよ?


 それはさておき。ぼく達は今日に限ってはコースを外れ、深い森の中へと足を踏み入れていた。樹希ちゃん言うところの……「二人目」がそこで待っているというのである。


「はあ、はあ……樹希ちゃん、まだなの……?」


「相変わらずだらしないわね……一体いつになったらわたしのペースについてこれるのかしら」


 樹希ちゃんは一緒に走ってはくれるけど、ぼくにペースを合わせてはくれない。先行して突っ走り、一定以上距離を開けてはその場足踏みで待っているのだ……悪態をつきながら。


「やれやれだわ――――どうやら、待ちかねて向こうから来てくれたみたいね」


 そう言って、樹希ちゃんは足を止める。ぼくはその隣まで必死の思いでダッシュして、ぜえぜえとあえぎながら彼女の見ている方角へと目を向けた。


 朝靄あさもやの立ち込める木々の間から、ひとつの小柄な人影が近づいてくる。それは長いストレートの黒髪が印象的な、制服姿の見慣れた女の子……


「って、樹希ちゃん!?」


 見間違えるはずも無い。現れたのは――――四方院樹希、まさにその人だったのである。


「どういう事!? だって、樹希ちゃんはぼくと一緒に……」


 そう。ぼくの隣に立っているのもまた、四方院樹希。つまり、今この場所には……二人の樹希ちゃんが存在する事になる。


「うふふ。見分けがつきますか? 灯夜様」


 もう一人の樹希ちゃんが口を開く。その声は、間違いなく樹希ちゃんのもの……だけど、この話し方はどこかで――――


「おふざけはそこまでにしておきなさい。ランニングの途中なんだから、手短にね……雷華・・」 


「はい、お嬢様……」


 えっ、とぼくが声を上げるよりも早く、もう一人の樹希ちゃんの姿は煙のように搔き消える。代わりに現れたのは、メイド服を着たすらりと背の高い美女。


 ――――それは樹希ちゃんのパートナー、雷華さん。いつもと同じ、上品な笑みをたたえた彼女だけど……しかし、その頭の上にはなにやら丸い動物の耳が生え、腰の後ろでは縞模様の入った太い尻尾がふさふさと踊っている。


「霊獣・ぬえの持つ妖力のひとつ。【天狐】と並び高位幻術をつかさどる……【獣身通・化生狸ばけだぬき】! この力なら、あなたの無茶振りにも応えられるんじゃなくて?」


 ドヤ顔で胸を張る樹希ちゃんと、少し困ったように微笑む雷華さん。二人に挟まれ、困惑しながらも……ぼくの頭の中では、世紀のダブルブッキング計画が形になり始めていたのだった――――。

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