第23話 アイネ、襲来

 ぼくと沢渡さんが教室に着いたのは、結局チャイムが鳴り響いている最中だった。

 昨日に続いて今日もギリギリ登校である。まだ慣れてないとはいえ、早いとこ改善したいものだけど……時間一杯ねばったおかげで沢渡さんと色々話すことができたから、今日のところは満足かな?


 ――――沢渡 刻乃ときのさん。彼女はぼくの予想通り、この学園に来るまであやかしと関わりない普通の生活を送っていたらしい。

 ただ……彼女の場合は妖が視えるというだけでなく、お母さんが経営する会社が最近、この学園のスポンサーになった事も進学の理由だったという。


 あいにくぼくはその会社名を知らなかったのだけど、その業界ではけっこう名の知れた会社だという話だ。


「元々はお父さんの会社だったんだけど、色々あって今はお母さんに経営権があるの。苗字が違うのは、面倒事を避けるために私がお母さんの旧姓を名乗ってるからだよ」


 ……なんだか想像以上に色々あるみたいだぞ!? ここは、あんまり突っ込まないほうがいいのかな?


「お母さんは仕事で何日も家を空ける事が多くて、寂しかったから……寮生活になるって聞いた時は嬉しかったんだよ」


 若干重めな話でも、ふんわりとした笑顔を崩さない沢渡さん。彼女もまた、大きなしがらみを背負っているというのに。普段自らの不幸を嘆いてばかりのぼくだけど、彼女のそういうところは見習わなきゃだ。うん。



 というわけで、ぼく達は無事にお互いの席に着いたのだけど……ふと教室を見渡すと、静流ちゃんの席が空じゃないか。この時間に居ないなんて、もしかして欠席?


 ぼくが思わず心配になろうとした時、開いたままの入口からすべり込むようにして着席する静流ちゃんが見えた。トイレにでも行ってたのかなとも思ったけど、慌てて鞄を置いているあたり、本当に今着いたばかりのようだ。 


 こんなギリギリに来るなんて、何かあったのだろうか? 同じクラスだった時、彼女はいつだって早めに登校していた。その日の日直よりも早くにだ。委員長として、みんなが快適に授業を受けられるように準備するんだって当時は言っていたんだけれど……


 そんな静流ちゃんが不意に振り返り、ぼくに稲妻のような視線を突き刺してくる……あ、あれ? もしかして怒ってる!? なんか昨日よりも更に機嫌が悪そうなんだけどっ!


 思えば、昨日の朝から彼女とは全く接点が無い。色々あってちゃんと説明する暇がなかったのだ。これは早急に対処しないと……


「――――よし、座れ! 点呼とるぞー!」


 って、もう先生が来てるよ! とにかく、このホームルームが終わったら速攻で誤解を解かないとだ。


「綾乃浦!」「はい!」


 点呼が始まる。トップバッターは静流ちゃんだ。「あ」から始まる苗字の彼女は出席番号一番になる事が多い。返事も大きく堂に入ったものだ……おかげで彼女に続く生徒全員が流れで大きな返事を強いられるんだけど。


 なおも点呼は続き――――褐色の肌の野生児、ルルガ・ルゥ・ガロアさんのとこで、ちょっと引っかかったけど――――やがて、ふたつ並んだ空席の場所にさし掛かった。


「愛音・フレドリカ……居ないか。今日から出てくるという話だったが」


 どうなっているんだ、とばかりに蒼衣お姉……先生を見る車折先生。蒼衣先生は両手を開いて「私は知りませんよ」のジェスチャー。


「全く。愛音・F・グリムウェルは欠席、と――――」


「ちょーっと待ったあぁー!!」


 唐突に、どこかで聞いたような声が響き渡る。教室の中ではない。廊下でもない。その声は……あろうことか、窓の外から聞こえて来た!


 ぼくが驚いてそちらに目を向けた時、開いていた窓から勢いよく飛び込んできたのは、箒に乗った二人の少女。教卓の手前でくるりと一回転して減速する様は、まるでオートバイを操っているようだ。


「愛音・F・グリムウェル! ただいま到着! オハヨウS組のみんな、待たせたなっ!」


 箒にまたがったまま、びしっとポーズを決める赤毛の少女……今は天御神楽の制服を着ているけれど、間違いない。あれは昨日ぼくと死闘を演じた謎の魔法少女じゃないかっ!


「というわけで、点呼には間に合ったよなセンセー?」


 ドヤ顔で振り返る彼女の頭頂部で、竹刀の奏でる痛々しい衝撃音が弾けた。


「ぐえー! 何故っ」


「乗り物での通学は禁止だ馬鹿者!」


 ああ……そこなんだ。っていうか、ついに車折先生の竹刀が被害者を出してしまったぞ! 普通の学校では廃れて久しい体罰だけど、この学園ではまだ生き残っているのかっ。


「だから言ったんだよ。絶対怒られるって」


 そう言って箒を降りたのは、彼女と一緒に来たもうひとりの子だ。パンツスタイルの制服に、ショートカットに切り揃えられた黒髪はまるで男の子のような印象を受ける。


 まさか、ぼく以外にも……と一瞬思ったけど、細身のシルエットながらちゃんと出るところは出ているし、普通にボーイッシュな女の子なのだろう。


「ぐぬぬ……それにしたって、いきなり凶器はないんじゃねーの? 無抵抗なか弱い生徒に対してよぉー」


 頭のてっぺんを押さえながら、なおも恨み言を言う彼女――――愛音グリムウェルとか言ってたか――――に対し、


「凶器? 馬鹿を言ってもらっては困る。この竹刀は言わば、ボクサーがグローブを着けている様な物。素手だとうっかりやり過ぎてしまうのでな……」


 竹刀を傍らに置き、両手で指をパキポキ鳴らし始める車折先生。漫画でよくあるシーンだけど、実際にやってる人初めて見たよ……


「それでもいいなら……無手、受けてみるか?」


「イイエ、ゴエンリョサセテイタダキマス……」


 急にカタコトで許しを請う愛音グリムウェルさん。なんかこの辺、ちょっとしるふに似てるかな?


「とにかく、今後は箒は無しだ。いくら学園の中といっても、誰の目があるかわからんからな」


「へーい。ちぇ~」


 残念がる彼女に、今度は葵衣先生が話しかける。


「それより、二人は今日が初登校なんだから、みんなに自己紹介しましょう! ねっ?」


「自己紹介か! オーケーだぜ!」


 数秒前までの神妙さが噓のように、彼女は深く淹れた紅茶のような色の瞳を輝かせる。そして教室のみんなに向き直ると、


「オレは愛音・F・グリムウェル! ブリテンじゃあ、ちったぁー知られた術者なんだぜっ?」


 言いながら、何やらかっこいいポーズを決め続ける愛音さん。昨日対戦した時にも思ったけど、彼女の行動や言動は何かこう……良く言えば芝居がかっている。

 これは樹希ちゃんにも言える事なんだけど、魔法少女っていうのは中二病っぽく振る舞わなきゃいけないルールでもあるのかな?


「妖関係のトラブルがあったら何でも言ってくれ。オレが行って速攻で片付けてやるからなっ!」


 最後にとっておきの決めポーズを取った彼女の、その視線がぼくを捉えると……彼女は確かに、にやりと微笑わらった。


 ぞくっと、背筋に悪寒が走る。樹希ちゃんのおかげでなんとか助かったとはいえ、昨日は彼女に危うく殺されかけたのだ。終始ぼくを圧倒していた愛音さんだけど、とどめを刺せなかった事でまだ遺恨が残ってたりはしない……よね?


「そしてこいつはノイ! オレの頼れるパートナーだ!」


 そんなぼくの思いを知ってか知らずか、彼女は何事もなかったように隣の女の子の紹介を始めた。パートナーって事は、樹希ちゃんにとっての雷華さん。ぼくにとってのしるふにあたる存在。つまり……人間ではない!?


「ノイだよ。ノイ…………アイネ、苗字は同じでいいんだっけ?」


「同じ同じ。オレ達ファミリーだろ!」


「じゃあ……ノイ・グリムウェル。宜しくなんだよ」


 そう言うと、ぺこりと頭を下げる彼女。愛音さんと違ってちゃんと礼儀をわきまえているらしい。無表情で何を考えているかわからない感じが、パートナーとは対照的だ。


「アイネに言いづらい文句があったらノイが聞くよ。けど、改善されるかどうかはアイネ次第なんだよ」


「こら! 余計なこと言うなよっ! みんな、オレの文句はちゃんとオレに言えよな!」


 正反対のふたり。けれど、ピッタリ息の合った掛け合いはまるでコンビの芸人のようだ。流石はパートナー。けれどこれ、自己紹介とはちょっと違う気もするなぁ……


「よし、こんなもんでいいだろう。二人共席に着け。点呼を再開する!」


 車折先生に促され、ふたつ並んだ空席――――ぼくの右斜め前に座る二人。


 これから同じクラスの一員として、一年間苦楽を共にすることになる二人。果たして、彼女たちとうまくやっていけるのだろうか? 何せ、出会いが最悪に近い状況だっただけに、正直不安しかない。


 そんな思惑をよそに、粛々と点呼は進み、


「……月代! 月代灯夜!」


「ひゃ、ひゃいぃ!」 


 上の空のところで名前を呼ばれ、うっかり奇声を発してしまうぼくなのであった。うう、不覚……。

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