番外編その3 魔法少女布教作戦・前編

 それは、四月も下旬に入ったある夜のこと。


 ぼくは久しぶりの“仕事”を終え、四方院の別邸から寮への帰途についていた。仕事といっても、最近はあやかし絡みの事件はめっきり減っている。

 この間の大規模な事件……今では「学園襲撃事件」と呼ばれるそれ以降、妖達に目立った動きがないためだ。


 ……愛音ちゃんは「退屈だ~」と言うけど、世の中平和が一番だよ。うん。


 しかし、その仕事が長引いてしまった影響で、今日は門限の時間を大幅にオーバーしている。すでに寮には連絡してあるし、ぼくの仕事のことは寮母の君鳥さんも了承済みだから問題はない……けど、ちょっと後ろめたい気分ではある。


 それでも、折角の公認門限破りをエンジョイしたい気持ちには勝てず……ぼくはおそるおそる、途中にあるコンビニのドアをくぐっていた。

 もう生徒が利用する時間ではないけれど、先生達や各種テナントの従業員さんの為に学内コンビニは二十四時間営業を貫いている。お疲れ様です……


 会計を済ませる間、学生がこんな時間に何をしているんだ、的な事を言われるかと思ったけれど……店員さんは特に気にしていないようだった。

 割とよくある事……なんだろうか?


 何はともあれ、ぼくは無事に買い出しを終え、歩いて数分の距離のたちばな寮に帰還を果たした。

 すでに食事をしている生徒もおらず、がらんとしたロビーを通り抜けて階段を上り……切ったところでふと気付く。


「あっ、君鳥さんに挨拶してない!」


 門限を過ぎた後だというのに、寮の入り口に鍵はかかっていなかった。それは君鳥さんがぼくの為に開けておいてくれたからに他ならない。

 となれば、戻りましたと一言挨拶しておくべきだろう。夜中まで戸締りができないのは流石に不用心だし。


 だがしかし、ぼくの体はすでに二階まで到達している。とりあえず部屋に荷物を置いて、それから……


「いょう! 遅かったなトーヤ!」


「あ、愛音ちゃん! ただいま~」


 二階の角のフリースペース。そこに置かれた三人掛けのソファーを贅沢に使って横たわるのは……愛音・フレドリカ・グリムウェル。赤毛のおさげ髪が特徴的な女の子だ。


 ぼくと同じく妖対策に関わっている彼女だけど、最近暇な事もあって今日は一日フリー。思う存分余暇を満喫しているといったところか。


 あれ? だとしたら…… 


 「愛音ちゃん、どうしてこんな所で一人でゴロゴロしてるの? 寝るなら部屋に行けばいいのに……」


「あー、部屋ね……部屋はちょっとなー」


 ぼくが投げかけた素朴な疑問に、ラフな部屋着姿の彼女は大きく伸びをしながらそうつぶやく。


「部屋がどうしたの?」


「いやその……居るんだよ、アイツが」


 ぽりぽりと頭をかく、困り顔の愛音ちゃん。アイツというのは、彼女と同室の女の子……ルルガ・ルゥ・ガロアさんの事だ。

 彼女もまた愛音ちゃんと同じく留学生で、灰色の髪に褐色の肌を持つエキゾチックな雰囲気の子である。


 南米の少数部族出身という彼女は、入学当初から特殊な行動が――――いや、ぶっちゃけ奇行が多いので知られていた。

 何でもこの二十一世紀においては珍しい、自然と共存する自給自足の生活を送っていたらしく……どうやら文明社会というものをよく理解していないようなのだ。


「アイツ、部屋で変なお香焚くし、どこで捕ってきたんだか知らねーがいつもトカゲっぽいのかじってるし、ベッドがあるのに床で丸まって寝るし、この前なんかカーペットの上で焚き火しようとしてたんだぜ? オレが止めなきゃ火災報知器鳴ってたぞ……」


「そ……そうなんだ……」


「だからよ……なんか、疲れちまったんだよ……今まで変わり者って言われる奴をたくさん見てきたけど、アイツは別格だぜ。あのイツキ以上に仲良くなれる気がしねぇ……」


 このぼくともすぐに仲良しになった愛音ちゃんが、そこまで手こずる相手とは……野生の力、恐るべしといったところか。


「だったらさ、ノイちゃんの部屋に行ってみたら? 同室の及川さんももう友達なんだし、こころよく受け入れてくれるんじゃないかな?」


 そう、愛音ちゃんの唯一無二のパートナー――――ノイ・グリムウェル。そもそも本来なら二人は同室になるはずだったのだけれど、留学自体が急に決まった事もあり来日が遅れ……手続きが後回しになった結果、二人一緒に入れる部屋が無くなっていたという話だ。


「行ったけど、ノイもカナエも電気消して寝てやがんだよ。アイツ等、揃って寝るのが趣味ってゆーか……すっかり意気投合してやがってオレの入るスキ間がねーのよ」


 カナエというのは、及川さんの下の名前。及川叶恵おいかわかなえさんはふわふわとしたボリュームのある髪をツインテールにまとめた、小柄で幼い印象の女の子だ。胸のサイズもぺったんだけど、それはそれで可愛らしいと思う。


 そういえば彼女は確かにいつも眠たそうな顔をしていたし……休み時間もよく机に突っ伏して寝ていたっけ。でも、趣味というよりただ眠いだけに見えたけどなぁ?


「というわけで、行き場のなくなったオレは一人さびしくゴロゴロしているしかなかったんだ……オマエもこんな時間まで帰って来ねーしな」


「ご、ごめん……」


 いかにも退屈といった様子でソファーの上をゴロゴロする愛音ちゃん。その時、ぼくは思い出した……退屈を持て余す彼女のために、すでに一策を講じていたことに。


「そういえば愛音ちゃん、この前貸した漫画……どうだった?」


 このぼく、月代灯夜は男の子なのだけれど……とある事情で今は女の子の振りをしているわけで。つまり、部屋に少女漫画が置いてあるのはごくごく自然で当たり前のことなのだ。うん。


 なので、愛音ちゃんに貸したのは某少女漫画雑誌の今月号。アニメ絶賛放映中の魔法少女漫画が載っているアレだ。

 ちなみに、ぼくのイチオシがその作品であることも伝えてある。これで愛音ちゃんに少しでも魔法少女の良さがわかってもらえたら……と思って。

 布教って言うのかな? コレ。


「んー、つまんなくはねーんだけどさ……イマイチピンと来ねーんだよな」


 けれど、愛音ちゃんの反応は微妙だった。


「その、マホーショージョがなんかいい子ちゃんぽい事言ってミラクルなんちゃらロッドを振ったら一コマで敵がグエェと蒸発とか……どうもうすあじっていうか」


 ああ……そう来ましたか。この漫画が想定している読者層はあくまで“少女”。女の子向けのお話にハードな戦闘描写を期待するのは酷であるっていうか……日本の特撮ファンを自称する愛音ちゃんにとっては、ちょっとばかりもの足りなかったようだ。


「それじゃあ今度、一緒にアニメの方を見てみる? 時間的にはすぐ後に特撮もやってるし――――」


 魔法少女の魅力。それをどう伝えたものか……そもそも今まで自分の趣味を隠して生きてきたぼくにとって、布教活動というのは全く未知の領域なのだ。


「およ、ニチアサの話でござるか?」


「ひゃっ!」


 突然背後から掛けられた声に、ぼくはびっくりしてコンビニ袋を取り落とした。


「は、服部さん!? 脅かさないでよぅ……」


「いょう、シノビ~!」


しのぶでござるよ、愛音殿」


 いつもは後ろで結んでいる長い髪をほどき、肩からバスタオルを掛けた眼鏡の女の子。お風呂上りのいい匂いが、すぐそばのぼくの鼻腔びくうをくすぐる。


 彼女の名は服部忍はっとりしのぶ。ぼく等と同じ、一年S組のクラスメイトだ。胸のサイズはそこそこ。年相応のサイズと言えるだろう。


「それはそうと灯夜殿、拙者抜きでアニメの話とはけしからんでござる。そろそろまぜろよでござる~」


 時代がかった奇妙な語尾でしゃべる彼女。何でも小学生の頃に名前が忍者っぽいと周囲からツッコまれ、受け狙いでやってみたら大反響だったとかで……

 それ以来すっかり口癖になっているのだとか。


「シノビはそういうの詳しいんだっけか。カナエに“ガチオタ”とか言われてたし」


「いやいや、本職のガチの方にはとても及ばんでござるよ~。まだまだ精進が足りないっス」


 精進って一体……まあとにかく、彼女はアニメ、漫画といった方面に深い造詣ぞうけいを誇っている。それこそぼくなど足元にも及ばない程に。


「えっと、じゃあ服部さん。ちょっと聞きたいんだけど……何か魔法少女もののアニメでオススメとかない? 愛音ちゃんでも楽しめるような、戦闘シーンが多めの作品だと嬉しいんだけど」


「ふむふむ。魔法少女で戦闘多め……ちょっと古いかもでござるが【テリブルゆのは】なんかどうでありましょう?」


「あ、それ……聞いた事あるよ! たしかテレビのCMで……劇場版だったっけ?」


 ぼくの反応に、満足気な様子でうんうんとうなづく彼女。地味な眼鏡の向こうでその瞳はキラキラと輝き、まるで中に星がまたたいているみたいだ。


「そう! 深夜アニメの魔法少女モノの中でも突き抜けた傑作で、本編が四期に外伝までアニメ化された超人気作品にござるよ! 一期のオンエアは十年以上前でござるが、最近完全新作の劇場版をやってたので知ってる人も多いっスね! 特に二期のラストバトルは超燃えっス! 一期から通して見ると感慨もひとしおで……三期以降はちょっと評価が分かれる所にござるが、ファンなら見ておくべきだと思うっスよ!」


 熱く語る服部さん。確かに、すごい知識量だ……自分が生まれる前くらいのアニメを全話チェックしているとか、にわかには信じられない。


「まあ、最近は動画サイトなんかで古い作品も見られるっスからね。もちろん、気に入った作品は円盤で購入して――――」


「はいはい、ごめんなさいね~」


 不意に会話に割り込んできた、大人の女性の声。


「あっ、君鳥さん!」


「うふふ。灯夜さん、戻ってらしたんですね~。遅いからちょっと心配しちゃいましたよ~」


 しまった! 会話に夢中になって帰還報告の事をすっかり忘れていた……


「ごめんなさい……」


「いえいえ、無事に帰って来てくれて安心しました~。でも、次からはひと声掛けてくれると嬉しいかな~」


 にこにこと笑みを崩さない君鳥さん……それが余計に罪悪感を搔き立てる。うう、今度から気をつけよう……


「盛り上がっているところ悪いのだけれど~、そろそろ消灯時間だから、お部屋に戻ってね~」


 もうそんな時間……ってそうか、ぼくが帰ってきた時点でもう結構な時間だったのだ。


「うう、またあの部屋に帰らなきゃならないのか。また夜中トカゲをバリボリ齧る音に怯えて眠るのか……」


「とりあえず、代わりにお菓子でもあげてみたら? もしかしたら、トカゲよりそっちがいいやってなる……かも?」


 ソファーから動こうとしない愛音ちゃんを引きずり起こすぼく。そんな光景を見ながら、服部さんは去り際にこう言った。


「それじゃあとりあえず、週末は上映会でござるね! 実家に連絡して円盤を送ってもらうので、楽しみにしてて欲しいっス!」


 眼鏡をきらりと輝かせ、意味ありげな笑みを浮かべる服部さん。どうやら布教活動においては、彼女の方が一枚も二枚も上手みたいだ……。

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