第7話 めざせ、新たなる学び舎

「あれ? これは……」


 入学式をつつがなく終えたぼくは、外に張り出されていたクラス分けを確認した後、校舎に向かって歩き出した…………異変に気付いたのは、新入生たちの流れに乗って校舎に着いた時。


「S組が――――無い!」


 その校舎には……ぼくの所属する一年S組の教室が存在しなかったのだ。

よくよく考えれば、A、B、C……の並びでS組まで発生するのはおかしい。

 いくら名門校とは言え、一学年にそこまで多くのクラスが出来るわけ無いのだ。


 ぼくは恥を忍んで、近くにいた先生にS組について尋ねてみた。


「貴方、S組の生徒さん? S組なら第二旧校舎の方よ」


 第二――――旧校舎? 慌ててパンフレットを確認すると……あった。現在地の新校舎から入学式のあった講堂をはさんで、真逆の方向に!


 とりあえず先生にお礼を言って、ぼくはいま来た道を急いで戻り始めた。

蒼衣お姉ちゃんから聞いた話では、ぼくが所属するクラスはあやかしの視える子や術者の家の子など、いわゆる“普通”じゃない子を集めたものになる……という事だった。

 けれど、だからといって校舎まで別になっているなんて……これじゃあホントに隔離クラスみたいじゃないかっ!


 講堂からの道を逆走するぼくの周りの人の流れは、先へ進む程にまばらになり……やがて完全に途絶えた。


「えっ」


 その時になってぼくは第二の異変に気付いた。進めど進めど、講堂に辿り着かないのだ。


 思えば講堂から新校舎までは結構な距離があった。その道中も他の生徒達の行く方向に合わせて……とりあえずみんなが行く方へと流されていただけだったから、こうして一人取り残されてみると、もう自分がどの方向に向かっていたかすら分からない。


 そもそもこの学園、敷地面積が広すぎるのだ――――富士の樹海を切り拓いて造られたというこの学園は、とにかく広い……中等部の他にも初等部や高等部なんかも存在し、校舎の他にも全生徒を収容する複数の寮施設や食堂、各所にコンビニやショッピングモールまで備えている。

 それら施設の間には木々が生い茂る森――――木でも林でもなく――――が配置され、生徒達は常に豊富な自然に触れることができる(パンフレットより抜粋)という。


 ――――その弊害でどこへ行くにも森を抜けねばならず、背の高い木々に視界をさえぎられて自分がどこへ向かっているのかが分かりづらい。これは年に何人か遭難者が出ているんじゃあってレベルだ。


 そしてそれは土地勘の無い新入生にとっては致命的で……パンフレットの地図を見ても、今現在の位置がさっぱり分からない。右も左も物言わぬ木々に囲まれた一本道であり、位置を特定できる目印もない。


「……とりあえず、戻ろう」


 この道の先が講堂に繋がっていないのはもう確実だ。ならばいま来た道を戻って、分かれ道を検証してみるか。


 ぼくは踵を返し、森の中の道を戻り始めて……約数分。ようやく分かれ道――――森の中の三叉路にたどり着く。そこにはぼくが待ち望んでいた物……道先案内の立て札があった。


「どれどれ……」


 三方向の道それぞれに記された行き先は、「柊寮」・「第二職員宿舎」・「楠寮」……ダメだ、全然分からない!

 手元の薄っぺらいパンフレットに記されているのは学園の主要施設のみ。寮とか宿舎まで網羅しているわけではないのだ。


 うーん、とりあえず今歩いて来た「第二職員宿舎」方面は除外するとして、残りは寮の二択かぁ……ここで間違えたら多分、最初のホームルームには間に合わないだろう。


 こんな時しるふが居れば、上空から偵察してもらうとか、いっそ魔法少女に変身して飛んで行ったりもできるのに……

 だけど生憎、しるふはお留守番中だ。ここは自力でなんとかするしかない。


 そう決意を新たにした所で、ぼくは「柊寮」方面からこちらに近づいて来る人影を発見した。揃いの制服を着た二人組……ぼくと同じ中等部の制服だ。


 彼女達に聞けば道が分かるかも知れない。まぁ彼女達も迷っている可能性も無きにしも非ずだけど……それでも、一人でさまようよりは心強いだろう。 

 ぼくは再び意を決すると、二人の前に歩み出た。


「あ、あの……」


「「あら?」」


 見事なハーモニーを奏でる二人の少女。肩の上で切り揃えられた黒髪に、ワンポイントで花びらを模したヘアピンを挿した……中々の美少女だ。

 けれど、ぼくが驚いたポイントはそこではない。


「新入生の子ね?」「私達に何か、御用ですか?」


 二人の口から、流れるように紡ぎ出される言葉は……まるでひとりの人間と会話しているような錯覚すら覚える。


「……もしかして、迷ったの?」「無理もないですね。ここ、広いですから……」


「えっと、その……お二人って……」


「ふふ、驚かせてしまったかしら?」「見ての通り、双子なんですよ。私達」


 そう、二人はまるで生き写しのようにそっくりだったのだ。ぼくはいわゆる“双子”というものを始めて見たのだけど、これは思っていた以上に破壊力あるよっ!

 似ているとかじゃなくて、完全な同一人物が二人いるんだから。こりゃすごい! 流石は名門校だ!


「藤ノ宮桜よ。宜しく」「藤ノ宮小梅です。よろしくお願いしますね」


 驚きと感動で言葉を失っていたぼくに、微笑みながら名乗る二人。こういった反応をされるのも、きっと慣れっこなのだろう。


「つ、月代灯夜ですっ! よろしくお願いしますっっ!!」


 深々と頭を下げてから、あれ、これって同年代の子にする対応じゃ無いんじゃ……と思ったけど、後の祭り。


「ふふ、面白い子ね」「見た目の印象と違いますね……悪い意味じゃなくて」


 顔を見合わせてくすくすと笑う双子。なんだかとても尊い光景だ……案外、女子校も悪くないなとか思い始めたぼくは、


「そういえば、何か用があったのではなくて?」「道に迷ったのでしたら、案内しますよ?」


 その二人の言葉で、今の危機的状況を再認識する。そうだ、もうなりふり構っていられないんだった!


「あの、第二旧校舎って、どっちに行けばいいか分かりますか?」


「第二旧校舎って……」「もしかして、S組ですか?」


「そ、そうですけど……」


 二人は再び顔を見合わせてくすりと笑う。何か、意味ありげな笑顔。


「良かったわね。小梅もS組なのよ」「私達、ちょうどそこへ向かっていた所なんです」


 た、助かった! これで初日から行方不明者リストに名を連ねる事態は回避できたぞっ!


「えっと、それじゃあ……」


「ええ。一緒に行きましょうか」「少し、急いだほうがいいですね」


 こうしてぼくは、そっくりな双子に導かれて新たなる学び舎へと向かうのだった。




 …………早足で歩きながらも、ぼくはこの道中で二人と色々話すことができた。


 怒ってない時の樹希ちゃんのような、大人びた話し方をするのがお姉さんの桜さんで、礼儀正しい感じなのが妹の小梅さん。


 二人は初等部からこの学園に通っていたそうで、お陰でこの周辺の地理には詳しいという。それからぼくのように外から編入してくる生徒はめずらしいという事も聞いた。

 同じS組になるという事は、少なからず妖に関わりがある人なのだとは思ったけど……それはなんとなく聞けなかった。初対面でする話題でもないと思ったからだ。


 二人はナチュラルに双子トークをしつつも、要所要所でぼくに話を振ってくれるので、若干コミュ障気味なぼくでも自然に話に入ることができた。

 会ったばかりの人たちとの会話なんて、普段のぼくだったら無言で相槌を打つくらいが関の山なのに……このさり気ない気遣い、流石は名門校に通うお嬢様方だ。

 ぼくの様な庶民とは違う、徳の高さを感じる……


「ほら、見えてきたわよ」「旧校舎と言っても、そう古い感じはしませんよね」


 森の切れ目から現れたのは、小奇麗な白いコンクリートの建物。確かに旧校舎と呼ばれるにしては若干、古さが足りない気がする。


「別に古い建物って訳じゃないのだけど」「新しい校舎が建ったから“旧”がついただけでしたっけ」


 成程。旧校舎といえば古い木造の建物なんかを想像したけど、流石に二十一世紀にもなってそんな校舎は使ってないよね……


「それじゃあ私はここで。月代さん、小梅をよろしくね」「姉さん、また後でね」


 そう言い残して、一人歩き去ろうとする桜さん。


「あれ、桜さんはクラス違うんですか?」


「ええ。私は隣のB棟だから」「正確にはクラスじゃなくて、学年が違うんですけど」


「え? だって二人は双子だって……」


 困惑するぼくを見て、またしても顔を見合わせてくすくす笑う二人。


「産まれた時にね、日付をまたいだのよ」「姉さんが四月一日で、私が二日」


 ――――聞いたことがある。たしか、四月一日までに生まれた子は早生まれになるんだっけ。だから日付が変わる直前と直後で、双子でも学年が違うなんて状況があり得るのか。

 いや、それにしたってこれは……


「偶然にしたって出来過ぎだって、思うでしょう?」「けれど可能性がある時点で、それは起こる事ですから」


 双子が語る、意味深な言葉。ここに来て、ぼくは蒼衣お姉ちゃんが言っていた事を――――ぼくが所属するクラスは“普通”じゃない子を集めたものになるという話を実感していた。


 偶然とは、起こらない事を指して言うものではない。どんなに確率が低くても、起こってしまった事が偶然なのだ。そして、それを引き当てるという事は…………


「さあ、長話はこれくらいにしておきましょうか」「そうですね。行きましょう月代さん」


 そう言って小梅さんは、ぼくの手を引いて校舎へと歩き始める。何か言おうとして、しかし言葉にできないぼくの顔を見て、彼女は微笑みながら一言、付け加えた。


「まだまだ、もっと不思議な人はいますよ。私達が行くのは……そういうクラスなんですから」

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