第12話 降って湧いた災難
結局、放課後になってもしるふは戻ってこなかった。
「まさかこのまま……なんて事、ないよね?」
しるふの自由すぎる性格を考えると、その可能性もなくはない。けれど……
「ウンメイのヒト」――――彼女はぼくと出会ったとき、そう言った。
それまで実在するとは思わなかった妖精が本当にいて……それだけでも驚きなのに、彼女とはすぐに仲良くなれた。人見知りしがちなぼくが、初対面の女の子とこんなに親しく話せるなんて。ぼくにとっては、こっちのほうが奇跡だ。
これで、お終いになんてしたくない。しるふだって、ぼくに何も言わずにいなくなったりはしないはず……たぶん。
「お、まだ居たな月代! すまんがちょっと手伝ってくれ!」
そんなことを考えていたとき、ぼくは担任の林先生に声をかけられた。林先生は常にジャージ姿のいわゆる体育会系の先生で、この学校でぼくに話し掛けてくるほぼ唯一の男性である。
「他のクラスの委員長にも声をかけているんだが、集まりが悪くてな……お前も副委員長だし、頼めるか?」
そう。何を隠そうぼくは、このクラスの副委員長なのだ。……クラス内の委員を決める時、楽そうな委員は早々に埋まってしまい……最後に余った中から仕方なく選んだ結果なのが中々に残念なのだけど。
ちなみに、このクラスの委員長……女子の向井さんは今日欠席している。どうやらインフルエンザらしく、来週までは学校に来れない。となると当然、その仕事はぼくに回ってくる事になる。
何か理由をつけて断ることもできるだろうけど、林先生にはいつもお世話になっているし……体育の時間に二人組を作る時とか。
だから結局、ぼくは先生の頼みを聞いてここ、二階の視聴覚教室に来ることになった。教室の中には大きな段ボールの箱が何個も積まれており、その周りに数人の生徒……他のクラスの委員長たちが集まっている。
委員会で何回か顔を合わせてはいるけれど、逆にその時くらいしか関わりが無いともいえる人達……その中で唯一、僕が良く知っている人物がいた。
濃い茶色の髪をポニーテールにまとめた、すらりと背の高い少女。ミッション系の学校の制服に似たカッチリとした服装と相まって、傍目にはもう小学生には見えない。その立ち振る舞いは見た目に違わず大人びたものであり……周囲から自然に慕われ、頼られ、かつその期待を裏切らない。
“完全無欠の優等生”……そんな者が存在するとすれば、彼女こそその最有力候補だろう。
六年一組の委員長であり、ぼくの始めての友達「だった」女の子だ……
ぼくがこの学校に転校してきたのは二年前、小学四年生の頃だった。
予想はしていたけど、ぼくはクラスにすぐ馴染めなかった。大部分はぼく自身の引っ込み思案な性格のせいだと思う……
けれど、見た目からして外国人なぼくに対して、関わりを避けようとする空気は確かにあった。それは男子の間で特に強く……結果としてぼくに話し掛けてくる男子はいなくなった。必要上ぼくと話したり、プリントの受け渡し等をした子はその度に、男子達の中で何やらいじられたりしていたらしい。
自分のせい。そう言い切れない部分もあるにはあったけど……その状況を変えられなかったのは、ぼく自身が変える努力をしなかったからだ。
その頃のぼくは……そもそも他人と付き合う事自体を半ば諦めていた。話し掛けられれば、ひととおりの対応はできる。けれど、自分からというのはどうしても躊躇してしまう。嫌がられはしないだろうか、迷惑をかけてしまうのではないか……そんな事ばかりを考えすぎて、機会を逃すことを繰り返す。
仕方がない。そういうものだ。ぼくは他の子達とは違うから……そう自分にいい聞かせて。
――――月代灯夜は、そうしてクラスで浮いた存在になっていった。
そんな時だった。市で行われる演劇コンクールに四年生が参加する事になり、それに先駆けて各クラスで劇を行うことが決まったのは。まずは学芸会で公開し、評判の良かったクラスを本選に送り出す。ぼくのクラスも当然それに参加することになった。
クラス会での協議の結果、演目は【眠れる森の美女】に決まった。そこまでは順調だったのだけど……
肝心の配役が難航した。主役のオーロラ姫が決まらなかったのだ。女の子達の憧れであるお姫様の役。一見すれば取り合いになってもおかしくないくらい良い役だ。大体は自己主張が強い系の子が立候補してすぐに決まる筈なのだけれど、生憎とこのクラスにそういう女子は居なかった。
小学四年生ともなると、周囲の反応がどうしても気になるお年頃。自ら「美女」の役をやりたい!と名乗り出るのには抵抗があったのだろう。結局立候補者は出ず、推薦によって選ばれることになった。そして、それが災難の始まりだった。
長引く役選びに退屈したのだろうか、ひとりの男子がこんな事を言いだしたのだ……
「姫役は月代くんがいいと思いまーす!」
多分、冗談のつもりだったと思う。しかし、男子達は大喜びでその冗談に乗りはじめた。
「さんせー!」「異議なーし!」「もうそれ以外なくね?」
……こういうことは、それまでにも何度かあった。その時はクラスの女子達がぼくの味方をしてくれたのだけど、今回は状況が違った。女子からも賛成の意見が出たのだ。「月代君なら納得」「クラスで一番美人だし」等々……
クラスの総意を得て、このまま決定しそうな流れの中……しかしいくら美人でも男子がお姫様の役というのは流石にどうか?という先生の意見もあり、最終的に判断はぼく自身の意思に委ねられることになった。
けれど残念ながら……この状況で「嫌」と言える程、ぼくは心の強い人間ではなかったのだ。
「オーロラ姫の役は月代灯夜君に決まりましたー!」
教室の中に響く、無責任な拍手の音……ぼくは、この音を一生忘れられないと思う。
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