第24話 修羅場、再び!?

 いったい、どうしてこんな事になったのだろうか。


「よう。昨日は世話になったなぁ」


 ぼくの目の前にあるのは……お尻。横向きのスカートからは肉付きのよいふとももが生え、ひざ上丈のニーソックスと相まっていわゆる“絶対領域”をかもし出している。


「ど、どうも……」


 答えながら顔を上げると、視界に入るボリューミーな胸。今までぼくが見てきた中でも、かなりの――――同年代という括りを付ければ、間違いなくNO.1だ。


 そして……その上にあってぼくを見下ろしているのは、不敵な笑みを浮かべた赤毛の少女の顔。


「ツキシロ、とか言ったか。間近で見ればなるほど、けっこうな美少女じゃねーか」


 彼女の名は愛音・F・グリムウェル。イギリスからの留学生にして……-ぼくや樹希ちゃんと同じ、魔法少女。


 ホームルームが終わった、まさに直後。彼女はぼくの机の上にどっかりと腰をおろしていた。席を立つ暇も隙もなく、先手を取られたのだ。


「どうした? あン時の威勢はどーしたよ。えぇ?」


 頭の上から感じる、すさまじい圧力。獲物を睨むような視線が怖くて、目を合わせていられない。

 昨日言えなかった文句を言いに来た? それとも物理的な制裁を加えるつもりか!? いやいや、いくらぼくに恨みがあったとしても、いきなり教室でそんな事はしないはず…………だよね?


「アイネ、駄目だよ。ノイ達はインネン付けに来たんじゃないんだよ」


 そう言いながら隣に立ったのは、彼女のパートナーのノイさん。パートナーという事は当然、昨日のあの場にも一緒にいたわけだ。


「あー、そうだったな……えーと、おいツキシロ!」


「……はい」


 萎縮しきったぼくの返事を聞いた彼女は、何を思ったか唐突にぼくの背中をぱん、と叩いた。


「ひゃっ!」


「なんだよ、でかい声出せんじゃねーか。別に取って食おうってんじゃないんだ。フツーにしろよ、フツーに」


 隣の席から心配そうに見ている沢渡さんに、目で「大丈夫」と伝えながら……必死に考える。この状況を、どう切り抜ければいいのかを。

 小学生時代にも、同じようなことはあった。ぼくの見た目や態度、女子にウケが良いのが気に食わないと言って、クラスの男子に何度も絡まれたのだ。


 先生が見ていない隙を狙って、小突いたり、消しゴムを投げつけたり……ぼくが怪我をしたり、その他証拠になるものを残さないように、巧妙に続けられた嫌がらせ。

 転校したての頃は、委員長の静流ちゃんのおかげでそういった事は少なかったけど、彼女と別のクラスになった直後は特にひどかったなぁ……


「何を、しているのかしら……愛音グリムウェルさん」


 不意に投げかけられたのは、氷のように冷たく澄んだ声。


「何って、コイツと話してるだけだろ? そもそも誰だよテメー!」


 振り返った愛音さんの前につかつかと歩み寄るのは、全身に張りつめた冷気をまとった、長身の女の子。


「私は綾乃浦静流。月代く……さんの友人よ!」

  

「静流ちゃん!」


 見るに見かねて、助けに来てくれたのか! さっきは何か機嫌が悪そうだったけど、それでもこうして駆けつけてくれるなんて。流石は、完全無欠の委員長と呼ばれていただけのことはある……


「……月代さん・・


「え、はいっ!」


 けれど彼女がその冷ややかな視線を突き刺したのは、他ならぬぼく自身!?


「あなた、今日来たばかりの人とどうして普通に話してるの? 知り合いなの? 私の見てないところで、いったい何をやっているの!?」


 そ、そうきたか――――どうやらぼくがちゃんと説明する前に、彼女の疑惑は頂点に達していたようだ。

 まあ、そりゃそうだよね……小学校の友達が女装して現れた時点でアレなのに、会ったばかりの留学生と意味ありげな関係となれば、これはもうツッコまずにはいられないだろう。


「オイオイ、今はオレがコイツと話してるんだ。邪魔すんじゃねーよ!」


「話している、ですって?」


 横槍を入れられた愛音さんが文句を言うと、静流ちゃんはきっ、と彼女を睨み付ける。


「どう見ても、愛音さんが一方的に言いがかりをつけているようにしか見えなかったのだけど。第一、机の上に座るなんて、人と話をする時の態度ではないと思うわ」


 ガラの悪い留学生に対しても、物怖じする事のない静流ちゃん。この勇気の百分の一でもぼくにあれば、といつも思ってしまう。


「ったく、コレだからお嬢様ってヤツは困るぜ……」


 言いながらこれ見よがしに脚を組み替える愛音さん。そのスカートの隙間から覗くのは……ちょ、バッチリぱんつ見えてるんですけど! ヤバい! 注意した方がいいのコレ? いや、女子校だと割と見えても気にしないって話も……いやいや、そもそもぼくは男子じゃないかっ!

 なにか得をした気分になるのは確かだけど、こうも見せつけられては目のやり場に困るよ……


「とにかくだ、オレはコイツに、ツキシロに用があるんだよ。分かったら黙ってくんねーか?」


「あなたが月代さんに、何の用があるって言うの……いいえ、何があるにしても、私にも聞く権利があるわ。私は彼の……げふんげふん、彼女の友人なんだから!」


 静流ちゃんは一歩も退く気はなさそうだ。けれどそもそも、愛音さんの用ってなんなんだ? さっきノイさんが「インネンを付けに来たんじゃない」って言ってたけど、じゃあ何のために?


「ぐぬー、面倒くさいヤツだな……」


 自分で言った通り、心底面倒くさいといった表情の愛音さん。しかし、


「アイネの態度の悪さは謝るよ。けど、大事な用なんだよ……アイネ、ちゃんと言うんだよ」


「ちっ……しゃあねーな」


 ノイさんに促され、机からおりてぼくと向き合う。上から見下ろしながらも、落ち着かない様子で視線を行ったり来たりさせて……

 たっぷり数秒の間の後、彼女はいきなり腰から上を90度倒した。


「あー、ゴメン! 正直スマンかった!」


 ――――え!?


「昨日は……その、悪かったな。まさかシロウトとは思わなかったからよ……」


 謝っている。あの時、敵意むきだしでぼくに襲いかかってきた彼女が。


「アイネはわりと本気だったよ。大人気ないんだよ」


「コラ、余計な事言うな! とにかく、昨日の事はオレが悪かった。こっちにはこっちのやり方があるってのも理解したぜ。だからよ……これで恨みっこナシって事だ!」


 意外――――ぼくと戦っていた時の彼女からは、考えられない物分かりの良さだ。あの後、何かあったのだろうか? 樹希ちゃんに怒られたりでもしたのだろうか?


「けどよ、あんまりあやかしに甘すぎんのも考えものだぜ? 危険になんのはテメーの命だけじゃないんだからな」


 ぐいっと上体を起こしつつ、照れたような笑みを見せる愛音さん。その笑顔が、ぼくの張り詰めていた神経を緩めていく。

 彼女もまた、悪気があったわけじゃなかったんだ。ただ、不幸な行き違いがあっただけ。そう思うと、一方的に謝られるのも何だか申し訳ない気がする。


「……あの、愛音さん。ぼくもあの時はムキになって、意地張っちゃって……自分が正しいと思う事をするには、全然実力が足りないって分かったんだ」


 だからせめて、今の正直な気持ちを伝えたい。彼女との戦いを経て、ぼくなりに新たにした決意があるのだ。


「ぼく……強くなるよ。 頑張って、強くなるから。愛音さんが謝ってくれた事を、間違いにしないためにも!」


 そうだ。ぼくは強くならなきゃいけない……人々を守る術者として、当然それもある。けれど何より、ぼくという人間そのものを鍛え直したい。

 いざという時に迷うだけじゃない。行動を起こして、その責任を取れる人間になるたい……いや、なるんだ。


「フッ、そうだな……まだオレ様には及ばないとはいえ、オマエには結構な才能がある。なんなら弟子にしてやってもイイぞ!」


「調子の良いことばっか言うもんじゃないよ。アイネだってまだまだ駆け出しなんだから」


「ノイ! 余計な事言うなって言っただろー!」


 自然に、笑みがこぼれる。出会いこそ最悪だったけれど、話をしてみれば案外いい人じゃないか……まあ昨日は、そもそもロクに会話すらできなかったんだけど。


 この調子なら、仲良くやっていけるかもしれない。ぼくがほっと胸をなで下ろした時、


「ちょっと、何勝手に盛り上がっていい話みたいになってるのよ!」


 しまった、静流ちゃんの事を忘れていた! なんかさっき以上に冷たいオーラを発しながらこっちを睨んでるよっ!


「命が危険とか、強くならなきゃとか! 月代さん、あなたもしかしてまた危ない事に関わっているんじゃないの? この前みたいな無茶を、また――――」


 彼女がなおも問い詰めようとした時、無常にも鳴り渡るチャイム。いや、ぼくにとっては救いの鐘か。


「おおっと、チャイムが鳴ったぞー。席に戻らないとー」


 静流ちゃんをがしっと羽交い締めにして、席へと引きずっていく愛音さん。


「ちょっと、何するのよ! 私の話はまだ……」


 ごめんね、静流ちゃん……。さて、なんとかこの場は切り抜けられたみたいだけど、正直これはどう説明したものか。説明したところで、果たして分かってもらえるだろうか?


 はぁ、ぼくの前途は、やっぱり多難なのだなぁ……。

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