第14話 ふたりの時間

 先生に任された仕事は至極単純なものだった。視聴覚教室に置かれていた段ボールの箱を、屋上へ続く階段まで運ぶ事。ちなみに屋上は閉鎖されているので、事実上の行き止まりだ。そこは校内に置ききれない様々な荷物が一時的に――大体はそのまま置きっぱなしだけど――保管される場所になっている。


 段ボール箱は、男子なら一人でなんとか持てるくらいの重さだった。しかし、二階から四階の先にある階段までは結構な距離がある。ぼく達は事前に二人一組で運ぶよう指示を受けていたけど……力自慢の男子が一人で軽々と箱を担ぐのを見て、なんとなしに男子は一人一箱という空気ができていた。


 けれど残念ながら、ぼくの腕力は平均的な六年生男子のそれを大きく下回る。ぶっちゃけ女子並みしかないのだ。幸い、女子の人数が奇数だったおかげでなんとか二人組に加われたけど……そうじゃなかったら何もする事がなくなっていたところだ。


 そして今、ぼくと一緒に箱を運んでいるのは……綾乃浦静流。他にいた女子は友達同士で早々にコンビを組んでしまった為、たまたまあぶれた彼女がぼくと組むことになったのだ。


「よ、よろしく……」「……」


「うしろ階段だから、気をつけて?」「……」


 道中、ぼくはなんとか理由をつけて話しかけたのだけど……彼女は終始、表情を変えず無言だった。


――――やっぱり、嫌われてる。


 理由はわからない。一体何が彼女を傷つけたのか、その逆鱗に触れたのは何なのか……本当に心当たりがない。幾度となく考察を繰り返しても、納得できる理由にはたどり着けなかった。


 けれど、確かにぼくは嫌われていた。丁度、【眠れる森の美女】絡みの行事がすべて片付いた辺りから、ぼくと彼女の関係は一変したのだ。急にそっけなくなったと思えば、「忙しいから」と避けられ、会話も続かず相手にしてもらえない……


 今にして思えば、当時のぼくは彼女に頼りすぎていたのかもしれない。委員長の仕事に加え劇までこなし、その上更にぼくのフォローをしてくれていた彼女。嫌な顔ひとつせず助けてくれるその優しさに甘えて……他の子が一人で難なくこなせる雑用まで、彼女に手伝わせてしまう事もあった。


 きっと、大きな負担だったに違いない。月代灯夜という問題児が居なければ、彼女はもっと自由な時間を増やせたはずだ。劇が終わって、ぼくもそれなりに……無駄に孤立しない程度にクラスに溶け込むことができたとなれば、それ以上関わり続ける必要は無い。綾乃浦静流は、そう考えたのではないか?


 いいや、あり得ない。ぼくの知っている彼女は、そんな合理的に過ぎる考え方はしないはず。


 しかし、そうでもしないと説明がつかないのもまた事実だ。彼女はこの事について、理由も何も話さなかった。ぼくにはもちろん、他の誰にも。


 無理を承知で問い詰めるべきか? でも、彼女に拒絶されるのは……辛い。悪いのがぼくだというなら、もう話し掛けるべきではないのでは? 彼女にこれ以上迷惑をかけてもいいのか?


 そうやってぼくが迷い、ためらっているうちに時間は流れ……


 五年生になってクラスが別々になった後は、つい先程まで話をする機会すら無かった。したところで、結果は同じだったかもしれないけど……



 ――――仕事は、そう時間もかからずに終わった。ぼく達が二往復する間に男子が三往復してくれたおかげだ。


けれど、綾乃浦静流は……最後までぼくと口を聞いてはくれなかった。




「それで、とーやはそのまま帰ってきちゃったワケ?」


 ぱしゃり、とお湯が跳ねる音に混じって聞こえてくる脳天気な声。ぼくは頭を覆った泡を洗い流しながら、


「仕方ないよ……何を言っても、聞いてもらえないんだし……」


そう答える。ここは月代家の浴室……ぼく達は夕食後のお風呂を頂いているところだ。


 そう、“ぼく達”――――ぼくの傍らには、湯桶を泡風呂にして優雅なバスタイムを満喫するしるふがいた。


 学校で別れたきり姿を見せなかったしるふは……何のことはない、ぼくの部屋のベッドで午睡を貪っていたのだ。帰宅したぼくはそのだらしない寝顔に呆れ、ため息をつきながらも……彼女が帰って来てくれたことに感謝した。


 妖精と出逢って仲良くなれる機会なんて、今後一生あるとは思えない。それに、今は話し相手が居てくれるのが嬉しい。ひとりでいたら学校であった事を思い出して、いろいろと思い悩んでしまうから。


「それよりサ! なんで隠してたのさー!」


 脚でばしゃばしゃと湯を泡立てながら、しるふが抗議の声をあげる。


「隠すって……だから別に隠したつもりはないって言ってるのに」


「だって、わかるわけないじゃん! とーやがまさか……男の子だったなんてっ!」


 いや、ぼくはてっきり、しるふは「わかっている」ものだと……出逢った時点でぼくの性別に対してツッコミが入らなかったから、まさかね?とは思っていたけど、妖精なんだしそこらへんは不思議なパワーで察してくれているんじゃないかって。


「フツーはフンイキとか気配とかでわかるんだけど、とーやとは相性がバッチリだったから気にしてなかったよ!」


 いや、気にしてよっ! しるふが脱衣所で目を丸くしながらぼくのソレを見つめているのに気づくまで、そのことをすっかり失念していたぼくも悪いかもだけど。


「それにアタシはとーやが男の子でも、キライになったりしないよっ!」


 なんだか得意気に言い放つしるふ。ぼくが男とわかった後でも一緒にお風呂に入ってるのはそういうことなんだろうか? それはそれで複雑な気分だ。


「それよりとーやは気になんないの?」


「何が?」


「なにがーって、こんなカワイイ女の子と一緒におフロしてるんだよ? ドキドキエロエロいけない気分とかあるでしょ!」


「いや、そーいうの無いから……」


 湯桶の中でざばざばと暴れながら、なんでー!と抗議するしるふを視界の隅に置きながら、ぼくはため息をついた。そもそも眼鏡なし状態のぼくには、立ち上がってなんかエロっぽいポーズを取り始めたしるふも湯気の中で蠢くもやもやした物にしか見えない。それに何より、


「ぼくには小さい子の裸を見て興奮したりする趣味はないんだから」


 そう。人間サイズならまだしも、10センチちょっとしかない彼女に対してそういった感情は沸いてこない。ぼくが持っている人形と大して変わらないのだから。


「ち……ちいさいだと――――! こっそり気にしてるのにっ! 乙女のデリカシーゾーンに触れるイクナイ!」


しるふが胸のあたりを押さえて暴れている。何やら誤解があったみたいだけど……まぁいいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る