番外編その4 魔法少女布教作戦・後編

 その週末の夜、土曜日が残り一時間程になった頃……ぼく達は服部さんの部屋に集合していた。


「皆さんお待ちかね~! さて、今日はいったいどんなアニメの嵐が吹き荒れるのでしょうか……でござる!」


「いや、どんなって……見る作品はもう決まってるんでしょ?」


「開幕アイサツのテンプレにござる! っていうか、言ってみたかったんスよね~コレ」


 深夜のアニメ上映会――――そこに集まったのは、ぼくとしるふの他に愛音ちゃんにノイちゃん。そして服部さんと仲の良い及川さんと……


「えっと……愛音ちゃん、これは一体どういう事なの?」


 愛音ちゃんの左腕を両腕でがっしりと抱え込んでいるのは、彼女と同室の……ルルガ・ルゥ・ガロアさん。


「いやー、この前トーヤに言われたのを思い出してさ。ドラッグストアでテキトーに買ってきたお菓子を与えてみたんだよ。そしたらなんか大層お気に召したようでな……」


 皆がジャージやスエットというラフな格好の中、肌もあらわな民族衣装姿の彼女。それが普段着ではあるんだろうけど……褐色のおへそ周りや小ぶりながら発育のいい下乳のラインなんかを惜しげもなくさらした格好は、いつ見てもドキっとする。


「すっかり懐かれちまって離れねえんだよ。まあ、気にしないでくれ……」


 な、なるほどー。野生児のルゥさんが夜通しアニメを見るかどうかは微妙だけど……みんなが持ち寄ったお菓子もあるし、退屈せずに過ごせるかもしれない、のかな?


「それはそうと、どうしてこの部屋に集まるの! 愛音さんか叶恵さんの部屋でやればいいでしょ!」


 そしてもう一人、あからさまに不機嫌そうな声を上げるのは……静流ちゃんだ。


「どうしてって、円盤のデッキを運んでセッティングするのが面倒くさいからでござるよ。それに、拙者の相方となったからには……静流殿にも相応の英才教育をほどこす必要があるっスからね!」


「何の英才教育よっ! それに、相方になった覚えもないから!」


 そう、静流ちゃんは服部さんと同室……心ならずも、この上映会に巻き込まれてしまう運命にあったのだ。


「静流、これでも飲んで落ち着く……」


 と、及川さんが差し出したのは、紙コップに注がれたコーヒーだ。湯気と共にかぐわしい芳香を漂わせるそれを受け取り、一口飲んだ静流ちゃんの表情が変わる。


「美味しい……叶恵さん、これどうしたの?」


「みんなで夜更かしするから、持ってきた……」


 及川さんが指差したのは、様々な菓子類が並ぶテーブルの上に、確かな存在感をもって鎮座ちんざするコーヒーメーカー。彼女はことコーヒーに関してはこだわりがあるらしく、入寮するにあたって自分用のコーヒーメーカーをわざわざ用意したのだという。


「寝ちゃいけない時、のむ……」


「わ、私は寝るし! アニメなんて興味ないんだから!」


 とか言いつつも、ベッドに腰かけたまま及川さんの絶品コーヒーを堪能する静流ちゃん。そういえば昔から、彼女は意地っ張りをこじらせたようなところがあったっけ。


「さあ、そろそろ始めるでござる! 上映するのは、往年の名作【魔法少女テリブルゆのは】! ここに居る皆は初見なので、わかりにくい所は拙者がフォローするっスよ~」


 何だか、すごくノリノリの服部さん。自分の好きなアニメを皆に広められる事が嬉しくてたまらないのだろう……その気持ち、ぼくにも分かる。


「はやく! はやく!」


 ぼくの頭の上に陣取ったしるふが騒ぐ。彼女もすっかりこの寮での生活に馴染んだらしく、気まぐれに誰かの部屋にお邪魔してはお菓子を貰ったりしていると聞いた。


「よーし、くつろぎポジション確保! いつでもいいぜ~!」


 クッションの上に寝転がり、いかにもくつろいでますといった態勢を整える愛音ちゃん。他のみんなも、それぞれ思い思いの姿勢でテレビ画面に向かう。


 ただ、この部屋は本来二人部屋。八人――――うちひとりは人形サイズだけど――――も入るとさすがに少し手狭てぜま感あるというか、各々おのおのが存分に手足を伸ばせる程のスペースは無い。

 つまり、何が言いたいかというと……近いのだ。互いの距離が!


 ただでさえ、ここは女の子密度の高い空間。手を伸ばさずとも触れ合う程の近さに、いやもうちょっと身じろぎするだけで簡単に接触するくらい近くに異性の身体があるとなっては……さすがのぼくもドキドキせざるを得ない。


 そう、ぼく――――月代灯夜は男の子である。そして、その事実を知っている者は学園内でもごく一部に限られていた。

 ぼくの左右に座る愛音ちゃんも及川さんも、当然そのことを知らずに……同じ女子同士だと安心して身体を寄せてくるわけだから、これはもうたまりません。


 女の子の柔らかく暖かい感触、そして何だかいい匂いに包まれる幸福感と、本来の性別を隠してこの輪に加わっている罪悪感。さらにそれを悟られまいとする緊張感が加わって、ぼくは早くもオーバーヒート寸前だ。幸せだけど……辛いっ!


「それでは、再生するでござる。ポチっとな~」


 服部さんがリモコンを操作すると、大画面の液晶テレビ――――これも部屋の備品ではなく、服部さんが実家から持ち込んだ物だ――――に命が吹き込まれる。

 大写しになる製作会社のロゴ。それに続いてオープニングテーマが流れ出し、煌びやかな作品タイトルが現れる。


 普段見ている魔法少女のアニメとは、いささか毛色の異なる映像と歌。そして始まった本編に……ぼくは、あっという間にき込まれていった。


 


 数話ごとに短い休憩を入れつつ、上映会は続いていく。


 最初のほうは割と退屈そうにしていた愛音ちゃんも、ライバル魔法少女が出てきた辺りからテンションが上がり……いつの間にか正座して食い入るように画面を見つめている。

 そして服部さんは、シーンが切り替わったり新しいキャラが出たりする度にうきうきと解説してくれる。まるでオーディオコメンタリーみたい……っていうか、暗記する位まで何度も見てるのかな……


 ぼくはと言うと、まずびっくりしたのが主人公の変身シーン。そう、脱ぐのだ……最近のアニメでは何やらキラキラしたシルエットで表現されるアレが、下着までバッチリ見える!

 愛音ちゃん達は「うわエッロ!」とか「昔はおおらかだったのでござるよ……」みたいに楽しく視聴しているのだけれど、ぼくは平静を装うだけで精一杯。変な反応をしたら正体がバレかねないし、色々と難しい立場なんです。


 そんなぼくに、冷たい視線を突き刺してくる静流ちゃん。一度は横になって寝ようとした彼女も、今はベッドの端に腰掛けてコーヒーのおかわりをちびちびとやっている。なんだかんだ言って気になるみたいだ。

 その一方で、ノイちゃんは及川さんの膝の上で丸くなって眠っている……そう、黒猫の姿で。


 彼女が猫に変身できる事は――――正確には猫が本来の姿らしいのだけど――――しるふの存在と同じく、S組のみんなにとって周知の事実となっていた。及川さん達も最初は驚いたものの……今ではそういうものとしてすんなりと受け入れているみたい。

 余談だけど、猫の姿の時のノイちゃんは今やすっかりたちばな寮のアイドルの座に収まり、スキあらば彼女をでようとする者は後を絶たない……ぼく自身も含めて。


 あと、ルゥさんだけど……彼女はひたすらお菓子をもっしゃもっしゃと食べ続けていた。沢山あったテーブルのお菓子の大部分は、彼女の胃袋のブラックホールへと消えていったのだ……




 そして夜は更け、十三話目のエンディングが終わる頃には、ぼく達はすっかりノリノリのハイテンションになっていた。物語が面白かったのもあるけど、深夜に友達同士がこうして集まって騒ぐという行為自体、すごく楽しいのだ。

 これはある種の、麻薬的な快楽。深夜コンビニの前にたむろするヤンキー?の気持ちが、少し解った気がする……


「皆さんイイ感じにノってきたっスね~。それじゃあこの調子で、続けて第二期もいってみるでござるよ!」


 服部さんはそう言うと、いそいそと円盤――――映像記録ディスクの事を、慣例としてこう呼ぶらしい――――を入れ替え始める。


「つづきやんノ? そうこなくっちゃ~!」


「いやちょっと待って、二期も今のと同じくらい長いんでしょ? このボリュームをもう一回ってのはさすがに重たいっていうか……」


「何言ってんだトーヤ! オマエ、続きが見たくねーのか!? オレは見たい! もっと極太なビームが見たい!」


 紅茶色の瞳をきらきらと輝かせながら詰め寄ってくる愛音ちゃん。その後ろでは、


「コーヒー、おかわりれる……」


「オカシ、ナクナッタ!」


「えぇ!? もうのど飴くらいしか出せないわよ?」


 と、みんなまだまだ元気いっぱいのようだ。うーん、ぼくも続きは見たいけど……ここで二期に突入したら確実に徹夜だよっ?


「一話が約二十二分、一期十三話として五時間くらい。二期まで見ても朝食の時間にはギリ間に合うでござる。超余裕っス!」


 胸を張って断言し、再生ボタンを押す服部さん。


「フフフ……徹夜はオタクのたしなみでござるよ?」


 そして、ルゥさんがバリボリと飴を嚙み砕く音をBGMに、上映会は再開されたのだった――――




 前作から半年後、主人公に迫る新たな敵。その圧倒的な力に痛めつけられるも、かつて戦ったライバル魔法少女と共に反撃へと転じる……

 最初から熱い展開に、愛音ちゃんと服部さんはさらにヒートアップしていく。


 しかし、他のみんなはそうもいかない。そもそもぼく達は今年中学生になったばかり。徹夜した経験なんて皆無に等しいのだ。

 食べる物がなくなったルゥさんは早々に寝に入ってしまうし、静流ちゃんも起きているのがやっとといった様子。


 ぼく自身もご多分に漏れず……眼前で展開するストーリーに夢中になる一方で、肉体的な限界というものを確かに感じ始めていた。

 大量のコーヒーを摂取したにもかかわらず、うつらうつらし出した及川さんが寄りかかってくるけど……もう気にしている余裕なんて無い。


 物語が進むにつれて明かされる、敵方のやむにやまれぬ事情。互いに愛する者の為にぶつかり合う、かなしくも激しい闘い。

 一期をはるかに超えるスケールの大きさ……なるほど、これは面白い。自称オタクの服部さんが自信をもってすすめてくるわけだ。

 正直、眠気は限界に近いけど――――この傑作、見逃すわけにはいかない!




 やがて空が白む頃、物語は最高潮クライマックスを迎えていた。敵対していた者同士が和解し、互いに手をたずさえて最後の敵に挑む……まさに王道の展開。

 ドラマチックな挿入歌が流れる中、繰り出される必殺技の数々が巨大なボスに次々と炸裂する!


「うおっやべぇ、めっちゃ燃える! それはそうとシノビ、ザンバーってどういう意味だ?」


「戦国時代に使われていた斬馬刀が語源らしいっス。アニメでは巨大ロボの武器として使われたのが最初で、有名な明治剣豪漫画のキャラが使って以来、知名度が上がった武器にござるな~」


 この二人はあいかわらずテンションMAXだ。


「な、なんか……すごい事になってるね……」


 ――――巨大ラスボスに止めを刺す、宇宙戦艦の艦砲射撃。ここまで来るともう魔法少女って何なのという気もしないでもないけど……すごい物を見せられたのだけは確かだ。

 ぼくが知ってる魔法少女とは違う……けれど、思っても見なかった魔法少女像がそこにはあった。

 そう、魔法少女とは……もっとずっと自由なものだったんだね――――




 一話まるまるエピローグに割いた最終話が終わり、新たな未来を歩みだす主人公たちの姿で物語は締めくくられた。

 いい最終回だった。心からそう思う……


「オレ、ちょっと外走ってくるっ!」


「次回は三期からにするか、それとも劇場版一期か……時系列的には新劇場版もアリでござるな……」


「もうやだ……結局、最後まで見ちゃったじゃない!」


 まだ元気が残ってる面々を横目に見つつ、ぼくはその場にぐったりと横になりまぶたを閉じる。頭の上でいびきをかいていたしるふがずり落ちたけれど、まあいいか……起きてないし。




 これ以降、深夜のアニメ上映会はたびたび行われることとなり、S組では連日、眠い目をこすりながら授業を受ける生徒が増えたという。

 参加する面子はその日ごとに入れ替わったり増減したりして……主催者の服部さんを除くと、皆勤賞はたったひとり。


「……だから、何でいつもこの部屋なのよっ!」


 いちばん布教の効果が大きかったのは、間違いなく彼女だと思う――――合掌。

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