第10話 月代灯夜のありふれた日常、2

「ま……間に合った……」


 肩で息をしながら校門をくぐる。ぼくの通っている小学校はわざわざ小高い丘の上に建てられており、遅刻しそうな時ほど登り坂がきつい。これは何か邪悪な意図がある設計としか思えない。


「こんな坂くらいでへばってるなんて~。だらしないヨとーや~」


 しるふは元気だ……そもそも飛んでるから坂関係ないし。


「結局、ついてきちゃったんだね……」


「ふむふむ、【ガッコー】って子供ばっかり集まるってホントなんだね~。」


 ぼくの周りを踊るようにくるくると飛び回るしるふ。けれど周りの生徒達はそれに全く気付いたそぶりを見せない。ここに来る途中の道でもそれなりに多くの人とすれ違ったけど、誰一人としてしるふを見てはいなかった。


 彼女の言う通り、妖精は普通の人には視えない。しるふはぼく以外の人には視えていないのだ。


「それじゃ、アタシはちょっと探検してくるね~。」


「えっ、ちょ!」


 そう言い残すと唐突に飛び去るしるふ。ぼくが止める間もなく、彼女は校舎の影へと消えていった。流石、じっとしてると死ぬとまで言うだけのことはある。彼女はぼくの理解を越えてフリーダムな存在のようだ……


「何か変なイタズラとかしなきゃいいんだけど……」


 ぼくは下駄箱で上履きに履き替え、教室へと急ぐ。すでに廊下に人はまばらだ。


「……お、おはよぅー」


 息を切らしながら教室へ辿り着く。例によって六年生の教室は地上四階にある。遅刻しそうな時ほど階段がきつくてこれはもう明確な悪意があるとしか……


「おはよ~」「月代君おはよ!」「灯夜ちゃんおそ~い」


 自分の席に向かうぼくに声をかけてくるのはクラスの女子たちだ。男子であるにも関わらず、ぼくのクラスにおいての立ち位置はどちらかといえば女子サイドにある。


 ……主に容姿の関係で男子たちに距離を置かれ、逆に親近感を持った女子が周りに集まったからだ。ある意味うらやましい状況に映らなくもないけど、やっぱり男子の友達が一人もいないというのは精神的にきつい。特に男女別の授業とかあるとアウェイ感がたまらないのだ……


 ぼくが着席するのとチャイムが鳴るのはほぼ同時だった。これでとりあえず、当面の危機は乗り切れたようだ。結構ギリギリだったけど。


「よーす灯夜~! 今日はめずらしく遅せーな!」


 そう言いながらぼくの机の上に遠慮なく腰掛けてきたのは、ショートボブのボーイッシュな女の子だった。ラフなジャケットに、室内にも関わらずトレードマークのスポーツキャップを被っている……先生に注意されるまで脱がないのが、彼女のポリシーだ。


 ――――果南かなみちか。明るく面倒見のよい彼女はクラスの女子の中心的人物でもある。大雑把で物怖じしない性格で、荒事にもむしろ自分から首をつっこんでいく彼女には、男子達も一目置いている。


「お、おはよぅちかちゃん……」


 どうやら彼女にとってぼくは女子もしくはそれに類するものと認識されているらしく、性格的にぼっちになりがちなぼくに何かと気を遣ってくれる。ちょっぴり複雑ではあるけど、大切な友達だ。


「それよりコレ見ろよー!最新激ヤバ動画ー!」


 彼女はそう言ってスマホの画面を突き出してくる。最近はクラスの中でも携帯電話の類を持っている子が大部分を占め、最新のスマホで面白動画を見せ合う事が流行っているのだ。


「出たんだよ【魔法少女】が! それも結構近くでだぜー!」


 ……魔法少女。


 その起源は前世紀にまでさかのぼる……というと大げさだけど、最初は昔の子供向けアニメのジャンルのひとつだったらしい。小さな女の子が魔法の国の妖精から魔法の力をさずかって、その力で様々な問題を解決するといった類のお話だ。


 それから時代の流れと共に話の内容も微妙に変化していき……最近では不思議な力で悪者を退治するスーパーヒロイン的な存在として世間に認知されている。


 そう、本来ならフィクションの世界の住人である魔法少女。それが何故か今、リアルの話題としてネット上を騒がせているのだ。


 キッカケは去年起こったビル火災の生配信動画だった。燃え盛る高層ビルの屋上で何者かと戦っている明らかに場違いなコスプレの少女。それだけでも衝撃映像だけど、自分が撮られていると知った少女が撮影者をしばき倒して何処かへと飛び去る様までバッチリ映っていたらしい。


 らしい、というのは……その動画は録画配信される事はなく、魔法少女を見る事ができたのは当時リアルタイムで配信を見た者だけ。有志がアップした録画は今でも見ることができるけど、魔法少女を映したはずの部分は画質がボロボロでとても見られたものじゃなかった。


 そんな状況から憶測が憶測を呼び……(あの事件は魔法少女の仕業だった!とか政府は魔法少女の存在を隠している!なんてのもあった)それ以降、魔法少女を映したと思われる動画がネット上に氾濫することになったのだ。


……まぁ、大半はこじつけや見間違いばっかりで、魔法少女の存在を証明するような決定的な動画はまだ存在していないんだけど。


「今回のはヤバいぜ~。今までの中じゃイチバンかも!」


 慣れた手つきで画面を操作するちかちゃん。彼女もすっかり魔法少女動画にハマった一人だ。曰く、「このデジタル時代に逆行するミステリアスなムーブメントに乗るしかない!」とかなんとか。


 動画の再生が始まり、スマホの画面の中には暗い、夜の河原が映し出された。すぐ近くには川の黒い流れがあり、遠くに見える鉄橋の上を丁度、電車が通り過ぎていく所だ。


そこで不意に視点が切り替わり、現れたのは派手な豹柄のコートを着た女性だった。


「これが……魔法少女?」


「いやどう見てもちげーし。この後だよこの後!」


 その女性は明らかに具合が悪そうだった……顔が耳まで赤く染まっているところを見ると、お酒を飲み過ぎたのかもしれない。ふらふらと画面を横切ったかと思うと後ろに停まっている車――たぶん外車だ――のボンネットの上に嘔吐し始める。


「うわぁ……」


「こ、この後!この後が本番なんだよ!」


 ちかちゃんがそう言った瞬間、スマホのスピーカーからノイズ混じりの大きな音が響いた。

再び視点が変わり、音の源……鉄橋の袂に上がる水柱を捉える。


「そうここ! ここ注目!」


 水柱を指差すちかちゃん。その先に映っているのは……画像が荒れててよくわからないけど、何か大きな塊のようなもの?が見える。これが橋から降ってきたのだろうか? そう思った直後だった。


 突然、画面が白くフラッシュした。直後にごろごろと雷が落ちたみたいな轟音が響く。閃光が消えた後、橋の下の大きな塊は消え失せていた……まるで動画の最初の画面に戻ったように。


「……で、どのへんが魔法少女なの?」


 再生を終了した画面を前に首をかしげるぼくに、ちかちゃんはフフフ…と不敵に微笑んだ。


「一見、わからないトコに真実が隠されているのだよ灯夜クン……」


 得意気にスマホを操作するちかちゃん。気づいてないと思うけど、すごく顔が近いです……彼女がそういうことを全然意識してないのはわかってるけど、ぼくのほうはドキドキしてしまうわけで。


「よーし、ここの光るトコで止めるからな……3、2、1、えいや!」


タイミングを見計らって停止ボタンを押すちかちゃん。丁度その時だった。


「おーし始めるぞーみんな座れー」


――――先生だ! そういえばもうチャイム鳴ってたっけ。


「うおやっべ! 続きはあとでな!」


 慌ててスマホをしまい自分の席へと戻るちかちゃん。そして、何事もなくいつものように朝のホームルームが始まる。


 起立、礼、着席。


いつも通りの流れの中で、ぼくはちかちゃんが見せてくれた動画の最後の画面を思い出していた。


 白い閃光が炸裂した、まさに瞬間。水柱が消えた場所にあるのは、やはり何とも判別できない不鮮明な塊だけ。しかし一瞬の閃光によって水面に映し出されたのは、巨大な腕を振り上げた巨人の影と――その頭上にもうひとつ、見ようによっては長い髪の少女のようにも見える……小さな人影。


 もちろん、これが魔法少女だとは断言できない。今までにも似たようなうさんくさい動画を何度も見てきているし、映っているのはほんの一瞬、それも影だけなのだ。


 なのに、どうしてこんなに気になるんだろう。今朝見たひどくアレな夢のせいだろうか? 少し考えてから、そういえば今朝は妖精と一緒に学校に来た事を思い出して……ぼくは苦笑した。


妖精がいるのなら、魔法少女がいたって不思議じゃない……のかな?

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