第39話 魔法少女、ピンチ!

 斜めから打ち下ろされた白刃が、顔面スレスレを掠め通り過ぎていく。必死に体を捻り、態勢を立て直そうとするぼくの目の前に、ざし、と踏み込んでくる鎧武者の足。


「うわっ!」


 慌てて飛びずさった、その刹那。斬撃を受けた地面が爆発したように弾け、衝撃でバランスを失ったぼくは短い草の間をごろごろと転がった。


『とととと、とーや! これはヤバイって! シャレになってないヨ!!』


「み……みたいだね」


 【門】から現れた、甲冑姿の武者。その恐ろしい程に冴えわたる剣技に、ぼくは手も足も出ない。いや、出せる手足が無い状態なのだ。


 今まで、ぼくはしるふとの契約によって得た力……風を操る力であやかしと戦ってきた。自然界に存在する大気の流れ、それを自在に使いこなせるこの力が無ければ、素人のぼくに妖退治なんて大それた事はできなかっただろう。


 けれど……あの鎧武者の妖には、その風が通じない。ぼくが操る風は、ことごとく武者の眼前でコントロールを失い、無力化されてしまう。

 防御に使った圧縮空気の壁さえも、その刀の切っ先が触れただけで霧散してしまう程だ。


『風が効かないんじゃドーシヨーもないヨっ! 撤退! 退却! にっ! げっ! ろ~!』


「うう、ぼくだってそうしたいけど……」


 鎧武者の背後には、今も凄まじい霊力を噴き出す【門】がある。小さな【門】でも危険なのに、あれ程の大きさとなると……ああ、想像できないくらいヤバい。

 あの中からまた新しい妖が現れないとも限らないし、とにかく、放置するわけにはいかないのだ。


『どっちにしろあのヨロイがいる限り【門】には近づけないし、近づいてもどうやって閉じたらいいかわかんないんでショ?』 


 ……うん。正直、今のぼくには全く打つ手がない。適材適所の――――真逆。何の役にも立てないぼくが真っ先に駆けつけてここに居るという、まさに残念極まりない状況である。


「樹希ちゃんか愛音ちゃんなら、突っ込んで格闘って手もあるんだろうけど……」


 正規の魔法少……霊装術者の二人は、体術に関してもエキスパートだ。彼女たちならあの白刃をかいくぐって、鎧武者にダメージを与えられるかもしれない。


 しかし、駆け出し術者のぼくは肉体的には常人と変わらない。むしろ、平均値以下の身体能力しかなかったりする。

 しるふと一心同体になることで身軽にはなったけれど、これだけではただ逃げ回るのが精一杯だ。


『イツキ達でもアレに突っ込んだらヤバイんじゃないカナ? やっぱり、逃げたほうが……』


「ダメだよ! ぼく達が逃げたら、あの妖が野放しになっちゃう! 少なくとも、誰かが応援に来るまでは踏みとどまらないと!」


 この煌々と立ち昇る光の柱は、学園内のどこからでも目に入る。作戦室にも愛音ちゃんからの連絡が行っているはずだ。いくら人手不足だとしても、これは学園の一大事。そろそろ誰か駆けつけて来ても良い頃合いなのだ。


「だから……それまでは、ぼくがっ!」


 鋭く切り込んでくる鎧武者。それを大回りに回避し、距離を保つ。幸い、鎧武者の足は遅い。剣さばきはまさに神速と言っていい程だし、踏み込みの瞬発力も相当なもの。だけど、移動そのものは重い甲冑のせいかゆったりとしている。

 間合いギリギリの位置をキープし、動きが見えたら即回避。これでなんとか時間稼ぎができるはず……


「!」


 そんなぼくの思惑は、あっさりと打ち砕かれた。踏み込みが、斬撃が……速い! さっきまでよりも、いや、剣の一振りごとにその速度が増している!?


『アレだよとーや! アイツ、【門】の力でパワーアップしてるんだヨっ! 』


「ええっ!?」


 そ、そうだった! あの鎧武者には光の柱から枝別れした霊力の流れが繋がっていて、今もその膨大なエネルギーが注がれ続けているのだ!


 ぼくの心に“絶望”の二文字がよぎった瞬間、鎧武者が身をかがめ、その足が大地を蹴った。真正面から飛び込んでくる、今までで最速の踏み込み。そこから繰り出されるのは――――


「や、やば――――」


 その時、不意にぼくの襟首が引っ張られ、両足が地面を離れる。宙を舞ったぼくの真下を、最速の横一文字が駆け抜けていく。


「間一髪ってヤツだな、トーヤ!」「今のはわりと危なかったんだよ」


 真上から投げかけられた陽気な声。そこにいたのは、箒にまたがった赤毛と黒髪の二人の少女。


「愛音ちゃん! ノイちゃん!」


「おう、約束通りソッコーで片付けてきたぜ!」


 ぼくをぶら下げたままにやり、と微笑む愛音ちゃん。良かった……待望の応援到着だ!


「助かったよ! ぼくだけじゃどうにもならない所だったから……」 


「おうよ! オレ達が来たからにはもう心配いらねーぜ! で、アレが問題の妖だな?」


 空中で態勢を立て直し、ふと下を見ると……鎧武者はこちらを睨んだまま動きを止めている。流石に空を飛んだり衝撃波で攻撃してきたりはしないようだ。


「にしても、ホントに学園の中でひと騒動あるとはなー。灯夜の予想がバッチリ当たってたわけだ」


「でも、止められなかった。【門】が開くのも、妖が現れるのも……」


 いち早く妖の狙いに気付けたとはいえ、結局ぼく一人が駆け付けたところで何も変わらなかった。自分の無力さが……恨めしい。


「なーに、オレ達であのヨロイ野郎を始末すりゃあ一件落着じゃねーか。たかが妖一匹、このアイネ様が居りゃあ楽勝よ!」


「油断禁物。あの妖、見た目以上に危険なニオイがするんだよ」


 ぼく達はゆっくりと降下し、鎧武者から離れた広場の端に降り立った。ここなら、すぐに襲われる事はないだろう。


「じゃあ、始めるとすっか」


「ま、待って! あの妖、ぼくの風がぜんぜん効かなかったんだ。防御の結界か何かあるみたい!」


「オーケーオーケー。まあ殴ってみりゃー分かるぜ」


 余裕の表情を見せる愛音ちゃん。彼女の実力はぼくより数段上だ。あの恐ろしい鎧武者相手でも、まともな勝負ができるはず。


「よーし行くぜ、ノイ!」


「ラジャー、だよ」


 ノイちゃんがそう応じた途端、不意にその姿が掻き消えた。いや、違う……彼女がいた場所から、黒く小さな影が素早く愛音ちゃんの身体を駆け上がる。

 あれは――――猫!?


「ノイ! 魔導霊装ソーサライズ!!」


 愛音ちゃんの叫びと共に、その頭の上から飛び上がる黒猫。にゃーん、と一声鳴くと、身体を丸めてくるりと回転する。

 刹那、まばゆい閃光が辺りを包み、激しい霊力の嵐が吹き荒れたかと思うと……大小の輝くピンク色の魔法陣が、愛音ちゃんの周りをくるくると回っているのが見えた。


 その魔法陣は一糸まとわぬ――――ように見えるが、光に包まれて細部までは分からない――――愛音ちゃんの身体を球状に包み込むと、上下左右から挟み込むように移動を始めた。

 魔法陣が通り過ぎた後には……魔女っぽいとんがり帽子、ロングブーツに長手袋といった装束が現れ出でる。

 魔法陣は最後に腰の辺りで重なり合った後ぱちんと弾け、その後にはひらひらのミニスカートがふわりと広がった。


「さあ、ジャッジメントの時間だ! 奈落アビス滑落ダイブする準備はOKかぁ?」


 マントをばさりとひるがえし、仁王立ちのまま体の前で拳を打ち合わせるのと同時に、輝くピンク色の呪紋が全身を駆け巡る……その一連の変身プロセスを目の当たりにして、ぼくは心中穏やかではいられなかった。


「――――ま、魔法少女! 完璧に魔法少女だよっ!! まさかリアルでこれ程のクオリティの変身シーンが見られるなんて……ああ、夢みたいだ。まあ最後の決めゼリフとポーズはアレだけど……」


 感動に、思わず胸が熱くなる。そして改めて思う……ぼくという人間は、心底魔法少女が大好きなんだなぁ、と。


『そうそう! アタシがとーやに求めてるのはこーゆーヤツなんだよっ!! 決めゼリフとポーズがバッチリ決まって……アレ?』


「あれ?」


 どうやら、一心同体の中で見解の相違が生じたみたいだぞ? ぼく的にはもっと可愛いセリフとポーズが良いと思うのだけど……しるふはカッコイイ系が好みなのかなぁ?


「んあ、マホーショージョ? 何だか良くわかんねーけど……とにかく!」


 愛音ちゃんが懐から輝く粉末――――聞いたところによると、細かく砕いた水晶らしい――――を振り撒いた。


「集いて結べ、我が精髄! 最初から全力でいくぜ!」


 月の光を浴びてキラキラと輝きながら、その粉末は四本の剣へと姿を変える。そう、これは愛音ちゃんの必殺の技!


「【乱れ踊るは光輝の剣シャイニング・ソード・レイヴ四重奏 カルテット!!】」


 彼女の周りに整然と並んだ水晶の剣。ぼくを圧倒したこの技は、果たしてあの鎧武者にも通用するのか。


「見てろよトーヤ。ブリテンで鳴らしたオレ様の業前わざまえ、ヤロウに思い知らせてやんぜ!」


 そう吠えると、愛音ちゃんは鎧武者に向かって一直線に駆け出した。四本の剣もそれに遅れず、彼女を守護するかのように並んで宙を駆ける。




 英国帰りの魔法少女、愛音・F・グリムウェル……それに対するは、剣技冴えわたる妖の鎧武者。


 戦いの火蓋は、切って落とされた――――!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る