第8話 ウンメイの出会い?
――――どうしようコレ。ぼくは夢でも見てるのかな……だとしたらどのあたりから夢なんだろう? お風呂でのぼせて気絶でもしちゃったんだろうか。だとしたら割と危険な状態なんだけど……
そんな事を考えながら、ぼくは不自然に見えないようにゆっくりと彼女から視線をそらした。妖精と目を合わせたら殺される……ぼくが妖精に関して知っている情報の中で、これが一番印象に残っていたからだ。もっとも昔のマンガからの知識だから、実際どうなのかはわからないけど。
彼女はそんなぼくの様子などまるで意に介さず、部屋のそこかしこを物色するかのように飛び回っている。
「ふ~ん……年季の入った家だからどうかと思ったけど、案外オシャレな部屋じゃない!」
褒められた。ぼくの部屋は元々蒼衣お姉ちゃん……お母さんの妹にあたる人の部屋で、彼女が実家を出て空いていたのを使わせてもらっている。家具や内装はほとんどそのままなので、褒められた理由の大部分はお姉ちゃんのお陰かな?
やがて彼女はタンスの上にある人形の棚の前で止まり、飾られている人形達をしげしげと眺める。
「いいね~。うん、女の子の趣味ってカンジ!」
……ごめんなさい男の子で。
ぶっちゃけこの部屋にはいかにも男の子!といった特徴的なものはさっぱり置いてなかったりする。元がお姉ちゃんの部屋だというのもあるけど……
「みんなカワイイ! 特にこの子の服なんか気合い入っててトクベツ!って感じだネ!」
そう言って棚のほぼ真ん中に置かれた一体にキラキラした視線を向ける彼女。
……それはぼくが最初に手にした、この趣味にはまるキッカケになった人形。ぼくのお母さんが昔遊んでいたという古い着せ替え人形だ。
箱も説明書も、衣装の一部も無くなっていたその人形に、見よう見まねで服を縫ったのがぼくの人形趣味の始まりだった。
今では新しく買った人形も増え、それなりの大所帯になってはきたけど……自分で作った服はまずこの子に着せると、ぼくは決めている。
そしてその人形が着ているのは、当然ぼくが作った最新のドレス。自慢の一品だ。
「アタシもこういうの着たいな~。っていうか、サイズが合えば絶対着るのに……」
そう、一般的な着せ替え人形の大きさは22~28センチ。人間の約1/6だ。それよりさらに小さい、身長10センチ強の彼女が着られるサイズではない。だったら……
「作るよ! ぼくが……きみのドレス!」
彼女が弾かれたように振り向く。そこで初めて、碧色の瞳と目が合った。ちっちゃな顔には驚きの表情が浮かんでいる。
――――しまった、声に出しちゃった……。
そもそも、僕は家族以外の人に人形を見せるのは初めてなのだ。学校の友達は僕の趣味自体知らないし(恥ずかしくて言い出せない……)、画像掲示板に投稿してそこそこ良い評価をもらった事もあるけれど……それだって現物を直接見せたわけじゃない。
だから実際に現物を見て、褒めてもらったことが……一生懸命作ったドレスを「着たい」と言ってもらえたことが嬉しくてたまらなかった。
……すっかり舞い上がって、初対面の女の子に思わず声をかけてしまう程に。
「あっ、えっと……無理にとは言わないから! 嫌だったら別にいいから……?」
慌ててその場を取り繕おうとするぼくをじっ、と見つめている彼女。綺麗なまんまるの瞳の中には無様にうろたえるぼくの姿が映っている。
……殺されちゃうのかな、ぼく。
やがて彼女はゆっくりと部屋を一周し……ぼくの目の前に静止した。その間、ずっと目は合わせたままだ。そして……一言。
「……えと、アナタは……妖精サン、デスか?」
――――はい?
「いやー、びっくりデスよ! まさかこっちの世界で
なんだか微妙に腰が低い態度でフランクに話しかけてくる……妖精の少女。だけど、なんか話がかみあってないよ! 確かにぼくは日本人には見えないかもだけど、妖精に妖精扱いされるのは納得いかない!
「コチラには観光か何かデ? ずいぶんと馴染んでおられるようデスが……」
なおも話し続ける彼女に向けて、ぼくは意を決して口を開いた。
「その……悪いんだけど、多分人違いじゃないかな……」
「あああスイマセン立ち入った事をお聞きして~~って、ハイ?」
笑顔のまま困惑する妖精の少女。今思ったんだけど、これって誤解を解いたら殺されるパターンだったりしないだろうか? 状況が状況だけにぼく自身だいぶ冷静さを欠いているような気がする……落ち着けぼく。
「だから、人違い。ぼくはエルフなんかじゃないし、きみの知ってる人とは違うんじゃないかなって」
「えぇー? だって、銀髪に真っ白なハダって、どう見てもニンゲンには見えないし!」
どう見てもって……さらっと酷い事言ってない?
「いや、人間だし! たしかに見た目ちょっと目立つかもだけど、普通に人間だからね!?」
「えええ~~~~? 信じられないなぁ~~~~~~?」
あからさまに疑いの視線を固定したまま、ぼくの周囲を旋回し始める彼女。
「ひょっとして……からかってますネ?」
「そんなんじゃないってば! もう、どうして信じてくれないの?」
おかしいなぁ……少なくともぼくは今まで人間として生きてきたし、周りの人達も、まぁ性別を間違えたり外人扱いされたりはしたけど……ぼくの事を人間以外の何かだなんて言わなかった。あ、「お人形さんみたい」はあったか。
ひょっとして彼女達の世界には、ぼくみたいな見た目の妖精がワンサカいたりするのだろうか?
「だって~、
「フツーにって……何が?」
彼女の言っていることがよくわからない……そもそも普通ってなんだっけ? 今ぼくと話している存在自体がすでに、ぼくの普通の基準から大きく逸脱しているのだけれど……
「ワタシが、デスよ! 普通のニンゲンにはワタシ達は視えないんデスから!」
え、えぇ~? 今更そんな事言われても、バッチリ見えてるんですけど……
「あ、でも視えちゃう子がたま~にいるって話もあったっけ……だとしたら!」
なにやらうんうんとうなずいた後、彼女は唐突にぼくをびしっ、と指差した。
「アナタは異常なニンゲンですねっ!」
「普通だよぅっ!」
――――言いながら「確かに普通じゃないかも……」と思ってしまう自分が悲しい。けれど、異常はないよ! そういう意味でのおかしな子になったつもりはないんだけどなぁ……
彼女はため息をつくぼくの様子を高みから見下ろしながら、
「ま、アナタが何者でもアタシにとっちゃ割とど~でもいいコトなんだけどネ~」
そんな事をあっけらかんと言い放った。ちょ、今までのやり取りって一体……
「ひさしぶりに楽しくおしゃべりできる相手に出逢えたんだもの。これってウンメイの出会いってヤツでしょ? アナタが誰でも、アタシは大歓迎だヨ!」
――――えっ?
ぼくの困惑の表情を見て満足気に微笑む、妖精の少女。
「アタシはしるふ! アナタの名前は?」
「えと、灯夜! 月代灯夜……です」
いきなりの質問に慌てて答えるぼく。
「とーや、かぁ……うん、なかなか悪くない名前だネ!」
彼女……しるふはそう言ってくるっと一回転すると、スカートの端をつまんでぺこりとお辞儀をした。
「ヨロシクね、とーや! アタシの……ウンメイのヒト!」
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