第25話 綾乃浦静流は憤る
「よーし行くぜ! しっかりつかまっていろよな!」
「ええっ! いや、ちょっと待ってよ!?」
「三人乗りはちょっと無茶だと思うよ……」
私がその光景に驚き、注意しようとしたまさにその刹那。
「行くぜ行くぜ! ひゃっはー!!」
チンピラじみた叫びと共に、あの愛音とかいう子とその身内の子、そして月代君の三人を乗せた箒がロケットスタートのように猛加速した。一瞬で窓枠をくぐり抜け、空の彼方へと消えていく箒。
「……何だっていうのよ、一体!」
開け放たれた窓から射す、穏やかに晴れた午後の陽射しを受けながら。私、綾乃浦静流の内心は荒れ狂っていた。
あれは、小学校の卒業式があった日の翌日の夜。私のスマホに始めて、月代君からのメールが届いたのだ。
内容といえば、自分もスマホを買ってもらったとか、春休みは忙しくなるとかいう、まるで業務連絡のようなものだったけれど……それでも、引っ込み思案な彼が自分から送ってきたメール。直接会う機会が少なくなっても、ふたりの絆は変わらないという証だ。
結局、春休みの間にそれ以上の連絡はなかったけれど、私は心配していなかった。あの夜の湖で、私たちはまるで映画のようにドラマチックに、互いの想いを確かめあったのだから。
それに彼自身、事前にわざわざ「忙しくなる」と言ってきたのだ。ならばここは、彼を信じて待つのが正しいはず。入学式が済んだあたりで連絡がなかったら、こちらからメールしてみよう……
そう思った矢先に、私と彼は出会ったのだ。他ならぬ、天御神楽学園中等部の校門で!
制服姿の月代君は、今思い出しても惚れ惚れするほどに綺麗だった。私を含め、登校してくるお嬢様たちすべてが霞んでしまうくらいに……
いや、それはさておいて。問題は、なぜ彼が……「男子」である月代君が「女子校」である天御神楽の制服を着ていたのか。
その答えはすぐに明かされた。彼、月代灯夜は「女子」としてこの学園に入学していたのだ!
「綾乃浦さんだっけ、ゴメンね……本当なら事前にちゃんと話しておかなきゃだったのに」
あの時、月代君を問い詰める私の邪魔をした教師。彼女は月代蒼衣と名乗った。何でも自分は月代君の
人気のない校舎の影で、私は愛想笑いを浮かべた彼女をじっと睨み付ける。
「叔母ですって? 本当なんですか、それ。先生、彼と少しも似てないですよね?」
「まあ、似てないのは認めるけどね。あれくらい美形だったら、とっととイイ男捕まえて結婚してるよ……って、そんな事を話したいわけじゃないの!」
自分で自分に突っ込む彼女。私がイメージしていた由緒あるお嬢様学園の教師とは、ずいぶんとかけ離れている。
「あなたにお願いするわ。灯夜の事は、黙っていて欲しいの」
「……それって、どういう意味ですか? そもそもどうして、彼がこの学園にいるんです?」
「まあ、いろいろあってね。でも、理由の半分はあなたと同じよ。
――――妖。例の事件の後、病院で意識を取り戻した私が聞かされたのは、今までおとぎ話の中だけの存在だった妖怪、魑魅魍魎の類が実在しているという、にわかには信じがたい事実だった。
確かにあの時体験した怪異を説明するには、そういったものの存在を認めるしか無い。月代君の活躍によって救い出されたとはいえ、私の身体にはその後遺症が残ってしまった。
自分ではまったく自覚症状がないけれど、私は妖に襲われやすい体質になったのだという。
本来ならば、そうなる前に学園で保護下に置かれる手筈だったらしいけれど……何でも年度の切り替わりの関係で、私の場合小学校の卒業を待つかたちになったのが災いしたという。
その話を聞いた時、当然疑問に思ったのは月代君のことだ。妖に囚われた私を助け出した、あの力。彼と共にいた巫女らしい少女もそうだけど、彼等の力もまた人間離れしたものだった。常識ではあり得ない力を振るう妖と対等に戦う力。それもまた、人外の力ではないのか。
病院で話をしてくれた、天御神楽学園の職員という人は……それについて何も語らなかった。ただこの件、妖に関わる事については他言無用だと念を押しただけ。
今にして思えば、私と同じく妖に関わってしまった彼もまた、学園の保護下に置かれる運命にあったのだ。そう、そこまでは分かる。そこまでは論理的に間違っていない。
――――しかし。
「なら一体どうして、彼は女装しているんですかっ!」
おかしいのは、まさにその一点。妖怪うんぬんの話はともかく、それがどうして女装して女子校に通うなんてトンデモ話になるのだ!
「いやー、その……やむにやまれぬ事情があってねぇ」
自称いとこの先生はいかにも困ったというような顔のまま、ぽりぽりと頭を掻きながら、
「とにかく、あの子の正体については何も言わないであげてよ。あなた、この前の事件で灯夜に助けられたのよね? だったら、その恩返しのつもりで、ね?」
私の目の前で屈みこみ、両手を合わせて懇願する先生の態度に押されてその場は了承したのだけれど。
「こんなことになるんだったら、もっとキツく問い詰めておくんだった……」
月代君がただこの学園に通うだけなら、それは私にとってむしろ喜ばしい事だ。卒業寸前でようやく仲直りできた彼と、また同じクラスになれるなんて。本当にそれだけなら、思わず躍り出したくなるくらい嬉しい。
けれど、案の定というか……事はそんなに単純ではなかった。
あの時、自分の身をかえりみず私を助けに来た月代君。それ自体は今までの人生で最高に嬉しい出来事だけれど、こんな危険を彼に強いたのは、私の人生最大の不覚だとも思っている。
なのに、それだけでは終わらなかった。おそらく私の知らない所で、彼は今も危険を冒し続けている。
あの愛音とかいう子もその連れも、例の巫女と同じ「あちら側」の人間なのだろう。優しくて人の頼み事を断れない月代君の性格に付け込んで、いいように利用しているに違いない。
「そんなの……許せない!」
月代君のことだ。状況に流されて嫌だとも言い出せず、「人助けはいい事だ」くらいの気持ちで妖怪退治に付き合わされているに決まってる。冗談じゃない。どうして彼が、よりにもよってあの彼がこんな目にあわされるのか。私を助けた後もまだ危ない橋を渡り続けているのか。私以外の人のために、我が身を犠牲に捧げなければならないのか――――
放課後、その事を問い詰めようと寮の前で彼を待っていたけれど、夕食の時間を過ぎても彼は戻らなかった。
ならばと思い朝も早くからずっと校舎の前で彼が来るのを待っていたら、よりにもよって他の女子と仲良く登校してくる始末!
おかげで今朝はうっかり遅刻するところだった……彼が他の子ときゃっきゃうふふしている前を通り抜けるなんて、そんな空気の読めない行為は私のプライドが許さなかったのだ。
そして今、私の足は、職員室へと向かっていた。前に通っていた小学校と違い、天御神楽の中等部は校舎が二箇所に分かれている。当然その双方に職員室があるわけだけど、主だった機能は生徒数が多い新校舎に集約されていて、旧校舎の職員室はどちらかと言えば待機所に近い。
わりと距離のある新校舎との間を授業のたびに往復していては、教師の負担が大きすぎるために置かれた施設なのだろう。
それでも、旧校舎のクラスの担任ならばこちらをメインで使っているはず。私は入り口のドアをノックし、一呼吸置いてから……静かにそれを開く。
「失礼します」
職員室は、見るからに閑散とした印象だった。人が少ないのもそうだけど、無駄に広い室内に並べられたデスクも、その大半が使われた形跡の無いからっぽの状態のままだ。
それでも、私が求める人物はそこに居た。
「車折先生!」
臙脂色のジャージを身に着けた眼鏡の女性。担任の車折先生だ。
「む、綾乃浦か。どうした」
書類を書く手を止めて、こちらに向き直る先生。室内を見渡した限りでは、副担任の月代先生の姿は見当たらない。
――――好都合だわ。
「先生に、お
「聞こう。何だ?」
「この学園に、四方院さんという方が居るのをご存知ですか?」
四方院。正直なところ、その名前が何を意味する物なのかは分からない。例の事件の後……私が朦朧とする意識の中、ヘリで病院に運ばれる直前に見た制服姿の少女が、そう呼ばれていたというだけ。
そして退院後に、その制服が天御神楽の物だというのを知った。それはつまり、天御神楽の四方院という学生が、確実に事件に関わっているという事である。
と、なれば、今も彼女は月代君のそばに居るはずだ。
「……何故、そんな事を聞く?」
鋭いまなざしが私の眼を射抜く。さすがに、すんなりと教えてはくれないか。生徒の個人情報となれば、教師が慎重になるのも無理はない。
「実は私、以前その四方院さんに危うい所を助けて頂いた事があるんです。この学園の生徒だと聞いていたので、是非直接会ってお礼を申し上げたくて」
――――噓は、言っていない。抜き身の刃のような車折先生に、半端な噓は通用しないだろうから。真実のみを語りその意図する所を隠す。私が大人たちと渡り合う為に身に付けた交渉術のひとつだ。
「成程な。話は聞いている……お前もこの学園に来た以上、最早隠す意味も無いか」
先生から発せられていた張り詰めるような気配が消え、打って変わって穏やかな表情に変わる。どうやら、信じてもらえたようだ。
「直接お伺いしたいので、どこの寮にいらっしゃるのかを教えて頂けますか? 四方院さんに……」
四方院さんに、直接問いただすために。そして止めさせる。月代君を危険に巻き込むことを。彼を再び、平和な日常へと帰すのだ。
それが叶うのなら、私は……。
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