第32話 魔法少女は思索する

『よーし、コイツで三匹目だ!』


『こっちは四匹目と接触したよ。アイネ、負けたほうがスイーツおごるって話、忘れてないよね?』


 ぼくの耳元で繰り返される、陽気なやり取り。作戦室の蒼衣お姉ちゃんからの情報を基に、愛音さんとノイさんは土蜘蛛が下水道から現われるところを次々と撃退していた。


『ああクッソ! なんでノイばっか近場引くんだよっ!』


『日頃の行い、だよ。アイネは空飛んでるんだから、そのくらいのハンデはどうって事ないよね』


 現在、土蜘蛛の出現予想ポイント――――マンホールや、河川に面した側孔など――――には増員された現地のスタッフさん達が張り付き、あやかしの動きを封じるための罠を仕掛けている。

 もっとも、ありあわせの呪符などで作った罠ではそう長い時間捕えておけないので、妖を倒せる術者……愛音さん達が急行し、無力化しているのだ。


 相手が土蜘蛛と特定された事で変身する必要はないと判断し、二人は今別行動を取っている。ぼくは上空から風の糸電話を使って随時作戦室からの情報を伝えつつ、必要とあればいつでも援護に行けるよう、状況を俯瞰しているところだ。


『ツキシロ、次だ! 次のターゲットはどこだっ!?』


 例によって、二人は携帯の類を持っていない。手続きの関係で仕事用のスマホが間に合わなかったのだ。

 来日して間もなく、私用のスマホの設定も済んでいなかった二人と綿密に連絡を取るには、ぼくが情報を中継するのが最善だというのが、蒼衣お姉ちゃんの判断だ。


「そこから北にまっすぐ、大通りを越えて左側にある川! スタッフさんが足止めしてるよっ!」


『よっしゃあ!』


 本当なら、ぼく自身も土蜘蛛退治に加わるべきなのだろう。現地のスタッフさんの中にはひとりで妖を倒せる程の強い術者はいない。素人とはいえ魔法少女の力を持っているぼくは、妖と真正面からやり合える貴重な戦力なのだから。


「灯夜は援護に徹すること! 妖と直接ぶつかるのはアイネちゃん達に任せなさい」


 作戦室を出るとき、蒼衣お姉ちゃんはぼくにこう念を押した。昨日も一昨日も……ぼくが妖と戦ったのは、それがやむを得ない状況だったからだ。

 今日はベテランの愛音さん達も居るし、本来の立ち位置……術者見習いとして、まずは現場経験を積めという事だろう。


 確かに大勢の人が働いている中、ぼくのような素人はかえって足を引っ張るかもしれない。またお姉ちゃん的には、ぼくに危ない仕事を回すのには抵抗があるんじゃないかとも思う。


 けれど、見ているだけというのは……やっぱり何かもやもやする。静流ちゃんに大きな事を言って出てきた手前、率先して役に立ちたい気持ちがどうにも抑えられない。


『とーや、レンラクもリッパなお仕事だヨ。今夜はこのまま、何事もなく終わりでイイじゃない』


「うん……」


 しるふが言う通り、スマホの画面には先程から鎮圧完了を示す緑の光点が増えていた。それに比例して新しい事件の発生も減り、事態は収束に向かって動いているように見える。


 でも、何かが引っかかる。ここまで大規模な事件だというのに、未だ一人の犠牲者も出ていない。通行人が蜘蛛の巣に引っ掛かったり、土蜘蛛を足止めする際にスタッフさんが軽傷を負ったくらいだ。


 事件の解決にあたった人々の努力の結果、と言えるかもしれない。けれど、それなら妖は一体何のためにこの事件を起こしたのか?


 広範囲に展開することで、こちらの戦力を出し尽くさせる作戦だとしたら、ある程度までは成功だ。

 けれど、妖を倒せる者こそ少ないものの、対応に動いている人の数は妖のそれをはるかに上回る。一人ではどうしようもない妖相手でも、数が集まれば足止めしたり、捕えたりができるのだ。


 ――――妖は、数で人間に敵わない。土蜘蛛のような古株の妖が、それを知らないとでもいうのか? こんな作戦では何の成果も得られないばかりか、無駄に犠牲が増えるだけじゃないか。


 スマホの画面は、ただ淡々と情報を映し出すだけだ。この画面は作戦室のそれと同期している。蒼衣お姉ちゃんやメイドさん達も、これと同じ画面を見て思案に暮れているに違いない。


「だったら、ぼくは――――」


 顔を上げ、改めて周囲を見渡す。すでに太陽は地平線の彼方に沈み、天には静かな輝きを湛えた月。眼下に広がるのは人口密集地の賑やかに群れた光と、郊外の住宅地のまばらな灯り。

 この光景は、今ぼくだけが見ているものだ。なら、作戦室のお姉ちゃん達が気付いていない手掛かりが、そこにあるかもしれない。


「うーん、この辺りは来たこともないし、何が変わったとか分からないよね……」


 一見して、それは普通の夜景。実はそこいら中に妖が出没しているなんて、言われなけりゃ分からないくらいに普通だ。


『っていうか、とーやはずっとガクエンにカンズメだったしね』


 その通り。よく考えてみたら学園外に出たのって妖が出た時だけじゃん……今もそうだし。


 空中でくるりと振り返り、ぼく達が元来た方を眺め見る。ただでさえ距離がある上、すっかり暗くなってしまった今では学園の様子は伺い知れない。夜にライトアップされる類の施設もないので、普通に周囲の樹海に紛れてしまっているのだろう。


「そういえば、ずいぶん遠くまで来ちゃったんだなぁ」


 土蜘蛛が最初に現れた地点は、わりと学園付近だった。それもあって、東京にある対策本部から応援要請が来たんだっけ。そこから土蜘蛛は巣を張っては逃走を繰り返し、気がつけば学園から遠く、かなりの広範囲へと広がっていたのだ。


 ――――なんだろう、やっぱり何か引っかかる。もうすぐ片が付くだろう今夜の事件。犠牲を恐れずに続けられた、壮大な嫌がらせ行為。なぜ土蜘蛛は、こんなリスクの高いことを行ったのか?


 もしかしたら……ぼく達がまだ知らない、妖にとっての勝利条件があるんじゃないのか?

 妖なら、人を襲って霊力を奪うのが普通だ。それをしないということは、それ以上に重要な何かのために動いていると見るべきだ。


 今夜の一件で彼等が与えた被害。それはわずかな怪我人を除けば、大幅増員によって生じた人的、物的コストの打撃と、あとは各地に残された蜘蛛の巣を撤去するための――――


「――――それだ!」


 突然、天啓のように閃いた仮説。それを用いれば、今まで起こった事すべてに説明がつく。


「いや、でも……これじゃあまだだ」


 けれど、この仮説を証明するためには、まだ不確定な要素がある。それを暴き出すには……ここに居ては、駄目だ。

 ぼくは再びスマホに目を落とし、作戦室直通のアドレスを開く――――


『とっ、とーや! 前っっ!!』


「え?」


 言われて面を上げたぼくの前には、女の人の顔があった。


「え……!?」


 長い黒髪を振り乱した、おそらく東南アジア系の女性。顔立ち自体は普通で、特別なところは無い。

 問題があるのは、その下。彼女の首から下には胴体の代わりに、本来胴体に収まっているはずの内蔵が――――大きな胃とそれに連なる曲がりくねった腸が、燐光を放ちながらぶら下がっていたのだ!


「――――っっうわぁあぁぁぁぁぁ!!」


 ぼくの悲鳴に合わせて、その首の口から身の毛もよだつ絶叫が発せられる。何コレ、怖いっ! もしかして、これも妖なの!?


 がばっと大きく開かれた女性の口。そこに並んだ鋭利な牙を見て、ぼくは反射的に後ろに飛んだ。案の定、一瞬前ぼくの首があった場所を、妖のあぎとが通り過ぎていく。

 

「ふう、危なかっ……あっ!」


 かわしたと思った、その刹那。妖の腸がうねりながら、ぼくの右手を打つ。


 一瞬の衝撃。ダメージこそないものの、その一撃はぼくの手からスマホを弾き飛ばしていた。


「し、しまった! これじゃあ作戦室との連絡が――――」


『また来るよっ! とーや!』


 黒髪と内蔵を振り回しながら、こちらに突っ込んでくる妖。羽もないのに、いったいどういった理屈で空を飛んでいるのだろう?


 恐怖と疑問を押し殺し、防御のための風を大急ぎで集め始めた……その時。


「サイクロンひき逃げアターック!!」


 唐突に割り込んで来た影が、交通事故のごとく妖をはるか彼方へと吹き飛ばす。


「……あ、愛音さん!?」


「いょぅ!」


 行き過ぎた分器用にバックしながら戻ってくるのは……箒にまたがった愛音さんだ。


「なんかすっげー悲鳴が聞こえたんで来てみたら……珍しいヤツに襲われてたんでな。思わずいちまったぜ」


 屈託のない笑顔でしれっと語る愛音さん……妖が相手とはいえ、思わずで轢殺れきさつしてしまうのはどうかと……


「ん、もしかしてあの妖の心配でもしてんのか? アレはペナンガラン。マレーシアの妖だけど、大方そこらの【門】から迷い出たんだろ。内蔵むき出しで見た目はホラーだが……見た目通りに打たれ弱いヤツだぜ!」


 そう言った後で、あっ! と妖が吹っ飛んだ方向を眺めて……申し訳なさそうな顔をぼくに向ける彼女。


「悪い、あれは死んだかもしれねぇ……」


「えぇ…………でも、今のはしょうがないよ。愛音さんに助けてもらわなきゃ、ぼくも危なかったわけだし」


 それより、今は重要なことがある。


「聞いて愛音さん。まだ自信はないけど……ぼく、妖たちの目的が分かったかもしれないんだ!」

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