第44話 湖岸の死闘
「四方院の名に
高く掲げた指先を振り下ろすと、天空から一条の雷光がウンディーネへと降り下る。今度は手加減は無い。
憑依された少女が水面下に隠されているのは既に確認済みだ。それはつまり、水上部分は叩き放題という事を意味する。
もうもうと立ち昇る水蒸気が奴の受けたダメージを物語る。さすがに全てとはいかないだろうが、その巨体の大部分は蒸発しただろう。
そして、浸透した電流は確実にウンディーネの中枢を捉え、致命傷を与えているはず。
『お嬢様!』
水蒸気の中から蝕腕が飛び出し、追撃を与えんが為接近したわたしに襲い掛かる。
「まだやるつもりなの!?」
獣身通・
「効いていない!? 馬鹿な!」
まるで何事もなかったように攻撃を再開する巨大ウンディーネ。その口元には
「水の塊に雷が効かないなんて……わたしは悪い夢でも見ているというの?」
『聞いた事があります……水は純度が高くなる程に電気を通しにくくなるものだと。恐らくウンディーネはその性質を利用して拆雷を
『もっとも熱による蒸発までは防げなかったようですが、どの道ここには代わりの水がいくらでもあります。奴を倒すには、中枢を直接叩かないと』
「そのくらい、言われなくたって――――」
翼を羽ばたかせ、上空へ駆け上がる。奴の蝕腕はその質量故に上方向への動きが鈍る……
「四方院の名に於いて!」
真下より迫る蝕腕をかわしつつ、全速で急降下する。狙うは巨体の中枢、最も霊力の集中している場所――――頭部だ!
「
激突の瞬間、突き出した掌から電光が迸る。落下速度をも上乗せした、雷速の一撃!
ごうん、と鳴り響く轟音と共に、ウンディーネの頭部は上半身ごとバラバラに弾け飛んだ。
「どうだっ!」
水面ギリギリで減速しつつ振り返ると、水霊の下半身――もはやただの水柱に過ぎないそれが苦悶するかの如く蠢動するのが見えた。
いかに電気を通しにくいと言っても、全く通らないわけではない。中枢部に直接鳴雷を受ければ、流石に無傷とはいかない筈。
見ているうちに水柱は再び腕を、頭を生やし巨人の姿へ戻っていく。しかしその速度は緩慢で、それは明らかに鳴雷のダメージによるものだ。
――――倒せる。鳴雷をもう一、二発叩き込めば、奴は巨体を維持できなくなる筈。水があろうと霊力があろうと、中枢を破壊されればそれまでだ。
再び上昇し、突撃する。無闇に巨大化したせいで今の奴は素早い回避など望めない身体だ。やはり下位の精霊ごときがいかに策を
「四方院の名に於いて! 響震け――――」
二撃目を打ち込む、まさに刹那。
「――――なにい!」
わたしは全力で体を
『お嬢様、あれは……』
「ええ、全く……やってくれるじゃない」
再生したウンディーネの頭部、その額から……少女の上半身が生えていた。憑依され、取り込まれた少女――シルフと契約したあの子が“静流”と呼んでいた少女が、今まさにウンディーネの中枢を守る盾に使われているのだ。
――――恐らくは、ヘリ内での会話を……わたしが静流という子を傷つけた事を謝罪していたのを、奴は聞いたのだろう。先刻と違い、彼女もろとも討たれる事は無いと……彼女が“盾”として有効であると知っていたのだ。
「卑劣極まるとは……この事だわ!」
完全に再生したウンディーネの周囲から大量の蝕腕が飛び出し、ばらばらの軌道を描いてわたしに向かって来る。今までのものより細く、その分スピードと数が増している。
流石にこれでは避けるのが精一杯だ。かと言って距離を取れば、奴はまた湖岸を荒らし回るだろう。そうなれば犠牲者が出るのは避けられない。
わたしはここに留まって、奴の注意を引き続けなくては。
「ああもう! 地の利、いや水の利が無ければこんな奴に……」
猛烈な勢いで迫り来る蝕腕を避けながら、次の一手を考える。鳴雷を当てれば、奴を倒す事は可能だ。しかしそれは同時に憑依された少女をも巻き添えにするという事だ。
……いつものわたしなら、それも選択肢の内だったろう。必要な犠牲だと、割り切っていたはずだ。
だけど、今は駄目だ。自ら非を認め、頭を下げたばかりではないか。舌の根も乾かぬ内に同じ罪を犯すなど、人として最低の行為だ。
ならば、どうするか。どうやってこの事態を収拾するべきか?
『お嬢様、このままではいずれ捕まります』
「そんな事わかっているわ! けれど、人質を巻き込まずに済む手段なんて……」
その時だ。わたしの視界を横切って、ひとつの影がウンディーネに向かい飛んでいく。蝕腕の間を器用にすり抜けて巨体に肉迫するのは……紛れも無く、あの美しい少女。
四枚の
その名は確か……“灯夜”!
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