第40話 憂鬱なる空の旅、2

 ――――魔法少女。


 どんなピンチにも必ず現れ助けてくれる、正義のスーパーヒロイン。


 その存在を現実に目の当たりにしたとき、ぼくは彼女がアニメや漫画のそれと同じ、正義の味方だと信じてしまった。


 サラマンダーの槍から病院を守ってくれた時は、本当に嬉しかった。魔法少女は本当にいたんだと。世のため人のために戦う正義のヒロインは実在したんだと。


 けれど現実の魔法少女は、正義を守るために……手段を選ばなかった。



 今ぼくの目の前にいるのは、白い学生服を着た長い黒髪の少女。変身を解いた姿は思ったより小柄で、歳もぼくと同じくらいだ。


 そして、美人だ。艶やかな黒髪と、それに映えるくっきりと整った目鼻立ちは、今までぼくが出会った女性の中でもトップクラスの美観を誇る。


 ……まぁ、こちらを睨む三白眼のような目つきが全てを台無しにしているわけだけど。


「――――成程。あなたのお友達を傷つけたわたしは、正義の味方じゃ無いって事ね」


 そう言って怒りを露にする彼女。今までも終始不機嫌な様子だったけど、ぼくの言葉でついに沸点を越えたようだ。


「じゃあ、どうすれば良かったっていうの! 可哀想だから見逃せとでも言うつもり? そもそも、あなたはどうするつもりだった訳?」


 確かに、あの時のぼくは行き詰っていた。そしてその隙をウンディーネに突かれてしまったのだ。


「契約したばかりの素人にどうこうできる問題じゃないし、どうこう言える資格もないの。わかる?」


 座席の上で精一杯ふんぞり返ってこちらを見下ろす黒髪の少女。

ぼくには分かってしまった……彼女は、自分の正しさを証明したいのだ。その為には、彼女に異を唱える存在を言い負かす必要がある。

 ――――すなわち、このぼくを。


「……それでも、静流ちゃんは悪くない。静流ちゃんは、何も知らないままアイツに捕まったんだ。それなのに」


 いつものぼくなら、適当に謝ってそれで済ませていたかもしれない。自分が頭を下げて、それで丸く治まるならそうしただろう。


「何の罪もない人を巻き込んで、それを正しいと言い張るような人が、正義の味方のワケがない! 少なくとも、ぼくは認めない!」


 けれどぼくが謝ったら、彼女の正義を肯定したことになる。静流ちゃんを傷つけた行為を認めることになる。そんな事、ぼくにはできない。静流ちゃんが怒れない分まで、今はぼくが怒らなくちゃいけないんだ。


「あなたねぇ! そんな綺麗事だけで一体、何が守れるって――――」


 彼女が顔を真っ赤にして立ち上がった、丁度その時だ。


「はいはい、二人ともそこまでにしておきましょうね」


 ふんわりとかぐわしい紅茶の香りと共に、メイド服の女性がぼくと黒髪の少女の間に割って入った。


「――――雷華! 今大事な話をしているの。邪魔をしないで頂戴!」


「そうはおっしゃりますがお嬢様、その様な剣幕で迫られてはお客人が困られます」


 慣れた様子で少女をあしらいながら、雷華と呼ばれた女性は座席の間のテーブルに湯気を上げるカップをことり、と置いた。


 先程黒髪の魔法少女が変身を解いた時、そばに現れた女性……おそらくはぼくにとってのしるふの様に、黒髪の少女と契約した人外の存在なのだろう。


 ……メイドの精霊、なんてものが居るのかどうかは分からないけど。


「さあ、冷めないうちにどうぞ」


「あ……ど、どうも」


 差し出された紅茶をつい、普通に受け取ってしまった。魔法少女がぼく達と敵対する存在だとすれば、この女性も敵側という事になる。いくら見た目、香り共に美味しそうな紅茶であっても、一服盛られていない保証はどこにも……


 などという考えは、ぼくを見つめるにこやかな微笑みの前にあっさりと崩れ去ってしまった。こんな優し気な笑顔を見せる人が悪人のはずがない。もし間違っていたとしたら、その時は毒でもなんでも潔く飲み干そうではないか。


「……あれ、お、美味しい!」


 ほんの一口、口に含んだだけで広がる芳香と味わい。思わず声が出てしまうほどに、その紅茶は美味しかった。砂糖の量もぼくの好みにぴったり合わせてあって、これが偶然じゃないとしたら……この人、プロ級の腕前なんじゃないだろうか。


「うふふ、ありがとうございます。さあ、お嬢様も」


 メイドの女性は嬉しそうに微笑むと、もう一つのカップを少女に勧めた。


「……確かに、あなたの紅茶は絶品だけど、それで誤魔化されたりはしないわよ」


 琥珀色の液体をずずずとすすりつつも、少女は険しい表情を崩さない。


「なにも誤魔化すつもりは有りません。ただ、物には順序があるという事です」


「順序?」


 少女が思いっきり怪訝そうな顔で聞き返す……彼女は内心がストレートに顔に出るタイプなのだろう。まぁその所為でぼくは、不機嫌そのものの顔とこうして向き合い続けているわけだけど。


「そうです。私達はまだお互いに自己紹介すらしていないではありませんか」


「それは……まぁそうかもしれないけど、欲しいのはそっちの情報で、わたし達の事を教える必要はどこにも……」


「――――お嬢様」


 メイドの女性の唇から一段トーンの低い音が紡がれると、少女はこわばった表情で口をつぐんだ。


「私達は何も、やましい事をしている訳ではありません。交渉するにあたって最低限必要な情報は開示するべきかと。精霊と契約してしまった以上、この方はもうこちら側の人間なのですから」


「わ、分かっているわそのくらい……」


 あからさまに狼狽する少女。この二人、メイドと主人というよりは家庭教師と生徒みたいな関係なのかもしれない。


「……いいわ。するわよ自己紹介! ただし」


 少女は弱気を振り払うように勢いよくこちらに向き直ると、


「わたしが言ったら、あなたも言うのよ。だんまりは許さないんだから!」


 びしっ、と指を突き付けて言い放つ――――本人は冷静に決めているつもりなんだろうけど、額に浮いた冷や汗と落ち着かなげに揺れる瞳は隠せない。



 ……最初の印象とは違って彼女、案外憎めないタイプかも。


 もしかしたら敵対するかもしれない相手に対してこんな事を考えてしまうなんて、つくづくぼくは争い事に向いてないんだな……

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