第41話 旅の終わり、そして……

「ところでお嬢様、自己紹介の前にひとつ、済ませておくべき事があります」


「な、なによ。この上まだ何かあるっていうの?」


 メイドさんの言葉に気勢をそがれた少女が抗議の声をあげる。


「ありますよ。重要な事が」


 少女の不機嫌な視線を当たり前のように無視しながら、言葉を続けるメイドさん。


「……謝罪ですよ。お嬢様」


 それを聞くなり、少女はテーブルに腕を叩き付けた。


「謝罪ですって!? 雷華、あなたまでわたしを悪者扱いするっていうの!」


「お嬢様、私達は確かに最善の選択をしたかもしれません。しかし、それによって犠牲者を出したのも事実です」


 激昂した少女を前に、彼女はさらに続ける。


「幸い、ここには謝罪すべき相手が居るのですから……謝っておくのが正道かと」


 メイドさんはそう言いながら……ぼくの方にウインクして見せる。どうやら彼女は彼女なりに、この状況を丸く治めようとしているのだ。

 そういう事なら……


「……謝ってくれるなら、許します。 知っている事も話します」


 少女の怒りのこもった視線に晒されながら、なんとかそこまで言い終えた。そう、静流ちゃんを巻き込んだ事を過ちだと認めてくれるなら……認めて、頭を下げてくれるのなら。


 今後の静流ちゃんの容態にもよるけど、とりあえずこの場は許してもいい。ここでこれ以上、罪を追求したりはしない。ぼくだって鬼じゃないのだ。


 それに何より、この感情豊かで少し?怒りっぽい女の子を……恨まずに済む。


「わ、わたしは何も、悪い事なんて……」


 今や孤立無援になりつつも、かたくなに謝罪を拒む少女。ちょっぴり涙目になっているのが可愛い……じゃなくて、少し可哀想かも。


「でしたらお嬢様、自分が同じ状況に置かれたと考えてみて下さい。お嬢様のご学友があやかし諸共薙ぎ払われたとしたら、どうなさります?」


「勿論、許さないわ。そんな事をする奴は地獄の果てまで追い詰めて八つ裂きにするわね」


 やれやれ……とでもいうように息を吐くと、メイドさんは腰をかがめて少女の顔を覗き込んだ。


「……つまり、そういう事ですよ。この方は今もお嬢様を八つ裂きにしたい気持ちを抑えておられるのです」


 早く謝ったほうがいいですよ、と言いながら体を起こしたメイドさんに恨めしい視線を浴びせつつも、少女は観念したように目を閉じて……


「くっ………………御免、なさい」


 ぼそりと呟くと、かくんとこうべを垂れた。


 謝ってくれた……ぼくは内心、ほっと胸をなで下ろした。これでもう、彼女と争う理由はない。



「――――さぁ、みそぎも済ませた事だし、状況を前に進めるわよ」


 少女はキッカリ十秒頭を下げた後勢いよくふんぞり返ると、再びぼくを睨み付ける。

 けれどその瞳に先程のような怒りの色は無く……代わりに気恥ずかしさやばつの悪さといった成分が見え隠れしている。なんか可愛いかも。


「わたしは四方院樹希しほういんいつき。知っての通り、妖を討つ事を生業なりわいとする者よ」


 言いながら姿勢を正し、腕と脚を組んで目線までびしっ、と決める少女……うん、凄くカッコイイ。先程涙目で狼狽していた姿からは想像できないカッコ良さだ。


「そして、こっちが雷華。わたしのパートナーで、こう見えても高位の妖よ。ぬえ、と言って分かるかしら?」


 鵺……たしか日本の妖怪の名前だ。原典とか詳しい事までは知らないけど、ゲームでは何度か目にした事がある。雷の呪文を使ってくる強敵だったはず。


「まぁ少なくとも、そっちのシルフよりは遥かに格上よ」


 隣でしるふがぶーぶーと抗議の声を上げてるけど、確かに格でいえばこっちが下だろう。RPGなんかでもシルフの方が強い、なんてのはレアなケースだし。


「もっとも最近は、こうしてお嬢様のメイドをしている時間の方が長いのですけど」


 そう言って穏やかに微笑む雷華さん。彼女がメイドとしても超優秀なのは間違いない。



「……さて、と」


 黒髪の少女改め、樹希ちゃん――いや、多分ちゃん付けで呼んだら怒るので樹希さん、としておこう――は、わざとらしく脚を組みなおすと、


「今度はあなたの番よ。“とーや”さん?」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。


「とりあえず本名と住所、それからシルフと契約した経緯について詳しく聞きたいわね……あと、そっちで寝ているお友達の事も説明があると嬉しいわ」


 やっと自分のターンが回って来たとばかりに、矢継ぎ早に注文を付ける樹希ちゃ……さん。

 約束した事だし、どのみち話すつもりではいたのだけれど。


「ぼくは……灯夜。 月代灯……」


 ――――じっと見つめられたままだと、緊張するなぁ……なんて吞気のんきに思いながら、自分の名前を名乗ろうとした時。


 操縦席の方で短い悲鳴がしたのと同時に、突然ぐらりと世界が傾いた。テーブルの上に乗っていた紅茶のカップがコースターごと滑り落ち、かしゃんと音を立てて砕ける。

 今までほとんど揺れを感じさせず飛行を続けていたヘリの機体が、急に不安定になるなんて……


「ちょっと! 何やって……」


 ヘリの操縦席に向かって悪態をつこうとした樹希ちゃん……その表情が瞬時に厳しいものへと変わる。


「……お早いお目覚めだこと。どうやら少し手加減し過ぎたようね」


 彼女の視線の先には、仮設ベッドから身を起こした静流ちゃんがいた。その体を固定していた筈のベルトはすでに無く、そばの支柱にぶらさがっていた点滴の袋が破れて水滴がしたたっていた。


「静流ちゃん!」


 ぼくの呼びかけに応えてか否か。静流ちゃんが腕を振り上げると、その背後から何かが凄い速さで飛び出してきた。


「――――いけない!」


 ぼくが反応するより早く、滑り込んできた雷華さんが手刀でそれを弾き飛ばす。

 軌道の変わったそれ……何か透明な、液体の塊はぼくの横の椅子に当たってぱん、と破裂した。

 恐る恐るそちらを見てみると、革張りの背もたれがばっくりと大きく裂けている。


「お怪我はありませんか?」


 心配そうにこちらをうかがう雷華さん。彼女の機転がなければ、ぼくは大ケガをしていたことだろう……っていうか、それを素手で弾き飛ばすあたりは流石、大妖怪といったところか。


「あなた何を……待ちなさい!」


 樹希ちゃんが叫ぶ。見れば立ち上がった静流ちゃんがヘリのドアに手を掛けているではないか。


 まさか、と思う間もなくドアは開け放たれ、機内の空気が一気に流れ出す。


「うわぁっ」


 慌てて椅子にしがみついたぼくの目の前で、静流ちゃんは漆黒の空へとその身を躍らせていた。

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