第20話 炎と雷

 サラマンダー。それは四大精霊のひとつ、火を司る精霊の名前だ。


 その姿は登場するゲームやラノベによってまちまちだけど、火蜥蜴の異名を持つだけあって爬虫類っぽく描かれる事が多い。


 けれど今この場に現れたそれは……炎のように紅く逆立った髪をもつ、浅黒い肌の女性の姿をしていた。

 人間と大きく違うのは、その腰から生えた尻尾……光の反射でわかりづらいけど、おそらく髪と同じ紅色の鱗で覆われた太い尻尾と、まるで衣服の代わりであるかのようにその身にまとった……炎。

 成程、火の精霊だから炎で傷つくことはないのだろう。


『とーや、隠れて!』


 しるふがいつになく緊迫した様子で叫ぶ。


『ここじゃ丸見えだよ! 見つかったら燃やされちゃうよ!』


 確かに。中庭の木々に喜々として火をかけるような精霊だ。見つかれば恐らく……ろくな事にはならない。


 とりあえず三階の窓から建物の屋上へ移動しよう。外壁からフェンスを乗り越え、冷たいコンクリートの上に伏せる。

 仮契約で身軽になっているのが幸いし、ほぼ無音で隠れることができた。サラマンダーもまだこちらの存在に気付いてないだろう。


 恐る恐る中庭を覗くと、サラマンダーはさっきと同じ場所に居座ったまま、じっと一点を……自分が出てきた小屋のほうを見つめている。


 そこら中で火の手が上がる中、ひと際激しく燃え盛る小屋。その既にドアも無い出入り口のあたりで、何かが動いたように見えた……その瞬間。


 サラマンダーは大きく両手を振りかぶると、まるでオーケストラの指揮者のように体の前で交差させた。それと同時に、赤々と燃える周囲の木々から一斉に火焔のつぶてが放たれる。


 あっ、と思う間もなく、無数の炎弾が小屋に殺到する。すでに崩れかけていた小屋は轟音と共に、文字通り弾け飛んだ。

 ばらばらと瓦礫が降り注ぐ中、サラマンダーの哄笑が――吹きあがる熱気の中でなお、背筋が凍るような不気味な嬌声が響き渡る。


 ――――けれど、ぼくは見た。小屋が炎弾に砕かれる刹那、飛び出した影を。月が白く輝く空に、踊るように舞い上がる少女の影を。


 星が流れるかのような、長くつややかな黒髪。小柄なその身を包むミニスカートの巫女装束は、大胆にアレンジされながらもその清廉さを失ってはいない。


 そのシルエットを目にした瞬間、ぼくは確信した……今朝ちかちゃんに見せてもらった動画、そこに映っていた影の正体が今、目の前にいる。


「魔法……少女!!」


 ぼくが思わず口に出してしまうのと、少女が高らかに何かの呪文を唱えたは同時だった。

 少女の指先に生まれた電光が、眼下のサラマンダー目がけて稲妻のように真っ直ぐに落ちた。閃光が弾け、爆発が土砂を巻き上げる。

 それに一瞬遅れて、ごろごろという空気の唸りが耳に飛び込んできた。


 ――――稲妻のように、ではない。文字通りの稲妻そのもの。

もはや疑う余地もない。これは……魔法だ。魔法少女が魔法を使ったのだ!


 ぼくは、自分が奇跡の瞬間に立ち会っていることに興奮すると同時に……この場に携帯を持ってこなかった事を死ぬほど後悔していた。

 ……屋根でジャンプする時落としそうだったので置いてきたのだ。ここで写真のひとつも撮れれば明日学校でヒーロー間違い無しだったのに……


『とーや! とーやってば!』


 しるふの声にふと我に返ると、土煙の中からサラマンダーが転がり出るのが見えた。どうやらギリギリの所で直撃を避けたらしい。中庭に降り立った魔法少女がそれを追って駆ける。


『もう帰ろ? サラマンダーもヤバイけど、あのマホーショージョ?ってヤツはもっとヤバイよ! 見つかったらアタシ達もやっつけられちゃうよ!』


 「え、いや、いくらなんでもやっつけられは……」と言いながらも考えてみる……今も眼下では魔法少女がサラマンダーと激しく争っている。


 両者が敵対関係にあるのはもはや明らかで、そうなれば同じ精霊であるシルフのしるふ(ややこしいな)が魔法少女に狙われる可能性は十分にある。

 ……そのしるふと仮契約しているぼくも無事では済まない、かもしれない。


 見ている限り、魔法少女の猛攻にサラマンダーは防戦一方だ。いずれ遠からず決着がつくだろう……魔法少女の勝利という形で。

 そうしたら、次はぼく達の番……というのも、ありえない話ではない気がしてきた。


『ね、早く帰ろ! ここにいちゃアブナイよ!』


 ここにいちゃ危ない。その言葉に、ぼくは背筋に冷水を浴びせられたような気持ちになった。


 そうだ。ここは危ない。魔法少女を見た興奮で忘れそうになっていたけど、サラマンダーによってまき散らされた火は立ち木を伝って燃え広がり、ぼく達のいるこの建物にまで近づいている。

 このままでは燃え移るのも時間の問題……おそらくは魔法少女とサラマンダーの戦いが決着するよりも、早く。


 もう一刻の猶予もない。だから、ぼくは――――


「ごめん、まだ帰れない」


 えっ、と驚くしるふの思念を感じつつ、続ける。


「このままじゃこの建物まで燃えちゃうよ……ぼく達で止めないと!」


 炎のまぶしさで気が付かなかったけど……こんな事態に陥ってなお、病院の建物には明かりが灯る気配がない。それどころか、点いていたはずの照明さえ消えているのだ。


 冷静に考えてみれば、この状況で警報が鳴らないのもおかしい……もしかしたら、建物の電気設備そのものに異常が生じているのかも? さっき吹き飛んだ小屋がそれ関係の設備だったのだとしたら、事態は深刻だ。


 こんな時間だから、ここの人達はほとんど眠っている……警報が鳴らなくても何人かは起きていると思うし、守衛の人だっているはずだ。けれど、これでは迅速に避難するのは難しい。

 それにこんな山奥では消防車がいつ来るかもわからない。まさに絶望的である。


 ――――あの魔法少女なら、こんな状況をなんとかする力を持っているかもしれない。けれど彼女はサラマンダーとの戦いで手一杯だ。

 それに、仮にサラマンダーを倒したとしてもその後、ぼく達に力を貸してくれる保障はない……考えたくはないけど、ついでとばかりにやっつけられてしまう可能性だってあるのだ。


 だから、これはぼく達でやらなきゃいけない。仮契約の限られた力でどこまで出来るかはわからないけど、やらなきゃならない。

 ここには、避難したくても動けない人だっているのだ……ぼくのお母さんのように。


「この病院を……中にいる人達を守らなきゃ。しるふ、力を貸して!」


 それができるのは……できる可能性を持っているのは今、ぼく達だけなんだから。

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