第38話 決着は一閃のもとに

 意外なことに、と言うとちょっとアレだけど……ぼくとしるふは、初めての戦闘をおおむね優勢に展開していた。


 ――――正直な話、プールサイドに立つずぶ濡れの静流ちゃんを見た時は心臓が止まりそうになったけど、ね。


『すごいよとーや! 風にあんな使い方があったなんて、アタシ初めて知ったヨ!』


「いや、漫画とかでやってた技を真似してみただけだから。まぁ、うまくいって良かったよ」


 本当に、うまくいっている……しるふと契約してからまだ十分程度だというのに、ぼくはその力を自分のもののように使いこなしていた。


 契約による一心同体。しるふの力は今、ぼく自身の力に等しいとは言え……結構難しい操作まですんなりとこなせるようになった事に、自分自身驚いている。


『最初逃げ回っていた時は、もうダメかと思ったけどネ!』


 あれは自分の機動力を試すためと、障壁を作る用の空気を圧縮する時間を稼ぐため……だったんだけどね。一応説明はしたんだけど、しるふには難しい話だったみたいで……右から左に聞き流されてしまったようだ。


「問題はここからだよ。静流ちゃんに取り憑いた精霊を、どうやって引き剝がせばいいか。とりあえずこっちとの力の差は見せつけたし、おとなしく降参してくれればいいんだけど……」


『アレ? でもウンディーネはまだヤル気みたいだヨ。』


 見ればプールサイドで怒りをあらわにする静流ちゃん……いや、静流ちゃんに憑依したウンディーネは、再び攻撃のための蝕腕を生み出そうとしている。


「大丈夫。手はすでに――――打ってあるから」


 攻撃態勢に入ろうとしたウンディーネの表情が、不意に歪んだ。懐疑から……驚愕へ。

 水の精霊はその時になって気付いたのだ。自らの拠り所であったプールの水位が、すでに半分を切っている事に。


 驚愕の顔のまま背後を振り返るウンディーネ。そこには異変の原因があった。プールの隅で水面が渦を巻き、今も水を吸い込み続けているのだ。


 先程放った圧縮空気の刃。それは極大の水柱を両断した後、そのまま直進し……狙いあやまたずプールの排水口に直撃していた。これこそが、ぼくの狙い。


 ウンディーネにとって自らの身体であり武器である水。ならばそれを失ってしまえば、戦力の天秤は逆転する。


 相手が人外の存在だろうと、勝ち目の無い戦いを続けたりはしない。ぼくの予想が正しければ、これでこの戦闘状態は終結するはず……


『それでとーや、どうやってウンディーネを引き剝がすつもりナノ?』


「えっと……ここは話し合いで解決できないかなーって」


『いやいやムリでしょ! アイツ、すっごい顔でこっち睨んでるし……』


 確かに、こちらをうかがう静流ちゃん……に憑依したウンディーネの表情は、憎しみのあまり煮えたぎるようだ。困った……いつまでも彼女にこんな表情をさせておく訳にはいかないのに。


「しるふは何か知らないの? 契約解除の方法とかさ」


『ゴメン無理~。一度契約したら解除とかできないんだヨ~』


 ああ、そういえばそう言ってたっけ……でも、それならどうやって静流ちゃんを助け出したらいいんだ?


 ぼくが思わず頭を抱えた、その瞬間だった。


『とーや、危ない!』


 残った水をかき集めて放ったウンディーネの蝕腕が、目の前まで迫っていた!



「うわっ!」


 慌てて防御姿勢を取ろうとするぼくのほんの目と鼻の先で、蝕腕はぱぁん、と音を立てて弾けた。周囲一帯に水しぶきが舞い散り、水煙が視界を奪う。


『――アイツ! 逃げるヨ!』


 しるふの叫びに目を凝らすと、水煙の向こうできびすを返す静流ちゃんの姿。


「やばいっ!」


 ここで逃げられてしまったら今までの苦労が、文字通り水の泡だ。全力で追跡するため、ぼくが風に念を送ろうとした、その刹那。


 ――――まばゆい一条の雷光が、ウンディーネと……静流ちゃんを貫いた。


 それはあまりにも突然で……唐突に過ぎた。啞然とするぼくとしるふの前で、白煙を立ち昇らせながらくずおれる静流ちゃん。


「なりゆきを見守るつもりだったけど、逃がしたら元も子も無いわ」


 どこかで聞き覚えのある声が、冷たく響く。


 出入口ドアの上部に設けられた貯水タンク。彼女はその上に立ち、ぼく達を見下ろしていた。


 ……紅白の巫女服のようなコスチュームに身を包んだ、長い黒髪の少女。見間違えようもない。彼女は、昨夜ぼく達が病院で見た――――


「こんにちわ、風の精霊シルフ。と、そいつにたぶらかされたお馬鹿さん」


「魔法……少女……」


 冷ややかにたたずむその姿からは、昨夜は感じ取れなかった強い力のオーラがみなぎっていた。これが“霊力”だとしたら、その力はぼく達やウンディーネをはるかに上回っている事になる。


「魔法少女、ね……そう呼ばれるのは正直、心外なのだけど」


 彼女は貯水タンクからひらりと舞い降りると――羽毛のように、まったくの無音で――倒れ伏している静流ちゃんに歩み寄る。


「ちょ、何を……」


「何って、このままにしておく訳にはいかないでしょ」


 魔法少女はそのまま静流ちゃんを抱え上げた。小柄な身体からは考えられない程軽々と。


「あなた達にも来てもらうわよ……嫌だって言うなら、もう一戦してもらう事になるけど?」


 彼女の言葉と同時に、爆音を伴った激しい風が屋上を襲う。

校舎の陰から突如として現れた中型のヘリコプター……その胴体のドアががばっと開いて、中から縄梯子が投げ降ろされた。


「まさかお友達を置いて、逃げたりはしないわよね?」


 縄梯子に足をかけながら、魔法少女は冷酷に言い放つ。


 ぼく達に選択肢は……無かった。

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