第46話 月代灯夜は諦めない
「――――静流ちゃん!?」
まるでハンマーで殴られたような衝撃が、ぼくを貫いていた。一瞬、ウンディーネの攻撃が当たったのかと思ったけど、違う。
これは、ぼくの中で生まれたショックだ。彼女の言葉を聞いて、ぼくが勝手に受けた衝撃なのだ。
そうだ。ぼくと彼女は友達でも何でもない。それはとっくに分かっていた事だ。けれど、自分で思っているのと直接言葉にされるのとでは、ダメージが違う。
彼女の言葉は、全てを……ぼくがここに至るまでのすべてを、否定するものだった。悪い精霊に憑依されて、酷い目に遭わされてもなお……静流ちゃんはぼくの助けを拒んだのだ。
一体どうして、それ程までに嫌われるのか。それを知りたいがためにぼくは校舎を駆け回り、しるふと契約し、魔法少女にまでなったというのに。
「……全部、無駄だったの?」
ウンディーネの拳が目前に迫って来る。避けなければ……分かっているのに、体が動かない。
避けたところで、何が変わるのか? 静流ちゃんの言葉が
ぼくが叩き落とされても……彼女は悲しんでくれるだろうか?
眼をつむって、運命に身を委ねようとした……その時。 ぼくは何者かに襟首を掴まれ、すごい勢いで引っ張られた。眼前を水の巨腕が掠め、弾けた飛沫が頬を濡らす。
「何ボーっとしてるの! 自殺願望でもあるわけ!?」
「い、樹希ちゃん……」
「“ちゃん”じゃないわよ!」
しまった。無意識にちゃん付けで呼んでしまった。案の定怒ってるし……
「わたし、あなたには逃げてって言ったわよね? 何でまだここに居るの? 突っ込んで行ったと思ったら棒立ちになって、一体何がしたいわけ!?」
ぎらぎらと燃えるような瞳が至近距離からぼくの眼を射貫く。
なんかすごく、顔が近いです……襟首を掴まれたままなので距離を開ける事もかなわず、ぼくはひたすら彼女の罵声を浴び続けるしかなかった。
「いい? 何もできないなら引っ込んでて! 素人にウロチョロされると迷惑なのよ!」
そう言いながらぼくを突き飛ばす樹希ちゃん。あっ、と思う間もなくその姿は乱舞する蝕腕の群れに飛び込んでいく。
『どうするノ、とーや?』
頭の中で響く、しるふの心配そうな声。
「……しるふは、どうして欲しい?」
ぼくが逆に問いかけると、うーん、と考え込むようなイメージが脳裏に浮かんだ。
『そーだネぇ……アタシ的には、もうアブナイ事はしてほしくないカナ~?』
やっぱり、そうだよね……静流ちゃんも樹希ちゃんも、ぼくがここに留まる事を望んでいない。操るべき風が無い以上、今のぼくは足手まといの役立たずだと。
……しるふも、そう思っているのか。
『……でも、とーやはあきらめてないんだよネ?』
「――――!」
『だったら、アタシは最後までつきあうヨ。イッシンドータイだもんネ! いつも心はいっしょだヨ!』
――――一心同体、そうか……しるふには分かっちゃうんだね。ぼくがまだ諦めていない事が。一瞬迷ったけど、樹希ちゃんの言葉に焚き付けられて……正直、ちょっぴりイラっときた事も伝わっちゃってるのかな?
「ありがとね、しるふ。ぼくなんかにここまで付き合ってくれて」
『あったりまえデショ! だってとーやは、アタシのウンメイのヒトなんだカラ!』
胸が、熱くなる。二人一緒なら、頑張れる――――これからやる事は決してうまくいくとは限らない。ただ無駄に疲れるだけに終わるかもしれない。
けれどぼくは、まだ全力を出していない。全力を出さない内から駄目だの無理だの言われるのは、やっぱりちょっと悔しいのだ。
諦めるのも絶望するのも、全部出し切った後でいい。
「それじゃあいくよ、しるふ。試してみたい事があるんだ」
『ナニナニ? すっごいヒッサツワザとか?』
「うまくいけば、ね……ただすっごく疲れるから、覚悟してね?」
そしてぼくはウンディーネに向かって……右を向くと、そのまま全速力で飛び始めた。
……今自力で出せる、最高速度――――流石に音速までは無理だけど、新幹線くらいのスピードは出ているはず。
『とーや、ウンディーネから離れてくよ? どうするノ?』
「そうだね、離れるのはここまでにしようか」
速度はそのままに、ゆっくりと方向を変えていく。ちょうどウンディーネを中心に円を描くように、水面スレスレの低空を飛び続ける。
身体の表面に浮き出た光の紋様に沿って、じわじわと身体に疲労が広がっていくのが分かる。最高速度で飛び続けるという事は、生身で全力疾走しているのと同じ。当然体力――――この場合は霊力を消耗することになる。
幸い、ぼくの霊力は体力に比べてずいぶんと多めになっているみたいで……すぐに息切れする事はない。しかし、無限じゃない以上はいつか……限界が来る。
それまでに、決めなければならない。
『……コレ、いつまで続けるノ~』
二週、三周……ひたすら全速で周回を続ける。ぼくの計算が正しければ、そろそろのはずなんだけど……
「――――視えた!」
蒼い空気の流れが、ぼくの進行方向に沿って流れているのが視える。この湖の上に存在しなかったはずの……風。
高速で飛行する事によって生まれる、わずかな空気の流れ。ぼくは同じコースをぐるぐると回り続けることで、その流れを少しずつ大きくしていたのだ。
そう――――風と呼べるくらいに、大きく。
「ここからが……本番だよっ!」
風のしっぽをつかんで、さらに加速をかける。そして同時に旋回半径を小さくしていく。風の精霊の力で極小に抑えられていた空気の抵抗が、じわじわと増していくのを感じる。
体が……重い。もうずいぶんと霊力を消費しているのだ。自分で風を起こし、その勢いでスピードを上げる――――我ながらなんとも効率の悪い手を考えたものだ。
だけど、やめるわけにはいかない。全力というのは、全て出し切ってこそ全力なのだから。
今までの努力を無にしないため、ぼくが無力でない事を証明するため。そして何より……静流ちゃんを救うため。
「いくよしるふ! 全力の……全力でいくよっ!」
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