第22話 焔の魔槍

 ――――永遠に続くように見えた攻防にも、やがて終わりの時は来る。


 サラマンダーは回避に徹しているとはいえ、すべての攻撃を避け切れてはいない。時間が経つにつれ傷は増え、体力も失っていく。

 それに対して、奴の炎弾はわたしに大したダメージを与える事ができない。見た目こそ派手だが、所詮は下級精霊の攻撃だ。

 威力の大半はこちらの霊的防御に阻まれて通らない……距離を詰める邪魔はできても、結局時間稼ぎ以上にはなり得ないのだから。


 奴の方も、それは承知の上だろう。承知の上で、消耗戦を仕掛けたのだ。いかに強くとも、相手は子供。すぐに息切れするとでも考えていたのだろうか。


 だとしたら、とんだ見込み違いだ。生身ならいざ知らず、霊装したわたしには雷華の――霊獣・ぬえの能力が上乗せされているのだ。

 体力だって見た目からは推し量れない領域に達している。サラマンダー如きに遅れを取る筈も無い。


 己の体力の限界を前にして、奴もようやくそれを悟ったのだろう。大きく間合いを離すも、炎弾は放たない。その代わりに両手を頭の上に掲げ、理解不能な言語で何かを叫ぶ。


 当然、それは降伏の意思表示などでは無い。サラマンダーの周囲で燃え盛っていた炎が奴の頭上に吸い込まれ、巨大な火球へと姿を変える。

 それだけでは無い。中庭全体に広がっていた火が急激に勢いを失い、それと反比例するように火球の熱量が増大していく。


『火の霊力を集めていますね……ひと博打打つつもりですよ』


 雷華の言う通りだ。やがて火球は一本の棒状に集束し……それを握ったサラマンダーの手の中で、長大な槍へと変わる。


 ――――ほのおの魔槍。サラマンダーは多くの伝承において、蜥蜴そのもの、もしくは人型の爬虫類のような姿で描かれる事が多い。

 そして後者の場合、好んで携える武器が……槍だ。己の全霊力を練り込んだ魔槍の精製こそが、サラマンダーの持ちうる最大の術式。言わば切り札なのだ。


『距離を詰めましょう、お嬢様。奴は両腕を痛めています。いかに武器が良くても懐に入ればこちらに分が……お嬢様?』


 言われなくても分かる。あの槍は厄介な武器ではあるが、それを振るうサラマンダー自身はすでに疲弊している。

 全霊力を槍の精製に費やした今では、おそらく牽制の炎弾すら放てないだろう。 このまま近づいて接近戦を続ければ、不利になるのはむしろ奴の方だ。


 だからわたしは、足を止めた。


『お嬢様!この距離は駄目です!この間合いでは、奴は――』


投擲なげてくるでしょうね」


 サラマンダーとの距離はおよそ四十メートル強。中庭のほぼ端から端だ。ひと息で近づくにはやや遠い。奴が投擲モーションに入れば、ここからでは止めるすべが無いだろう。


 だからこそ、である。敵の望んだ状況で、現状での最善手であり最後の切り札である全力の投擲をあえて誘う。


 ――そして、それを完璧に防ぐ。力の差を見せつけるのにはまさにうってつけだ。

 全力を以てしてなお、足元にも及ばない。それを思い知らされた時、奴はどんな表情かおをするだろうか。


「味合わせてあげるわ……わたしを敵に回した者がどう後悔し、どう絶望するのかを!」


 わたしは仁王立ちのまま、挑発的な視線を奴の両眼に突き刺した。


 ぐおおお、と耳障りな唸り声を上げ、サラマンダーが槍を振りかぶる。

奴の全霊力を集束した魔槍。それを一度の投擲で全開放したなら……その威力は俗に言う対戦車ミサイルのそれに匹敵するだろう。

 下級精霊とはいえ最も攻撃性の高いサラマンダーの最大術式である。術者といえど、無傷で凌げるものではない。


 だが、四方院わたしは違う。奴の魔槍など軽く防ぎ切るだけの防御術式が――四方院には、存在るのだ。


 ――――投擲なげてこい。それで、お前は詰みよ――――


 弓を引き絞るようにその身を反らせ、全身の力を魔槍やりへと込めるサラマンダー……来る。投擲が来る。

 防御の祝詞を唇に浮かべ、わたしはその瞬間を待つ。


 ――にやり。


 奴が……笑った。唇の端を醜く歪ませた、不愉快極まる表情。まるで己の勝利を確信したかのように、奴は嘲笑わらっていた。


『――いけません! お嬢様!』


 叫ぶような雷華の思念。わたしがその意味に気付いたのは、奴が行動を起こしてからのことだった。


 限界まで引き絞った体を更に捻り、サラマンダーは槍を投げ放った……わたしにではなく、真横の建物に向けて。


仕舞しまった!」


 ……無関係な建物への攻撃。その可能性を考えなかった訳ではない。

だが、奴が地上に出てから一貫してわたしのみを攻撃対象としていた事と、その戦闘が長引きすぎた事。

 そして何より、己の最大術式を……囮に使うという発想。


 それがわたしの思考の盲点を突いた。完全に、裏をかかれたのだ……


「四方院の名にいて! 阻害はばめ、“土雷”つちみかづち!」


 叫びながら、掌を地面に叩き付ける。大地に宿る雷気が激しく火花を散らしながら、建物へ向けて走る。

 土雷もまた四方院が誇る八雷やつみかずちのひとつ。強力な磁場障壁を生み出す護りの術だ。

 本来なら術者の目の前で展開するのが普通だが、視界内であれば任意の場所に出す事ももちろん可能である。


 そして術を発動したわたしの視界の端で、サラマンダーがその身を翻した。ここぞとばかりに、背を向けて一目散に逃げ出したのだ。


 ――――なんと、卑劣なあやかしか。

敵わぬまでも、全力で向かって来る相手ならば尊敬もする。

 だが奴は……恥知らずにも無関係な者を巻き添えにして、その隙に逃げようというのだ。


 愚かにも、わたしは失念していた。これは術者同士の決闘ではない。わたしの敵は獣のごとく低俗な、ただの妖風情だという事を……

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