第42話 魔法少女、再び

「し、静流ちゃーん!」


「あいつ! 血迷ったか――――」


 バランスを崩しぐらぐらと揺れる機内を這いながら、ぼくと樹希ちゃんは静流ちゃんが消えたドアの外をのぞき込んだ。

 眼下に広がるのは……一面の真っ黒い水面。今ぼく達が飛んでいるのは、広大な湖の上空だったのだ。


「くっ、そういう事か……」


 底知れぬ深い闇の中、今や豆粒ほどの大きさになった静流ちゃんが吸い込まれるように落ちていく。そして激突の瞬間、水面がぽっかりと穴を開け彼女を飲み込んだ。

 水しぶきひとつ上げる事もなく穴はぴったりと塞がり、湖は再び何事もなかったように静まり返る。


「静流ちゃんはどうなったの!」


「無事、ではいるでしょうね……折角憑依したんですもの。無駄に損なうことはしない筈……それより」


 がたがた揺れ続けるだけではおさまらず、何か無重力状態のような浮遊感までかもし出し始めた機内で器用にバランスを取りながら、


「今は……こっちが無事じゃないわ!」


 そう言い放って、操縦席の方へ転がり込む樹希ちゃん。


「早く安定させなさい!」


「そ、そうしたいのはやまやまなんですが……」


 操縦席のメイドさん――――操縦してたのもメイドさんだったんだ――――は申し訳なさそうに計器盤を指差す。そこは何か鋭いもので引っかかれたような傷が縦横に走り、計器の多くがめちゃくちゃに引き裂かれていた。


「ウンディーネの奴……念の入った真似を――――」


「流石にカンだけで立て直すのはちょっと難しいかもです~」


 という事はつまり、このヘリは墜落確定ってこと!?


 やばい! こうしている内にもどんどん高度が下がっていく。

この高さから落ちれば下が水面といえど相当な衝撃を受けるはず。そう、少なくともヘリが乗員ごとバラバラになるくらいの……


 冗談じゃないよっ! 生まれて初めて乗ったヘリコプターで即墜落なんてあんまりだ……

 いやいや、今のぼくとしるふなら風を操ってなんとかできるんじゃなかろうか? よし、思い立ったら実行あるのみだ。


「ぼくが外に出て、機体を支えます!」


「なんですって!? あなた、精霊の力を使うのがどういう事か分かって――――」


 掴みかかるような勢いでまくし立てる樹希ちゃんに対して、


「お嬢様、ここはお任せしましょう。ここは空の上。風を操る力は有効です」


 そう言って、こちらにウインクして見せる雷華さん。本当に話のわかるいい人だ……


「それじゃあいくよ、しるふ!」


「えっあっ、ちょ、とーやぁ~」


 ぼくはしるふのちっちゃな手をつかむと、開け放たれたままのドアから飛び出した。冷たい夜の空気が頬を打つ。ヘリの高度は思っていたより低い……早くなんとかしないと。


「しるふ! 変身だよっ……て、どうしたの!? 手、痛かった?」


 なんだかむすっとして不満気な表情のしるふ。空中ではぐれたらいけないと思って手をつかんだのだけれど、それがいけなかったのだろうか?


「……とーや、変身の前にするコトあるでしょ!」


「え……何かあるの? また儀式とか!?」


 今から儀式してたら間違いなく転落死だよ! ぼくはてっきり、二回目以降はすぐに変身できるものだと思って……


「そうじゃなくてサ! その、あるじゃん…………ポーズとか」


「へ?」


「変身するんだヨ? カッコいいポーズとかフツーあるでしょ!」


 ――――いやいやいや、今落ちてる最中なのわかってますかしるふさん!


「今ちょっと時間ないから! ほら、ヘリも危ないし!」


 えー、と言ってごねるしるふ。まったく、変なところにこだわるんだから……


「ポーズは次までに考えておくから、今回は我慢して!」


「ちぇ、しょうがないナ~」


 握ったままの手から、力が流れ込んでくる……初めて変身した時と同じ感覚。


「それじゃあレッツ、変身~!」


 しるふの掛け声と共に、緑色の光と風がぼく達を包み込む。時間にして一秒あるかないかの間に、ぼくは再び魔法少女の姿に変身していた。


 ――――いや、厳密には少女じゃないんだけど……今はそんな事を考えているヒマはない。


 ほとんど水面ギリギリのところから反転、急上昇する。操縦担当のメイドさんが頑張ってくれているのか、幸いヘリはまだ上空だ。


「あれ、これは……まずいかも」


 まるで暴れ馬のように不規則な軌道を描きながらじわじわ高度を下げていくヘリコプター。そのローターが巻き起こす乱気流のせいで、うまく風がつかめないのだ。


 もう墜落まで時間がない。こうなったら……


 ぼくはヘリの下面に回り込むと、落ちてくる機体を両手で受け止めた。

ずしり、と両腕にのしかかる重み。これを腕力だけで支えるのは到底無理な話だ。けれど、今のぼくには魔法の力がある。


「止まれぇーー!」


 周囲の空気に念を送り、逆噴射のようにヘリを押し上げる。ぼくの周囲直径二メートルの範囲なら、風の力を借りなくても空気の流れを自在に操れるのだ。

 もっとも、それには自分自身の霊力を使うから……このような力仕事ではそれなりに消耗するはずだ。けれど、躊躇ちゅうちょしてはいられない。


 水面がすぐそばに迫ってくる。ぼくはもう一度全力で念じた。落下を止めるまではいかなくても、安全な速度まで減速できれば――――


 湖に穴を穿うがつ程の突風を受け、ヘリはじわじわと速度を緩めていく。よし、これなら軟着陸できる……

 と思った次の瞬間には、ぼくは水中に没していた――――そうだよね。ヘリを下から支えていたら、当然着水時は水の中だ。そして水の中では……風の魔法は使えない。



 結局、変身した樹希ちゃんに引き上げてもらうまで、ぼくはたっぷり湖の水を飲むハメになった。


 そう――――残念なことに、月代灯夜はカナヅチだったのである……

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