第26話 こちら警視庁、特殊事案対策室第一分室!

 エレベーターを降り、コンクリート打ちっ放しの通路をまっすぐ進むと、そこが“情報作戦室”。天御神楽学園に置かれた警視庁特殊事案対策室第一分室の、まさに心臓部だ。


 透明アクリルの窓の向こうでは、何人ものメイドさんがパソコンの画面に向かっている姿が見える。


「うおー結構金かかってんなー! 前来た時より豪華になってるぞコレ」


「愛音さんは昔来た事あるんだっけ」


「アタシは好きじゃないナー。地面の下ってなんか元気が出ないんだよネ……」


 ぼく達――――ぼくと愛音さん、ノイさん、そして空飛ぶ箒での移動中につかまえたしるふ――――は、四方院家の別荘の地下にある、妖対策支部を訪れていた。




 帰りに支部に寄っていこう。そう言い出したのは愛音さんだ。そこの練習場、かつてぼくが樹希ちゃんにボコボコに……いや、熱の入った指導を受けた場所で、直々に稽古をつけてくれるという。


 ぼくとしては何よりもまず静流ちゃんの誤解を解くのが先決なのだけど、強くなると言った手前断るわけにもいかず。

 とりあえず了承して、その前にちょっと用事があるから……と言おうとした時には、すでに股の下に箒が差し込まれていたのだ。


「行くぜ行くぜ! ひゃっはー!!」


 愛音さんのお嬢様らしからぬ叫びと共にぼく達を乗せた箒は校舎を飛び出し、重量オーバーのせいか空中を右往左往しながらも、なんとか別荘まで無事にたどり着くことができた。


 ……まあ、最後で着地に失敗したから無事とは言えないかもしれない。怪我こそしなかったものの、ぼくの背中は落下の衝撃でまだしびれているし、地面を転がった末に立木に衝突した愛音さんの身体のそこかしこには、払い落とし切れなかった芝生の短い草が残っていたりする。


「よーし、一応アイサツしていくかー」


「一応も何も、練習場を使うなら許可が要るんだよ。ここのボスにまず話をつけないと」


 そう言うノイさんだけは何のダメージも受けてはいない。墜落の瞬間、しなやかな身のこなしで十点満点の着地を遂げたのだ。


「ちぃーす! シツレイしま~す」


 これまた透明アクリルのドアを開けながら、何とも軽い挨拶をする愛音さん。今にして思えば、彼女の言動からはお嬢様だとか留学生といった要素が微塵も感じられない。くだけた感じの日本語を普通にペラペラ話しているせいで、まったく外国人っぽくないのだ。


「お、いいところに来た! ようこそ、アイネちゃんにノイちゃん!」


「あれ、アンタ確か……」


 奥のデスクから立ち上がりぼく達を出迎えたのは、ぴっちりとした黒いスーツ姿の蒼衣お姉ちゃんだ。


「センセー!? 担任じゃ無いほうのセンセーじゃねーか!」


「副担任だよ。アイネ……」


「そう! ある時は副担任、またある時は可愛い灯夜のお姉ちゃん。そしてここでは室長の月代蒼衣巡査よ!」


 腰に手を当ててドヤ顔の蒼衣巡査……本来なら正規の警察官が室長を務めるはずだったのだけれど、慢性的な人手不足に加え天御神楽学園の男子禁制のルールもあって人事がとどこおり、何がどうしてか複雑な経緯をたどってお姉ちゃんにお鉢が回ってきたという話だ。「若い頃のコネで」と彼女は言っていたけれど……正直、今でも信じられない。


「まーいろいろあって、あーしがこの分室を仕切らせてもらってるのよ。というわけで、よろしくね二人とも」


 でもこうして対あやかしの最前線に立っている彼女には、家で飲んだくれていた時の面影はない。難しい仕事をしっかりとこなす、頼れる指揮官なのだ。  


「おう、ヨロシクな! そんでさ、ちょっくら練習場を借りたいんだけど……」


「残念だけど、それがそうも言ってられない状況なのよね~」


 ――――何だか、嫌な予感がする。ここ最近、妖絡みの事件が急増してこの作戦室はフル稼働状態なのだ。平時ならここで待機しているはずの樹希ちゃんの姿もすでに無いし。

 昨日、一昨日おとといに続いて、今日もまた出撃する羽目になるのだろうか?


「倉橋ちゃん、床に出してくれる?」


「わかりました」


 お姉ちゃんが眼鏡のメイドさんに何やら指示すると、作戦室中央の黒いガラス状の床――――ぼく達が今、立っている場所――――がぼんやりとした光を放ち、緑色の線で描かれた地図を映し出す。


「うおっ何だコレ! スゲエェーー!」


「ふふん。去年から導入されたこの作戦室自慢の床モニターよ! びっくりしたでしょ?」


 ぼくも初めて見た時は仰天したものだ。まるでアニメに出てくる基地の指令室や、宇宙船のブリッジみたいですごくカッコイイ。


「これが、関東地方の現在の【門】発生状況です」


 このお姉ちゃんより少し若い、眼鏡の似合うメイドさんは倉橋さんといって、この作戦室、ひいては四方院家全体のIT関係を統括しているすごい人だ。

 彼女が手元のキーボードを叩くと、この学園を含む関東地方の地図の上に、大小の黄色い光点が浮かび上がる。この点ひとつひとつが今発生している【門】であり、その大きさが規模の大小を表しているのだ。


「これは……なんか多くね?」


「すごく多いんだよ」


「何コレ……コレ全部【門】ナノ?」


 地図に表示された光点の量は……昨日までに比べて明らかに多い、というかほぼ倍増していた。


「ちょ、一体何が起こってるの!?」


「いやー最近多いなーとは思ってたんだけど……ここに来て一気に来ちゃったみたいで」


 昨日までの量でも対応はギリギリだったのに、これでは完全にキャパシティーをオーバーしている。お姉ちゃんの笑顔も、さすがに憔悴しょうすいの色を隠し切れない。


「小さい所は本部の人員とフリーの術者さんでどうにかなるけど、でかいのはウチの担当になるからね。現場にはイツキに行ってもらってるけど……ひとりじゃちょっと捌ききれそうにないんだよ」


 そう。対妖に秀でた魔法少女――――正式には霊装術者というらしい――――は関東ではここ、天御神楽学園にしか居ない。妖と契約して霊装を使える者、その大部分は十代の少女だからだ。そして、それこそがこの学園に妖対策支部が置かれている理由のひとつでもある。


 ……しかし、今は高等部にいる霊装術者がこぞって謹慎処分を受けていて、動ける術者は樹希ちゃんと……見習いのぼくだけだったのだ。


「フッ、それでこのオレ様の出番ってわけだな!」


 まるで水を得た魚のごとく、親指を立てて不敵に笑う愛音さん。まるでこの非常事態を楽しんでいるかのようだ。


「でも、ノイ達はまだこっちで働く免許が無いんだよ。今朝申請したばっかりだから……」


「それなら問題無いわ! あーしの権限で特例通すから。ま、事後承諾になるけど……四の五の言っていられる状況じゃないしね」


 よっしゃ! とガッツポーズを取る愛音さん。彼女はイギリスで幾度も実戦を経験した現役の術者だ。少なくとも、ぼくよりはずっと役に立つだろう。


 ――――けれど。


「お姉ちゃん、ぼくも行くよ! 門の見張りくらいなら、ぼくだって……」


 こんな時なのだ。ぼくだって、少しはみんなの役に立ちたい。いつまでも未熟を言い訳にはしていられないんだ。


「うーん、せっかくアイネちゃん達が来てくれたんだし、灯夜はできれば温存しておきたいんだけどなぁ……」


 いまいち煮え切らない態度の蒼衣お姉ちゃん。うう、やっぱりぼくは戦力として重要視されてないのかな……思えば何度も妖と対峙したとは言え、直接倒した事は一度もないわけだし。


「――――! 月代巡査、これを」


 倉橋さんが再びキーボードを操作すると、床モニターに表示されていた地図が学園を中心にズームアップされた。そこにはさっきまでの黄色い光点に加え、いくつもの赤いそれが追加されている。


「これって……」


「ここ十分以内に報告された、妖関連と思われる事件の発生現場です。詳しい情報はまだ入っていませんが、類似した報告が複数。被害が拡大しているものとと思われます」


 あちゃ~、と頭を抱えるお姉ちゃん。どうやらいよいよ、状況は最悪に近づいたようだ。


「本部から支援要請が来ています。どうしますか」


「どうもこうも……行くしかないでしょ! 諜報部隊を現地に送って! 本部からの報告を待ってはいられないわ。あと、イツキに連絡して直接現地に向かうようにって。それとヘリの準備も!」


 それでも一瞬で立ち直り、きびきびと指示を出す。流石は分室を任せられるだけのことはある。ぼくのお姉ちゃんは、思っていたよりずっと立派な人物だったようだ。


「灯夜、あなたにも行ってもらうことになりそうだわ。覚悟は……って、聞くまでもないか」


 ぼくの決意の表情を見て嬉しいような困ったような、複雑な微笑みを浮かべるお姉ちゃん。


「頼むわよ、あんた達! 特殊事案対策室第一分室、霊装術者出撃っ!」

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