第5話 灯夜、池袋に立つ!
「いっけぶっくろ――――!!」
「愛音さん! 大声出さないでっ! 田舎者だと思われるじゃない!」
池袋駅のホームに降り立って開口一番に叫ぶ愛音ちゃんと……それと同じくらい大きな声で注意する静流ちゃん。
「はー、この
「電車自体、一か月振り……」
「いっぱい人がいて、なんだかわくわくするのです!」
そして、思い思いの感想を述べるみんな。そう、ぼく達天御神楽学園一年S組一行は……ついに決戦の地、池袋に降り立ったのである。
「みんないますか? はぐれないように気を付けてくださいね!」
「了解なんだよ」
「……」
人混みに揉まれながらも、ぼく達は階段を降り、改札口へと向かう。
ちなみに池袋遠征のメンバーは――――ぼく、月代灯夜と
「おーいルゥ! あんまりのんびりしてっと置いてくぞっ!」
愛音ちゃんの後ろを、おっかなびっくりと言った様子で付いてくるのは……褐色の肌に映えるひらひらした白いワンピースに、大きな麦わら帽子を被った女の子。
「……ヒトオオスギ。ナニカノ祭リカ?」
まだちょっとカタコトっぽい喋り方の彼女の名は、ルルガ・ルゥ・ガロア。南米からやって来たという留学生だ。
未開のジャングルで暮らしていたという彼女にとって、人口過密
もっとも、その彼女自身も何かと周囲の人目を引く存在だ。日本人では有り得ない肌の色もそうだけど、その手荷物……自分の身長ほどもある、布でぐるぐる巻きにされた大きな板を持ち歩く姿はどうしても目立ってしまう。
愛音ちゃんが言うには「これだけはどーしても持っていくって聞かねーんだよ」とのことで……中身が何なのかは知らないけど、きっと大切な物なのだろう。
そんなわけで、道行く人達にちらちらと見られてしまうルゥちゃん。けれど今のぼくにとっては、その目立ちっぷりがむしろありがたい。
「さすがは大都会。いっぱい人がいますけど……やっぱり灯夜様が一番美しいのです!」
「ふふ、そうですね。制服姿も似合ってましたけど、私服もまた違った魅力があります」
「池袋は割とコスプレイヤーさんとかよく見かける街っスから、銀髪でも自然に馴染むでござるね」
そうなのだ。ルゥちゃんが人目を引いてくれているおかげで、ぼくの姿は比較的目立っていない。あくまでも比較的にであって、人混みの中ですれ違う人に二度見されたり、指さされたりする事が皆無ではないのだけれど……
白いブラウスにベージュのジャンパースカート、それにピンク色のリボンの付いた帽子。ぼくが学園の寮に入る時に持たされた私服の中では、割と地味なチョイスをしたつもりだ。
けれど、それでもやっぱり……恥ずかしい。
“女の子”として学園に通い初めて約一か月。女装をする事も、それを見られる事にも慣れてきたつもりではあった。いや、別に慣れたかったわけじゃないけどね?
しかし、同じ制服を着た同世代の女の子の中に紛れ込むのと、見ず知らずの老若男女の中を歩くのではプレッシャーが全然違う!
いくら似合ってるとか女の子にしか見えないと言われたところで、ぼくは男の子なのである。制服ならまだみんな同じの着てるし……で我慢できたけど、私服までスカートとなるとさすがに辛い。
もちろん、最初はパンツルックで誤魔化そうとはしたのだけれど……「灯夜様は最強カワイイのですから、ちゃんと女の子らしい服を着なきゃダメなのです!」などとダメ出しを喰らい、泣く泣く今のスタイルに落ち着いたのだ。
「トーヤは当然として、ルゥも中々イケてんじゃあーねぇか。うんうん、女の子って感じでイイヨイイヨ~」
無責任にニヤニヤ笑う愛音ちゃん。いつもの半裸の衣装で外出しようとしていたルゥちゃんを言いくるめ、ひらひらワンピを押し付けたのは彼女なのだ。そして自分はちゃっかりショートパンツにいつもの縞々ニーソで決めてるあたり……うーん、ずるいというかうらやましいというか。
「東口はこっちよ。それにしても、すごい人ね……」
先頭に立って改札を抜け、最後尾のルゥちゃんまで通り抜けるのを確認している静流ちゃん。見知らぬ土地であっても、彼女のリーダーシップは健在だ。流石は委員長である。
このまま彼女の誘導に従い、目的地に向かえれば楽なのだけれど……
「灯夜さん? あまり離れると迷子になりますよ」
「ごめん、ちょっとその……トイレ!」
そばに居た小梅さんに一声かけてから、ぼくは小走りにその場を離れた。そして、事前に連絡を受けた場所へと足を向ける。
――――確かに、トイレに行くというのは間違いじゃない。ただ、その目的が違うだけで。
周囲の目を気にしつつ、女子トイレの入り口をくぐるぼく。洗面台の鏡に向かってお化粧を直している女性達の後ろをそうっと横切って、一番奥の個室……使用中の表示が出ているドアを、こん、ここんとノックする。
するとかちゃり、とドアノブが鳴り、使用中の赤い表示が青に変わった。背後の女性達がこちらを見ていない事を確かめながら、ぼくは素早くドアを開け中へと滑り込む。
「お待ちしておりました、灯夜様」
ゆっくりと深呼吸しながら、ぼくは狭い個室内にいる先客の顔を確かめた。そこにいたのは、ピンク色のリボンの付いた帽子を被り、眼鏡を掛けた……銀髪の美少女。
白いブラウスも、ジャンパースカートも、履いているローファーに至るまで……そっくり同じ。まるで鏡に映したような存在が、ぼくの前に立っている。
「それでは、始めるとしましょうか……私達“月代灯夜”の、楽しい休日のひと時を」
そう言ってにこりと微笑む――――もう一人のぼく。
月代灯夜の波乱に満ちたゴールデンウイークの一日は、こうして幕を開けたのである……。
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