第3話 招待状は突然に
「池袋、ねぇ……」
ベッドの上から漂ってくる、いかにも興味無さげといった平坦な声。
「まあ、いいんじゃないの? 現地に詳しい子もいるみたいだし、遭難する事は無いでしょ」
「いや、ぼく達が行くのは都会だから! この学園の樹海じゃないから!」
夜も更け、寮で定められた消灯時間(一応の目安であり、厳守ではない)も回ろうという頃。ぼくは机に向かって宿題の整理をしながら、ルームメイトとの何気ないひと時を過ごしていた。
「わたしは樹海のほうがよっぽど安全だと思うけど。少なくとも、おのぼりさんを騙して悦に
ベッドで暇そうにゴロゴロしつつも、いちいち
つやつやで長いストレートの黒髪が印象的な美少女であり、ぼくよりひとつ上の中学二年生。霊装術者としても先輩にあたる女の子だ。
なまじ忙しい毎日を送っていただけに、いざ自分の時間が出来てもその使い道が浮かばないと言うのだ。
「樹希ちゃんも、暇なら遠慮しないで来ればいいのに。愛音ちゃんも
「愛音とあなたが居ない時に、わたしまでここを離れる訳にはいかないわ。以前のように毎日ではないにしろ、事件自体は起こっているのだから」
樹希ちゃんと愛音ちゃん、そしてぼくは妖対策支部の主戦力。ゴールデンウイークとはいえ、それが三人揃って学園から居なくなるのは流石にまずい……樹希ちゃんが言いたいのはそういう事だ。
「けど、そろそろ高等部の人が合流するんでしょ? 蒼衣お姉ちゃんが話してたよ」
「あの人達は論外。一週間も連絡なしに失踪するような連中なのよ? 安心して任せるどころか、逆に監視を付けなきゃ危ないまである。いっそ卒業までずっと謹慎していて欲しいくらいだわ……」
散々な言われようである。実際、ぼくはまだ会った事はないけれど――――正確にはあの【
「それに、行くのはあなたのクラスの子たちとでしょ? 学年違いのわたしが混ざったら浮いてしまうわ。桜だって、きっとそれが嫌で断ったのよ」
桜とは、ぼくのクラスメイトの小梅さんのお姉さんの名前だ。彼女にも一応声を掛けたのだけれど……「誘ってくれるのは嬉しいけど、クラスの友達同士の集まりに割り込むのは無粋だわ。小梅だって、保護者同伴じゃ楽しめないでしょう?」とのこと。
そういえば、残念なことにぼくの隣の席の
この天御神楽学園は全寮制。だから家族とゆっくり過ごせるのはこういった連休の間しかない。親御さんの立場からすれば、休日くらいは子供をそばに置いておきたいというのも道理である。
ぼく自身、連休後半は実家の方に戻るつもりだ……久しぶりに、お母さんのお見舞いにも行きたいしね。
「樹希ちゃんはぼくのルームメイトなんだから、別に来てもいいと思うんだけどなぁ――――」
丁度その時だ。机の上のスタンドに立て置かれたぼくのスマホ――――仕事用のそれではなく、まだ真新しい私用の――――から軽快な着信メロディが鳴り響いた。
「またこんな時間に掛けてきて……あなたの友達には常識ってものが無いのかしら」
樹希ちゃんの妙に冷たい言葉を背中に浴びながら、ぼくはスマホを手に取った。画面に表示された名前は……予想した通り。
「もしもし、ちかちゃん? えっと……こんばんわ~」
『よーす灯夜! ばんわ~!』
――――
ぼくが卒業後に
「今日はどうしたの? 最近は、魔法少女を見たって話も無いと思うけど……」
彼女とぼくを繋ぐ共通の趣味、それが魔法少女である。魔法少女ウォッチャーを自称する彼女は、今までも何度か夜中に興奮した様子で電話を掛けてくる事があった。
旅客機と並んで飛ぶ魔法少女だとか、深夜に集団金縛り現象! 現場で目撃されたのは魔法少女――――みたいなネットを飛び交う不確定情報を目ざとくキャッチしては、それについての見解を早口で語るのだ。
まあ、今やぼくは魔法少女に関して当事者の側。「あ、それはぼくだよ」などとは口が裂けても言えない立場にある。
魔法少女談義をするのは楽しいけど……喋りすぎないよう気を付けながらというのは、ちょっともどかしいかな。
『あー、今日はそっちじゃなくてだな……灯夜、ゴールデンウイークは休みだよな?』
「えっ? そりゃあ、ゴールデンウイークは休みだけど……」
ちかちゃんの質問の意図がいまいちよく分からない。ゴールデンウイークは全国的に休みのはずだ。まあ、仕事によっては休めない人もいるだろうけど……基本アルバイト禁止のぼく達中学生にとっては、間違いなく休みでいいはず……だよね?
『じゃ、決まりな! 詳細はあっちに送ったから、よーく読んでおけよっ!』
「ちょ、ちかちゃん! 決まりって何のこと!?」
『よーし灯夜オッケー、と。今夜中に全員に回すから、なごり惜しいがここまでだ! 続きはwebでっ!』
ぶつり。言いたい事だけ言うと、ちかちゃんは通話を打ち切ってしまう。うん……彼女は割とこういうところが雑なんだよね。
「続きはwebでって言われてもなぁ……」
そう言いつつも、ぼくはそのままスマホを操作しSNSアプリを表示する。彼女が何か詳細めいたものを送るとしたら、おそらくこっちだろう。
「あった。なになに、ゴールデンウイーク特別企画……都会で一日遊びまくる祭り?」
そこに書かれていたのは、ちかちゃんが主催する日帰りツアー――――要はゴールデンウイークを利用して遠出して遊ぼう的な企画の概要が書き込まれていた。
図らずも一年S組の学園外遠征と同じような企画が、ぼくの地元でも立てられていたという事だ。
集合場所は渋谷で、とりあえずその辺りをぶらぶらして面白そうな場所に突撃するのだとか。候補地にはボーリング場や映画館などが挙げられているけど、どこへ行くかは当日の現地の状況やその時の気分で決めるとかなんとか。
参加するのは主にちかちゃんの友達の女子で、その中にはぼくの知っている名前も多い……つまり、ぼくはこの同窓会的な企画に招待された事になる。
「学校が別になったぼくを、わざわざ誘ってくれるなんて……これは是非とも参加しないとだっ! ええと、日程は……と」
そこに書かれた日付を見て、ぼくの背筋を不意に冷たいものが走った。スマホの画面に当てられた指先、その下に映る文字列……ぼくは深呼吸して、それをもう一回読み直す。
「…………え?」
「そんな、か……被ってるっ!?」
都会で一日遊びまくる祭り。その開催日としてちかちゃんが指定したのは……そろそろ“明日”に迫った、一年S組の池袋遠征と同じ日付だったのだ……。
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