第48話 魔法少女は月下に舞う
息が、苦しい。心臓が痛いほどに脈打ち、手足は鉛のように重い。
ぼくは最初、霊力というものをファンタジーRPGにおけるMP《マジックポイント》のような物だと考えていた。いくら減ってもHP《ヒットポイント》――――体力には影響しない別の能力値だと。
けれど実際に霊力を大量消費してみると、今のような有様に……普通に激しい運動をした時と変わらない消耗の仕方をしていたのだ。
つまり体力も霊力も等しく生命力から派生した能力値であり、要するに減ったら瀕死、尽きたら死につながるという訳である。
……などと考えてみた所で呼吸が楽になるかと言えばそんな事は全然なく、むしろどんどん辛くなっていく一方だ。
そう、辛い……この全力飛行を始めてからどの位の時間が経ったのだろう? 五分くらいは過ぎただろうか? 最初の方は周回数を数えていたけれど、半径が狭まるごとに速度も移動距離も変わるので何の目安にもならないのと、そもそも何周すれば終わるとかいう類の物でもないので……二十周くらいで馬鹿馬鹿しくなって止めてしまった。
ああ、馬鹿馬鹿しい。全くもって馬鹿馬鹿しい。ぼくはどうして、こんな馬鹿馬鹿しい事を始めてしまったんだろうか?
最初は、単なる思いつきだった。今日この時を逃せば、もう静流ちゃんと話すきっかけは掴めない……そんな感じだったと思う。
視聴覚室で平手打ちを食らって、逃げた彼女を必死に追いかけたっけ。丁度今のように……息を切らせて。
思えばその辺りからおかしな事になってしまったのだ。何故か屋上に凶暴なウンディーネがいて静流ちゃんに憑依するとか、偶然にしたって荒唐無稽にすぎる。
そのおかげでぼくは魔法少女になる羽目になり、今もこうして限界ギリギリの苦境に立たされているのだ。
……もしかしたら、ぼくが一番最初の時点で諦めていれば静流ちゃんが屋上へ行く事もなく、ウンディーネは樹希ちゃんの手で難なく倒されていたのでは?
だとしたらこの騒動の原因の大半はぼく自身にある事になる。ぼくが良かれと思ってした選択が静流ちゃんを傷つけ、樹希ちゃん達に迷惑をかけてしまったのだから。
ならば、この苦しさは罰だ。ぼくが辛い目に遭うのは当然のことなのだ。例えこの身がどうなろうと、せめて静流ちゃんだけは助けなきゃ……
――――静流ちゃん。多分これがうまくいったとしても、彼女はぼくを許さないだろう。
静流ちゃんとちゃんと話したい、その一心でぼくはここまで来た。けれどこんな所まで来てなお、最初の目的には届いていない。頑張れば頑張る程にゴールは遠ざかる……いや、むしろそこがスタートラインになるはずだったのに!
なんだか、疲れてしまった……身体の疲労が脳にまで回ってきたのだろうか? 静流ちゃんがぼくを嫌う訳とか、もうどうでもいい。どんな理由があったにせよ、こうして彼女の意に添わぬ行動をとり続けるぼくは、嫌われて当然の人間なのだ。
……だから、嫌われてもいい。そう考えると、不思議と辛さがやわらいだ気がする。そうだ。どうでもいい事だったのだ。彼女がぼくをどう思っているかなんて、今のぼくには関係ない。
静流ちゃんがどんなに嫌がろうとも……助ける。ぼくが助ける。助けて、キッチリと嫌われる。それでいいじゃないか。
ぼくがちょっと苦しんで、それで彼女が救われるなら……何も言う事は無い。
ちかちかと星が舞う視界の中で、巨大ウンディーネが両腕を振り回し怒りの咆哮を上げるのが見えた。旋回半径はすでに相当狭まり、ウンディーネはもう目と鼻の先だ。
樹希ちゃんの姿は……見えない。恐らくは空気を読んで離脱してくれたのだろう。ぼくがこれから仕掛ける事は、飛んで逃げられる相手には何の意味も無い。
けれど、ウンディーネは飛べない。湖の水面から離れるわけにはいかないからだ。静流ちゃんの霊力を活かす為には大量の水が必要。だから……
「その弱点を――――
疲れ切った体に鞭打って、ぼくは上昇し始めた。巻き起こした風が水面を裂き、遥か上空へ向かって巻き上げる。外から見れば、巨大な竜巻がウンディーネを包み込んだように見えることだろう。
当然、それだけでは終わらない。足元に生じた大渦によってウンディーネと湖の接点がごりごりと削られていく。まるで巨岩が波風によって浸食されるかの如く、水の巨体を支える“根”が擦り減っていく。
だが、風の勢いの割にその削減速度は鈍い。ウンディーネも必死で抵抗しているのだ。ぼくと水の精霊の――――風と水との力比べ。
普通にやったら、勝敗は見えている。湖そのものを力にできるウンディーネと……全く無風の状態から言わば借金をするような形で風を起こしたぼくとでは、まさに地力が違う。
だから勝機は今しかない。持久戦になる前のこの瞬間に、全力をぶつけるのだ。
「しるふっ! ここで全力の全力の――――」
『全力の全力デショ――――!』
残った力全部で、最後の加速! ぼくだけじゃなく、竜巻全体で上昇をかける!
すぼまっていく竜巻の根本がウンディーネの足元をえぐり、削り切るのと同時に……巨大な水霊そのものが宙へと浮き上がった。
「――――――――――――!!」
金切り声のような絶叫を上げながら巻き上げられていくウンディーネ。湖から切り離された時点で、形勢は逆転した。無限に近いリソースは失われ、残ったのは体を構成する分の水だけ。
そして何より……ここは空中。風の精霊のテリトリーなのだ。
『とーや、もうゲンカイだよ~』
そう、ここまできて残念ながらこっちも限界。空中で無防備にのたうつウンディーネに止めを刺す力も、そこから静流ちゃんを救い出す力も、もう残っていない。
「これでいいんだよ、しるふ。だって、魔法少女は……」
急激に勢いを失い、拡散していく竜巻の中を漂いながら、ぼくは天を仰いだ。
「魔法少女は――――ひとりじゃない!」
そこに見えたのは、藍色の空とそれを照らす月。そして――――
「今だようっっ、樹希ちゃん!」
漆黒の獣腕を構えた……黒髪の魔法少女!
「……待ち
空中で身動きが取れないウンディーネの目が恐怖に見開かれた。ようやく落下に転じようとするその巨体に、樹希ちゃんはまっすぐ突っ込んでいく。
稲妻をまとった右腕が狙うのは、巨大なウンディーネの額――――そこには囚われた静流ちゃんの身体があるのに!?
――――まさか、いや違う。最初から静流ちゃんを犠牲にするつもりなら、ぼくの動きを待ったりしない。
何か手があるんだ。彼女を信じよう!
「四方院の名に
詠唱に応じて一層まばゆい閃光が走り……直後、けたたましい轟音が大気を揺るがせる。
爆風に乗って叩きつけてくる、微塵に弾けた飛沫。ぼくがまぶしさに閉じた眼を開いた時……飛び込んできたのは、吹き飛ばされて宙を舞う静流ちゃんの姿だった。
「静流ちゃーん!!」
考えるより先に、ぼくは飛び出していた――――。
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