第9話 緊迫のホームルーム
バッグの中から飛び出した“何か”はその勢いのまま教室の中を二周、三周と飛び回る。
クラスの反応は驚いて目で追う者と……全く動じない者とに二分された。そして、ぼくは前者の側だ。
だって、あの鮮やかな薄緑色の衣装……背中に四枚の翅を持つ身長15センチ程の女の子といえば、それは紛れもなく……
「あーもう! こんな狭いトコに閉じ込めるなんて! 精霊をなんだと思ってるのヨ!」
「しるふ!?」
しるふ――――四大精霊の一角、風を司る精霊であり……ぼくの大切な友達。
たしか今日は樹希ちゃんの別荘でお留守番しているはずなのに……
「論より証拠と言うだろう。実際に見てもらうのが一番分かり易いからな……人外のモノが、確かに存在するという事を」
そう言いながら、
「ふぎゅ!?」
「実際、こうして動いているのを見るのは初めての者もいるだろう。霊視検査の時は封印された状態だったからな」
霊視検査――――今年の頭から首都圏を中心に試験的に導入された、妖が視える子供を探す試み。
視力検査に交えて封印状態の四大精霊を用いた装置を見せ、その反応を観測する……みたいな事が行われたらしい。
らしい、と言うのは……この検査を受けたのは女子のみで、男子であるぼくは蒼衣お姉ちゃんに話を聞くまでこの検査の事を知らなかったからだ。
結局、この検査は四大精霊の封印が解けてしまう事故のせいでグダグダのまま終了してしまったと言う。
……その検査に使われていた精霊のひとりが今ここにいるしるふなのだから、思えば不思議な縁だ。
手の中で目を回しているしるふを見せ付けながら、先生はなおも続ける。
「今お前達が見ているコイツは……正真正銘、この世の者ではない。妖怪、精霊、その他様々な種類と呼び方があるが……我々は
……しるふ、大丈夫かな? 心配しつつも、ぼくは左右をこっそりと
左隣の美国さんは相変わらずニヤニヤと不気味な笑みを浮かべている……けれど右隣の普通っぽい子――――黒板に書かれた名前を見るに「沢渡 刻乃」というらしい――――は、両手で口元を抑えて心底驚いた様子だ。
「ちなみに、コイツ等は普通の人間には視えない。写真にも映らないし、当然動画もダメだ。だから世間一般には、コイツ等は居ないものとして扱われている」
そこまで語って、自分が握ったままのしるふがぐったりしている事に気付き……ようやく彼女を解放する車折先生。
しるふはふらふらとぼくの机の上まで漂ってくると、そのままぱたりと仰向けに転がった。
「しるふ、生きてる? 平気?」
「生きてるケド……平気じゃナイ……」
確かに、本物を見せて説明するのは効果があるのだろうけど……その為だけに連れて来られたしるふにとっては災難でしかない。ホント、ご苦労様です……
「だが見ての通り、コイツ等は確かに存在している。それを視る事が出来る、我々自身が証人という訳だ」
実例を示した後も、車折先生の講義は続く。
「さて、ここでひとつ問題がある。我々がコイツ等を視る時、コイツ等もまた視られている事に気付くという点だ」
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている……って言う有名なフレーズがある。人間よりも霊力を視ることに長けている妖には、高い霊力を持つ者は光り輝いて見えるという。
視たと思った時には、もう手遅れという事もあり得るのだ。
「入学手続きの時に説明を受けた者も居るだろうが、敢えてもう一度言っておく。妖共にとって……お前達はエサだ!」
響き渡る先生の声に、教室はしん……、と静まり返った。
「勿論、この中には自力で妖を撃退できる者も居る。が、そうでない者 ――――妖が視えるだけの力を持ちながら、妖に抗する
沈黙が支配する世界の中、車折先生は不意に手にした竹刀を振り上げると、勢いよく床に振り下ろした。束ねられた竹が奏でる特徴的な衝撃音が教室内を駆け巡る。
「だが、安心しろ。この学園に居る限り、お前達が妖に襲われる事は無い。学園の周囲には専属の術者による結界が何重にも張り巡らせてあってな……それを通り抜けられる妖は我々に許可を受けた者だけだ。そう、コイツのようにな」
竹刀の先をぼくの机の上で倒れたしるふに向けて、先生はそう言い放つ。学園の結界の話は聞いていたけど、あらためて考えるとこの広大な敷地一帯に結界を張るって……中々にとんでもない話だ。流石国立。まさに国家レベルの重要施設という事か。
「お前達はここで普通の学生として勉学に励むと共に、妖との関わり方についても学ぶ事になる。当然、通常クラスの者達より多くの負担がかかるだろう。しかし、多くを学ぶとはすなわち多くを得るという事でもある」
そこまで語ると、車折先生はぐるっとクラス全体を見回した……一人一人の顔を確認するように、ゆっくりと。
「重ねて言うが、お前達は特別だ。そして、その特別さ故に常人より多くを学ぶ機会を得たのだ。この学園での生活がお前達の人生にとって、かけがえのない財産となるように……各自、努力を惜しまぬ事だ!」
言い切って、ふうと息を吐く。
「私から言う事は以上だ。月代、これで文句はないな?」
「オッケーです! 貴重なお言葉ありがとうございましたっ! ほらみんな、拍手拍手!」
蒼衣先生に促され、手を叩き始めるクラスのみんな。ぱちぱちという拍手の音が教室内に反響する。
「いや、私は説明すべき事を説明しただけであってだな……」
そう言いつつも頬を赤らめて、まんざらでもない様子の車折先生。ちょっと厳しい感じだけど、いい先生なんじゃないかな。
「さて、まだ結構時間があるな……」
「それじゃあ定番のアレやりましょう、自己紹介! お互いを理解し合うにはまずコレをやらなきゃですよ~」
相変わらず、妙にテンションの高い蒼衣先生。実際彼女が教師をやっている所を見るのは初めてだけど……ひょっとして常時こんなノリなんだろうか?
「そうだな。この人数ならすぐに終わるかも知れぬが…………ん、どうした美国。何か言いたい事でも有るのか?」
――――美国? はっとして振り返ると、ぼくの左隣……白いフード付きマントの彼女が、まっすぐ右手を挙げていた。
「……自己紹介をしろと言うなら、それについてひとつ聞いておきたい事があってのう」
な、なんかすごく偉そうだぞ、この子……キャラ作ってるにしたって、竹刀持った先生相手にこれはちょっと無いんじゃ……
「良かろう。言ってみろ美国」
美国さんの尊大な物言いに、少しも動じる事なく返す車折先生。なんだかこっちが心配になってくるようなやり取りだ。
「それじゃあ、失礼して……」
がたり、と椅子を引いて立ち上がる彼女。背はそれ程高いほうでは無いけれど、妙な威圧感がある。
さっき感じた霊力の大きさから察するに、この子も樹希ちゃんのような術者の家系の人なのだろうか?
「さて、
教室内が再びざわついた。当然だ……儂とか、のじゃとか、教室内でもフードを取らない事も含めて……この子はちょっとヤバい。
もしかしたらこれが
「……それは、どういう意味だ?」
車折先生はそんな美国さんの態度に突っ込むどころか、極めて普通に対応している……厳しそうに見えて、案外生徒の自主性を尊重してくれる人なんだろうか?
「ここに居る者の多くは、特に
言いながら彼女は、ほんの一瞬ちらりとぼくを見て……確かににやり、と笑った。
「噓をつくなり隠すなり、
――――――――!?
それってもしかして、ぼくの事を言ってる!? いやいやあり得ない! 少なくともこの教室内でぼくの正体を知っているのは蒼衣お姉ちゃん先生とたぶん車折先生、あとは静流ちゃんだけのはず……あ、しるふもいたか!
まだ即バレするようなヘマはしてないと思うし、考え過ぎだとは思うけど……
「成程、これからする自己紹介で、真実を話す者と偽りを話す者が居るというのは不公平だ、という事か?」
「担任殿は儂等の素性をすべて存じておられるのじゃろ? ならば
彼女は、一体何が言いたいのだろう? 真実が都合が悪いとか、噓をつく事を許すとか……ぼくには、美国さんの意図が分からない。
「……そういう事か。要はお墨付きが欲しいのだな。よかろう」
あれれ、車折先生にはちゃんと分かってるみたいだぞ!? なんだろうこの……置いてけぼり感は。
「全員聞け! これからする自己紹介だが、何を話すかはお前達個人の判断に任せる。言いたくない事があれば言わなくても良いし、何なら噓を言っても構わん。例え隠された真実があるとしても、それをいつ、どこで、どのように明かすか。また明かさないかはお前達自身が決めろ!」
お前達自身が決めろって……どっちにしろ、ぼくには選択の余地は無い訳だけど……
「結果、嘘まみれの自己紹介になったとしても、お互い大体の人となりは掴めるだろう……くれぐれも、すぐにばれるような下手な嘘はつかん事だな」
うう、何だかどんどん不安になってきた……ほんとにぼくはここでやっていけるのだろうか。男の子である事を隠したままで。
「ちなみに、誰が噓をついているか私や月代に聞いても無駄だぞ。生徒のプライバシーに関わる問題だからな。それでは始めるぞ。出席番号一番からだ」
はい!と元気の良い返事と共に、立ち上がったのは静流ちゃんだ。
「綾乃浦静流です。最初に言っておきますが、私がこれから話す事に噓偽りは一切ありません!」
ああ、なんか静流ちゃんらしいな……とか思いつつ、ぼくは自分自身をどう紹介するべきか、必死に思考を巡らせるのであった……
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