第14話 対決! 謎の魔法少女

「オラオラぁ! 守ってばっかじゃ勝てねーぞォ!」


 二撃、三撃。息つく暇も無い連撃がぼくを襲う。圧縮空気の壁の上からだというのに、すごい衝撃だ。しかも、ぼくが距離を離そうと移動する方向に瞬時に回り込んでくる。


 今なんとか凌げているのは、この一週間樹希ちゃんと同じような特訓をしていたお陰だ。とはいえ、その時も空気の壁で守り続けるのが精一杯。後で術禁止ルールでやった時なんか一瞬でボコボコにされた悲惨な記憶が……


 ともあれ、近接戦闘における圧倒的な経験の差……これは一週間やそこらの特訓で埋めきれる物ではないのだ。


 …………ああ、帰りたい。このまま飛んで帰れたら、どんなに良いことか。けれど、目の前の謎の魔法少女……名前くらい、聞いておくんだった――――が、それを許してくれるとは思えない。現に飛んで間合いを開けようとした所を、先回りされて叩き落とされたばかりだ。

 彼女の目が黒いうちは、この場を離れることはできそうにない。


 それに、もし逃れられたとしても……それはすなわち、あの妖の子供達を見捨てる事に他ならない。それこそ、ケンカを売った意味が無いのだ。


『そもそも、とーやがケンカ売らなきゃよかったのに~』


「うう、それはまぁそうなんだけど……ごめんねしるふ。またこんな事に巻き込んじゃって」


 ぼくとしるふは一心同体。だけど、この状態での体の主導権はぼくにある。しるふにしてみれば不本意な災難をぼくが持ってきた形になるわけで、なんか色々と申し訳ない。


『まぁ、いいってことヨ~。とーやのそういうトコ、キライじゃないからネ!』


 びしっとウインクしながらサムズアップを決めるしるふのイメージが脳裏に浮かぶ。こういう時、ぼくのパートナーがしるふで本当に良かったと思う。普段はアレな言動や行動でしばしば頭を抱えたくなる事もあるけれど、いざって時には本当に頼りになるのだ。


『そうそう。頼りにしてくれていいんだヨ! でも、普段はアレってのはどういう事カナ……』


 いけない、油断してると思考が駄々洩れになるんだった! 一心同体ってのも楽じゃない。


「……コイツ、防御全振りかよ! テメーからケンカ売っといていいザマだな、あァ!?」


 ぼくを罵りながらも、攻撃の手を緩めない魔法少女。手も足も出なくしているのはそっちだっていうのに……

 けれど、少し希望が出てきた。今のところ、ぼくが致命傷を受ける事はまずない。霊装によって力を増しているにしても、彼女の攻撃には圧縮空気の壁を貫く程の威力は無いからだ。


 スピードと手数で相手を翻弄し、隙を見て大技を叩き込む……樹希ちゃんとよく似た戦法の使い手。このタイプへの対処法はとにかく“隙を見せない”こと。


 魔法少女……樹希ちゃん言うところの【霊装術者】とは、あくまで“肉体的にタフになった術者”であり、並みの術者より肉弾戦に強いとはいえ、肉弾戦だけで勝負を決められる程の力は無い。その本領はやはり“術”であり、最後は高威力の術もしくは術を併用した打撃等を用いて止めを刺すのが常道だという。


 だからこうして隙なく守っていれば相手はジリ貧になり、疲弊して自滅するか無理に術をねじ込もうとして自滅するしかなくなる……というのが樹希ちゃんの講義の内容だったと思う。

 うろ覚えなのは講義の直後の実技で派手に脳を揺らされたせいだ。


 とにかく、今は耐える。耐え続ければ向こうも消耗するだろうし、時間がかかれば樹希ちゃんが助けに来てくれる確率も上がる――――


「ならば、これで……どうだッ!」


 そんな淡い期待を打ち砕くように、一直線に飛来する鋭い刃。 しまった! 謎の魔法少女の操る術、それは自身に意思があるかのように飛び回る一振りの剣!


「うわっ!」


 圧縮空気の壁をたやすく切り裂き、その切っ先が鼻先をかすめる。通常の打撃に対しては高い防御力を誇るとはいえ、結局は空気の圧力と抵抗による壁だ。刃物のように尖った物に対しては効果が薄い……あの魔法少女も、それを察して攻撃を切り替えたというのか。


「フフフ……【乱れ踊るは光輝の剣シャイニング・ソード・レイヴ】! この剣は地獄の果てまでキサマを追い詰め、確実に切り刻む!」


 ドヤ顔で何やら不穏な事を口走る、謎の魔法少女。これで状況は一変してしまった……あの剣は空気の壁では防げない。ひたすら耐えて時間を稼ぐ戦法は、もう通用しないという事だ。


『どうするノ、とーや!』


「ど、どうしよう……」


 しるふの問いに答えるべく、周囲を見回す……何か使える物は――――あった!


「ゆけ、ソードよ! クソ術者を串刺しにしろ!」


 魔法少女の命に従い、再びぼくに向かって飛来する輝く剣。あれを喰らってしまえば一発で致命傷だ。とにかく、全力で避けるしかない。


 背中のはねに意識を集中し、地面を蹴って空に舞い上がる。地上に留まるより、空中のほうが動きやすいのだ。そして……案の定、剣はぼくを追ってくる。


「フハハ、逃げても無駄だ! 地獄の果てまで追い詰めると言っただろ!」


 どういう理屈で飛んでいるのかは分からないけど、あの剣のスピードは大したものだ。全速力で逃げれば振り切れなくもないだろうけど、今その選択肢は選べない。


 ――――逃げずに、かつ、なるべく戦わずに済ませられる道は。


「ここだっ!」


 空中で方向転換し、ぼくは竹藪に突っ込んだ。


「あ、あれれ!?」


 突っ込んだ……つもりが、入れない。ぼくに触れる前に押し退けられ、ぎしぎしと軋む竹……まるで見えない壁があるように――――って、そういえばあったよ壁!


 圧縮空気の壁を解除すると、ぼくの体はすんなりと竹藪の中へと入場を果たす。防御壁がなくなるのはちょっと、いやかなり心もとないけど……仕方がない。どっちにしろ壁であの剣は防げない訳だし。


 そして、ぼくを追って空飛ぶ剣も竹藪に飛び込んできた。まるでミサイルのように、正確にぼくを目指して一直線に――――


 とは、行かなかった。かこん、と乾いた音を立てて……生い茂る竹に弾かれる剣。そして弾かれた先で軌道を修正しようと回転した所を、また別の竹に弾かれる。


「あっ! ずるいぞチクショウ!」


 魔法少女が抗議の声を上げる。そう、これこそ“空飛ぶ剣”破り。要は漫画や映画の中でよくある、竹藪の中では長物を振り回せなくなるというアレの応用だ。


 剣が空を飛ぶ理由はわからない。そういう術だと思うしかないが……それをコントロールする方法は限られている。ひとつは、術者が直接操る方法。これは正確な動作ができる反面、術者の死角……この竹藪のような見通しの悪い場所では機能しなくなる。


 ぼくが竹藪に逃げ込んだ理由のひとつはそこにあったのだけど、あの剣はそれでもまっすぐぼくに向かって来た。となれば、考えられるのはもうひとつの方法……自動追尾だ。


 あらかじめターゲットを設定しておき、それを追いかけて攻撃するように仕向ける。この方法なら、例え術者の視界外の敵であっても攻撃する事が可能だ。

 ただし、直接操作する訳じゃないから……当然、細かい制御は雑になる。ましてや立ち並ぶ無数の竹を回避しながら移動するターゲットに命中させるなんて芸当、とてもできるとは思えない。


 一週間の修行で詰め込んだ、様々な術の知識がいきなり役に立った。一見荒唐無稽な術であっても、必ずどこかで物理的な制約を受けている。それを見抜き、衝く事ができれば……術は破れるのだ。


 これで、あの魔法少女の攻撃はとりあえず封じる事ができた。あの剣の攻撃はよっぽど場所取りが悪くない限りもう当たらないだろうし、自由に動けないこの竹藪の中では得意の接近戦もやりづらいはずだ。


 ――――そのはず、なのに。


「ヤロウ……コソコソと逃げ隠れしやがって! マジでぶちのめすから、そこ動くなッ!」


 のしのしと大股で竹藪に向かって来る魔法少女。どうやら、あくまで決着を着けるつもりのようだ。


「魔術の本場、ブリテンの術者をナメんなよ…………ノイ!【獣身解放ビーストライズ】60%!」


 瞬間、ぼくの背筋を悪寒が駆け抜ける。そうだ、まだ終わりじゃない。仮にも【魔法少女】の力を得た術者が、この程度で終わるはずがなかった!


 ぼくは解除した空気の壁を再生すべく、精神を集中する。さっきまでのような全身を覆うサイズは無理でも、盾代わりになる位の大きさなら……


 だが、その一瞬。ほんの一瞬意識をそらした隙に、謎の魔法少女の姿は搔き消えていた。


『とーや、上っ!』


 しるふの声とほぼ同時に飛び退いたぼくの目の前を……稲妻のような蹴り足が駆け抜けていく。

 次の瞬間、地面が爆発したかのような衝撃が走り、大量の土砂がまき散らされた。

 もうもうと立ち込める土煙の中、ゆらりと立ち上がるシルエット。それは先程までの魔法少女とは似て非なるものだった。


「動くなって、言っただろうが……」


 末端に向かって異様に肥大化した両手と両足。更に腰の後ろから伸びた長い尻尾。


「ま、オレのこの姿を見た以上は……」


 そして頭部から生えた、二つの巨大な――――


「生かして帰すつもりは無い……にゃん」


 巨大な……ネコミミ。


「…………え?」


「え? じゃないにゃ。とりあえずテメーは死ぬにゃ!」


 身をひるがえし、襲い来る謎の魔法――――猫少女! 事態はなんだか、ぼくの想定外の方向へ転がりつつあった……

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