第35話 狙われた学園!
「なにい!
「うん。だとすれば説明がつくんだ。最初に学園近くに現れたのは、学園の術者を対策に当てさせるため。そこからどんどん遠くへと誘導することで、学園の守りを手薄にする狙いなんだよ!」
時間は夕刻をとうに過ぎ、既に人気もなくなった住宅地の上空で、ぼく……月代灯夜と箒に乗った赤毛の少女術者、愛音・F・グリムウェルさんは、揃って学園の方向へと振り返る。
夜闇に沈んだ黒々とした稜線には、未だ何の兆しも見られない。
「でもよぉ、流石にそれは無いんじゃねーの? 第一あの学園には妖が入れない結界が張ってあるんだぜ? それも、常時専門の術者が交代で維持してるレベルのごっついヤツが」
その結界についてはぼくも聞いている。何でも伝説級の大妖怪ですら手を焼く代物だとか。流石は東日本の術者の総本山、これ程強力な結界は日本全国でもほんの数ヶ所にしか無いという。
「それに学園内にはウチの担任みたいな現役の術者だって詰めてるんだ。多少人手が減ったところでそうそう落ちはしねーだろうぜ」
「まあそれは……そうなんだけど。でも、そうとでも考えなきゃ妖達の動きがおかしすぎる。何か目的があるはずなんだ。町中で人を襲うより重要な目的が」
今出没している妖、土蜘蛛は人間社会を深く恨んでいるという。彼等が人を襲う以上に優先するものがあるとしたら……
「天御神楽学園は術者にとって聖地みたいな場所なんでしょ? それはつまり、妖達にとっては敵の本拠地だ。それだけで攻める理由は充分あるよっ!」
「うーん、なるほど。灯台モトクロスだっけ? 新入りのツキシロじゃなきゃー出ない発想かもな。学園が狙われるなんて、オレ達術者はまず考えねーから」
うう、なんか自信なくなってきた……ここに来て十日足らずの見習いの考えることなんて、その道のプロからすればやっぱり的外れなのかなぁ?
「でも、一理あるぜ。オレ達が考えてねーって事は、妖はその裏を突けるわけだ! どうやって攻めるのかはわからねーが、一応注意はしとくべきだろーな!」
そう言ってにっ、と白い歯をむき出しにして微笑む愛音さん。良かった、自信ちょっと戻ってきたよ!
「んで、これからどうする? オマエの言う通りなら、いつまでも土蜘蛛に構ってられないぜ?」
「いや、まだ襲われると確定したわけじゃないし、とりあえず作戦室に連絡を……って、しまった――――」
懐をまさぐりスマホを取り出そうとして、思い出す。そういえばさっきペナンガランに襲われた時に……
「どーしたんだ?」
「スマホ、落としちゃったんだよ! さっき!」
「え、ええー!? それじゃあどうやって連絡するんだよ? オレもノイもスマホ持ってねーぞ!」
そうなのだ。ぼくの任務は連絡手段を持たない二人のサポート。スマホ無しには成立しない仕事だったのだ……
「うーん、とりあえず愛音さんは下でスタッフさんに頼んで、作戦室に連絡してもらって!」
この危機がぼくの杞憂だったとしても、伝えておくに越したことはない。予想外の奇襲を受けるよりはずっと良いはずだ。
「わかった! それでオマエは?」
「ぼくは……このまま学園に戻るよ。何か起こるとしたら、今が絶好のタイミングなんだ。ぼくだけでも戻っておかなくちゃ」
「シロウトのオマエが一人で戻ってどーすんだよ。なんならオレとノイも一緒に――――」
愛音さんの気持ちは嬉しい。けれど、
「駄目だよ! 下ではまだスタッフのみんなが頑張ってるんだ。愛音さん達が抜けたら、誰が土蜘蛛を倒すの?」
サポートがない分、効率良くとはいかないだろうけど……それでも、愛音さん達は大事な戦力なのだ。ぼくのワガママで連れ出すわけにはいかない。
「うっ、確かに……じゃあソッコーで片付けて応援に行くから、それまで死ぬんじゃねーぞ!」
親指を立ててニヤリと笑う愛音さん。いや、さすがに死ぬは無いと思いたいけど……
「あとよ、オマエ……ファーストネームはなんつったっけ?」
「ふぁ、ファースト?」
「下の名前だよ! ツキシロなんとかの、なんとかの方!」
ああ、苗字と名前の……名前の方か。
「灯夜だよ。月代灯夜!」
「じゃあこれからは“トーヤ”って呼ぶぜ! オレ達はもうダチなんだからな!」
――――急に、目の奥が熱くなった。愛音さんにとって、それは何気ない一言だったに違いない。ちょっとガサツではあるけど、明るく元気の良い彼女はきっと……友達を作る時に悩んだり躊躇したりはしないのだろう。
けれど、ぼくにとって“友達”という言葉は重い。他人との関係をいつも気にしてしまうぼくが、軽々しく口にできない言葉。口に出して確認したら、今の関係をも壊してしまうかもしれない……そんな、危うい言葉なのに。
「あ、ありがとう、愛音さん……」
それだけ言うのが、精一杯。これ以上何か喋ったら、涙が溢れてしまいそうだったから。
「オイオイ、ダチにさん付けはねーだろ? オマエもオレの事は“アイネ”って呼べよな!」
「うん……」
『ノイの事もノイって呼ぶんだよ。アイネとだけ友達になるのはずるいんだよ』
耳元でノイさんの声。風の糸電話を通して、ぼく達の会話が聞こえたのだろう。二人とも、知り合ったばかりなのに……まだぼくの事、よく知らないはずなのに。
「……うん、うん!」
それでも、認めてくれた。ぼくを信じて、友達になってくれた。嬉しすぎて、心がフワフワと飛んでいきそうになる。
「じゃあオレは行くぜ。また後でな、トーヤ!」
「うん。また後で……愛音ちゃん!」
くるりと反転し、降下していく彼女。さあ、ぼくも行かなきゃ。何もなければそれでいいけど、何かあってからでは――――遅いのだから。
まっすぐ学園へ向けて、夜の空を駆ける。暗い稜線がみるみる近づき、学園と樹海との境界……そびえ立つ高い塀と、そこに据えられた趣きある正門が視界に入る。
ここはいくつかある通用門の中でも最も大きく、頑丈な鉄の扉で閉ざされている。門の前は複数のライトで照らされ、その脇には守衛さん達の詰所があるけど……見たところ特に異常はないようだ。
『サスガに正門をどうどうとは攻めてこないんじゃないノ?』
「そうだね……陽動作戦を仕掛けるくらいだし、やるなら少数精鋭でこっそり忍び込んでくる確率が高いかな?」
ぼくは上空から学園内を見渡した……とはいえもうすっかり夜だ。ただでさえ広大な敷地内をすべて見通せるわけじゃない。
見える範囲では、今のところそれっぽい騒ぎは起きていないようだけど……
「とりあえず、他の通用門も見てみよう。その後は出かけているみんなが帰ってくるまで外周をパトロールだねっ」
『オッケー! でも、ホントに何もなかったらとーや、あのオネーチャンに怒られるかもヨ?』
う、確かに。今のぼく達は与えられた仕事をほっぽり出してここに居るのだ。後で大目玉をくらってもしょうがない。
「まあ、その時は仕方ないけど……でも、胸騒ぎがするんだ。ホントにぼくの気のせいなら、考えすぎならいいんだけど……」
学園内をショートカットして、次の通用門へ向かう。なにせ天御神楽の敷地は限りなく広い。隣の門までだって十数キロもあるのだ。
『アレ? とーや、あそこ見て!』
しるふが示した方向……それは森の中を通る一本道だ。学園の主な施設からは遠く離れていて、外灯もまばらな道。
そこを、人が歩いていた。帽子とコートに身を包んだ、背の高い人だ。
「なんだ、人じゃないか……しるふ、ぼく達が探しているのは妖だよ?」
『そうだケド、そうじゃなくてサー!』
もう一度そちらを見ると、人影はすでに消えていた。木々の影に隠れてしまったのか、視界内にもう動く者は居ない。
『アレ、男の人じゃないノ? このガクエンってたしか“ダンシキンセー”だったよね?』
「あっ!」
そうだ、この学園は男子禁制。男の人は確か駐車場と併設のサービスエリアあたりまでしか入れないはずじゃなかったか。
それが学園内の森を平然と
「たしか例外はぼくだけ……他に居るとしたら、侵入者!?」
急いで眼下の森に駆け降りる。道の前にも後ろにも、人の姿は無い。見失った?
「見間違いって事は、ないよね。ぼくもしるふも見てるんだから」
ぼくは静かに精神を集中し、周囲の空気の流れに意識を広げる。あまり広範囲には無理だけど、近くに人が居るなら空気の乱れでそれと分かるはず。
「こっちだ!」
木々が生い茂る森の奥へ、ぼくは走る。程なくしてたどり着いたのは、森の中にぽっかりと開けた空間。短い草で覆われたその広場の中心には、
そして――――その脇にたたずむ、コート姿の大柄な男性。一見ありふれた姿ではあるけれど、その身にまとった空気は……明らかに常人とは一線を
「やれやれ、こんなに早く嗅ぎ付けられるとはね。中々楽はさせて貰えないものだ」
深く、渋みが乗った声。つば広の帽子が落とす影に隠され、その表情はおろか顔つきさえよく分からない。
背筋に、冷たい汗が流れる。木々の隙間から漏れる月明かりの下、ぼくは確信していた。
自分が予想した最悪の展開が、今現実に起きているのだという事を……。
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