第18話 契約カッコカリ?

 ――――風が、吹き抜けてゆく。


 見上げれば、雲ひとつない漆黒の星空。見下ろせば、夜の街を彩る家々の灯り。


「うわ、すごいね……これ」


『でしょ? アタシもずいぶん飛んできたけど、やっぱり空ってサイコー!』


 三月も下旬に入り春の訪れも近いとはいえ、深夜の気温はまだまだ低い。

けれど、不思議とそれ程寒さを感じないのは……しるふが言っていた、身体の表面を覆った薄い空気の壁のお陰なのだろう。


『冬の空ってちょっと寒いけど、そのぶん星がキレイに見えるんだよね~』


 直接、頭の中に響く声。これも不思議な感覚だ。テレパシーで話しかけられたらこんな感じなのかもしれない。

だけど実態は違う。声の主は……ぼくのなかに居るのだから。


『どうよとーや? 一度風をつかんじゃえばラクショーでしょ?』


「うん。 ……まぁ、それまでが結構しんどかったけどね」


 しるふの言葉に先程の苦労を思い出す。


「もっとこう……普通に飛べるもんだと思ってたのに」


『それは仕方ないよ~。仮契約じゃチカラの量は増えないもの……カラダが大きくなった分だけ負担も増えるんだよ~』


 ――――仮契約、それは人と精霊を結びつける儀式。異能の力を、確たる肉体をそれぞれに与える……かりそめの契り。


 ぼくとしるふは今、ひとつの身体を共有しているのだ。



「だいじょーぶ! 仮契約なら効果は一日きりだし、後遺症とかもゼンゼンないから!」


 ――――しるふから聞いたのはなにやらひどく怪しい説明だったけど、要約すると大体このようなものだった。


 どういう理屈なのかはわからないけど、この世界……ぼく達の住む物質世界では、しるふの様な精霊達はうまく力を使えないらしい。

普通にしている分には特に問題はないけれど、大きな力を使おうとすればするほどにひどく消耗してしまうのだ。


 この消耗を抑えつつ、より大きな力を得る方法として編み出されたのが――“憑依”という方法。


 高い霊力を持っていて、かつ自分と波長の合う人間と霊的契約を結び、身体を共有することで……精霊は本来持つ力を存分に発揮することができるらしい。

ただ力を得られるだけじゃなくて、人と一体になることで制限そのものがゆるくなるとかなんとか。


 ただし、高霊力かつ高相性の人間を見つけるのはとてもハードルが高く――そもそも精霊が視えるというだけでも希少なのだ――しかも一度契約すると解約はできない為、見つけても契約への同意がなかなか得られないのが問題だった。


 その為、言葉巧みに人を惑わせ、騙して契約させるような悪い精霊も増え……種族全体の大幅なイメージダウンが一時期問題になったとかいう話だ。


「そこで! 仮契約の登場なのですヨ!」


 仮契約とは、一日という時間制限有りで憑依状態を体験できる、いわばお試し期間みたいなものだ。憑依中は精霊の力も使う事ができ、契約後の状態をなんとなく味わえるようになっている。


 簡単な儀式……といってもおでこを合わせて数秒目を閉じるだけの手順を経ただけで、それは完了した。


 しるふの気配が、体全体にうっすら溶け込んだような……微妙な感覚。

見た目はほとんど変わっておらず、背中にはねが生えたくらい……しるふのそれに似た、30センチ程の長さの頼りない翅だ。

本契約においては外見ももっとゴージャスに変化するらしいけど、仮契約では精々この程度らしい。


 しかし精霊の力が使えるといっても、仮契約では人間側への負荷が極小に抑えられる為……使える霊力は精霊本体に依存する。

しるふの場合、小柄な自分自身を飛ばすのには十分な霊力を持っていたけれども、ぼくと一体化したせいで身体のサイズが10倍近くになってしまった結果……自由に飛ぶどころか、身体を浮かす事すらできないというしょんぼりな有様になってしまったのだ。


「おかげで風をつかむまで屋根に登って必死にジャンプし続けるハメになったけどね……」


 体自体は軽くなっていたので床下に響く事はなかったけど、人に見られていたら相当不審がられたことだろう。


『でもでも! 風さえつかんだら楽チンだったでしょー!』


 風を――つかむ。 しるふ曰く、「風の精霊に伝わる極意中の極意!」だそうだ。


 しるふ達風の精霊の持つ力は、自分の周囲の空気を自在に操る能力だ。彼女達が空を自在に飛べるのはその力によるものである。

とはいえこちらの世界ではその能力も制限され、自力で長距離の飛行を行うのは難しい……ぶっちゃけ、「すごく疲れる」のだ。


 そんな時、風の精霊は大自然の力を借りる。大空を吹き抜ける自然の風をつかまえてそれに乗ることで、疲労することなく飛び続ける事が可能になる。

強い風の流れすべてをコントロールするわけではなく、相乗りするだけなら力の消費も極少で済む。


 確かに、すごく便利な能力だ。けれど……仮契約したばかりでいきなりそんな極意が使えるものだろうか?

そんなぼくの疑問はすぐに氷解することとなる。この極意は……意外と簡単だったのだ。


 ――――そう、今のぼくには風の流れがわかる。


 正確には、風が「える」ようになったのだ。目の前の空間に意識を集中……というか目を凝らして見ていると、空気の流れがぼんやりと見えてくる。

強い風はハッキリと見え、弱くなるほど見えにくくなるようだ。


 しるふの話によれば風の色で温度もわかるらしい。今見えている風はどれも薄い青色だけど、温度が上がるにつれて寒色系から暖色系に変化するそうだ。


 そうして視界に捉えた風をつかむのも、そう難しいことじゃなかった。風の中に手を入れてぐいっとつかむ、それだけだ。

最初はそんなに楽につかめると思ってなかったから、つかんだ瞬間いきなり引っ張られてびっくりしてしまったけど……


「さっすがとーや! 見た目妖精っぽいだけあってセンスあるネ!」――なんてしるふは言うけれど、始めてでここまですんなり精霊の力が使えてしまうと、自分は才能があるんじゃないかと思いたくもなる。

もっとも、しるふ達風の精霊にとっては生まれてすぐ、誰に教わるでもなく自然に身につけられる程度の感覚らしいけど。


 あれ? それじゃあ極意って話は一体……

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