第34話 クイック・ドロウ

「オラッ! 何か見せてくれんじゃねーのか、えェ!?」


 間断なく放たれる、白く鋭い槍。つかず離れず距離を保ちながら時間差で襲い来るそれは、並の術者など一瞬で蜂の巣にしてしまう程に苛烈なものだ。

 雷華との霊装によって常人の域を超えたわたしの体術をもってさえ、既に避けるだけで精一杯。術を使うどころか、反撃の糸口すら掴めていない。


「くっ、なんて攻撃なの……雷華、あいつは何のあやかしか解る?」


『あの槍、生えてくる場所から考えて、おそらくは肋骨ろっこつかと。自らの骨を自在に操るのが奴の技……となれば』


 骨、骸骨、死霊の類い。その中でも、骨を使った攻撃に長けている妖。


「そう言えばあいつ、“我捨”とか呼ばれてたわね……安直に信じれば【がしゃ髑髏】って読めるけど」 


『それで間違いないでしょう。ただ、問題はあれが【憑依】を果たしているという事です』


 そう。【憑依】によって人間と同化した妖は、通常の妖とはもはや別物と言って良い。何より霊力の総量が桁違いなのだ。


『それだけではありません。先日のウンディーネのような憑依し立ての不完全体と異なり、魂まで妖と一体になっています。こうなってはもう人間と分離させて弱体化を図る事もできないでしょう。それは、つまり――――』


「憑かれた人間を救う手段も無い……まったく、気が滅入る話だわ」


 【憑依】を解除する方法は存在しない。目の前の男のように完全に同化している場合、もう諸共に封印するか、倒す以外に無いのだ。


「オラオラァ! このままだと死んじまうぜェ――――おっと!」


 猛攻を続けていた男……【がしゃ髑髏】の我捨が不意に攻撃を止め、後ろに飛び退いた。一瞬遅れて、天井から落下してきた梁がわたしの眼前に突き刺さる。


『お嬢様!』


「分かっているわ……」


 四方から響く、鉄骨が不気味に軋む音。先程から続く戦いの余波で、元々老朽化していたこの工場は崩壊寸前になっているのだ。恐らく……あと数分も持つまい。


「仕切り直しといこうか……丁度間合いも開いた事だし、早撃ち勝負クイック・ドロウってのはどうだァ? 西部劇でよくやるアレだ。ガキでもそんくらいは知ってんだろ?」


 首をぱきぽきと鳴らしながら、余裕の表情の我捨。確かに間合いは開いた。しかし、奴のスピードを持ってすればこんな距離、一瞬で詰められる。

 わたしが術を放つ前に、確実に仕留める自信があるのだ。


「いいわね。乗ってあげる」


『良いのですか!?』


「奴はこっちを舐めてるわ。術の詠唱はできても、それを照準して当てるまでは無理……そう思ってるのよ」


 だが、四方院にはある。この状況でも……いや、このような状況でこそ有効な術が。


「へへ……俺はいつでもいいぜェ?」


 未だポケットに手を入れたまま、前屈みに構える我捨。工場内の空気がぴりぴりと張り詰めていく。


 不意に音もなく、天窓の一枚が剝がれた。その埃で曇ったガラス板はまっすぐ真下に――――わたしと奴の間に落ち、がしゃんと音を立てて砕け散る。


 それが、合図となった。


「四方院の名にいて!」


「ひゃはァー! 行くぜ行くぜ行くぜェー!!」


 弾かれたように、正面から突っ込んで来る我捨。そしてその姿はわたしの目の前で突如掻き消えた。右か、左か、それとも上か?


 わたしは静かに目を閉じる。どこから来ようと関係ない。何故ならこの術は……


疾走はしれ、“若雷”わかみかずち!」


 それは――――閃光。わたしの全身から放たれたまばゆいばかりの光が、工場内の暗闇を瞬時にき尽くす!


 閃光特化雷術……若雷。その効果は初歩の雷術である紫電の延長線上にある。威力そのものは紫電と大差ないが、その効果範囲は数十倍。発する閃光は軍用の閃光手榴弾フラッシュグレネードにも匹敵する光量を誇り、無対策の者の視力を容赦なく奪う。


 昼間であってさえ充分な威力のそれを、あの闇の中直近で浴びたらどうなるか……もはや自明の理だ。


「うおッ!?」


 驚きの叫びが上がったのは背後から。目を開けると同時に、わたしは声の方向へと蹴りを放つ。つま先が肉にめり込む感触と共に、くの字に折れ曲がって吹っ飛ぶ我捨の姿が見えた。


『お嬢様、今です!』


「ええ! 獣身通・虎鶫トラツグミ!」


 背中から生えた黒翼を大きく羽ばたかせ、わたしは飛んだ。そのまま天窓を突き破り、工場の上まで一気に駆け抜ける。初春の冷たい空気が、今は心地良い。


 眼下の工場を見ると、方々から火の手が上がっている。若雷が積もった埃に引火したのだろう。


「この工場の持ち主には気の毒だけど、この機を逃すわけにはいかないわ」


 あの我捨が視力を取り戻すまで、あと十数秒といったところか。それだけあれば……


「四方院の名に於いて! 降臨くだれ、“拆雷”さくみかづち!」


 夜天より下りし雷霆らいていが、工場目掛けて矢のように突き刺さる。轟音と共に屋根に大穴が穿うがたれ、次の瞬間、工場全体が内側から弾けるように爆発した。


「ふふ……さあ、思う存分味わいなさい。これが四方院の巫女の、真の恐ろしさよ!」


 燃え上がる壁の破片をまき散らしながら、がらがらと鉄骨が崩れていく。さっきまで工場のあったそこには、もはや瓦礫の山が残るのみだ。


『お嬢様……』


「なに? やり過ぎだって言いたいの? あの化け物を倒すにはこのくらいは必要でしょう」


 直撃でこそないが、全力の拆雷に加え降り注ぐ瓦礫や鉄骨を浴びせられては、さしもの【がしゃ髑髏】とて無事では済むまい。


 破片で目茶目茶に荒れ果てた敷地に降り立ち、虎鶫を解除する。そして、わたしは未だぶすぶすとくすぶる工場跡地に足を踏み入れた。


『仕方がなかったとはいえ、これでは生死を確認するのも一苦労です。私達には他の現場の応援という仕事も残っているというのに……』


「とりあえず適当に掘り返してみましょう。獣身通を使えばそう時間もかからない筈――――」


 次の瞬間、わたしは咄嗟にその場を飛び退いた。足元から伝わったわずかな振動。次いで起こった……衝撃!


「……へへ、気配は完全に消してたのになァ」


 散乱した瓦礫の山――――ついさっきまでわたしが立っていた場所から突き出していたのは、腕。人間のそれの数倍はあろうかという、巨大な白骨の腕だった。

 それが更にもう一本現れ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。一対となった手のひらが地面を掴むと、それを支えにして本体……【がしゃ髑髏】の我捨がその姿を現した。


 先程までと変わらず、両手をポケットに隠した不敵なる男。埃や煤で薄汚れてはいるものの、大きなダメージを受けている様子は無い。

 更に両肩から禍々しい二本の骨腕を生やし、身にまとった妖気も大きく増している。


『どうやら、まだ実力を隠していたようですね……拆雷が落ちる前に、あの腕で床を掘って逃れたのでしょう』


「ちっ、簡単すぎるとは思ったのよ。せめて傷のひとつくらい、負ってくれてもいいでしょうに……」


 これで、状況は振り出しに戻った。いや、むしろ追い込まれているのはこちらの方だ。


「それにしてもよォー、建物ごと焼き払おうなんざ、いいセンスしてるじゃあーねえか。周囲の被害やら何やらを気にして大技をケチるザコ術者たァ大違いだ。遊びのつもりだったが……少しはマジでやらねェとなァー!」


 伝承における【がしゃ髑髏】は、巨大な骸骨の姿で描かれる事が多い。あの骨腕がその一部だとするならば、奴はまだ……真の姿と能力を隠している事になる。


『どうなさります、お嬢様』


 雷華の問いかけに、わたしは即答できなかった。このクラスの妖と対峙した場合、マニュアルで示されている対処法は「応援を呼ぶ」事だ。

 だが、妖対応スタッフのほとんどが出払っている現在、とてもじゃないが応援など期待できない。


 そうなると次の選択肢は「戦術的撤退」となるが……これは論外だ。ここまでの戦闘力を持った妖を野放しにすれば、それこそどれだけの被害が出るかわからない。


「やるしか……ないわね。もう他の応援とか言ってる場合じゃないわ。奴は今、この場で倒しておかなきゃいけない敵よ」


 もしこの場で奴を打ち漏らせば、次に戦う相手はわたしとは限らない。正式な術者である愛音ならまだしも、素人同然の灯夜が、こいつと出遭ってしまったとしたら。


「切るわよ雷華。わたし達の……切り札を!」


『奴を逃さず倒すには、それしかありませんね。幸いこの辺りは民家もありませんし』


 虎鶫で空から攻めれば、確かに有利には戦えるだろう。だがそれは奴に不利を悟らせ、逃走という道を選ばせるかもしれない……それでは駄目なのだ。 


「さあ、第二ラウンドだ。今度はこっちから……行くぜェ!」


 瓦礫を踏み砕き、我捨が跳躍する。天空の月が放つ柔らかな光をさえぎり、巨腕を振りかざした邪影かげがわたしに迫る。


「雷華っ! 妖術……【黒ノ呪獄】!!」


『了!』




 ――――その瞬間、すべてが暗黒に飲み込まれた。

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