第7話 ちいさな来訪者

 その夜。正確にはその夜も、ぼくは趣味である自作ドレスの制作を進めていた。


 ……ドレスといっても、人が着る本物のそれではない。ぼくが作っているのはもっと小さい、人形サイズの衣装だ。よくある着せ替え人形に合わせたサイズの服を作って、それを着せて飾る。いわゆる人形遊びの延長だ。


 え、何故そんなことをするのかって? たしかに市販の人形はそれはそれで完成されたものだけど、自分で手を入れる事でより愛着が増すというか……


 ……うん、そもそもなんで男の子が人形遊びってところからだよね。わかってる。これが男の子らしい趣味じゃない事はよーくわかってる。でもね、大人の人形ドールマニアには男の人だって多い。昔はともかく、ドール遊びは今や立派なホビーとして性別を問わず認知されているんだよ!


 とはいえ、実際小学生の男子で同じ趣味を持った子なんて、ネット上含めても一度も見たことはないんだけどね……


 とにかく、昨晩ぼくはその作業を行っていた。ネットで入手した型紙を元にデザインを煮詰め、試作を作り、本番の布をカットする。


 ぼくが作っているドレスはパーティや結婚式で着るような感じの物ではなく、どちらかといえばファンタジー系?な感じというか、どっちかというと魔法少女っぽいデザインのやつだ。結局のところ、自作するとなると好みに偏ってしまうのは仕方がない。


 作業は順調に進んだ……とはいえ、一晩で完成するほど簡単な作業ではない。何せ物が小さいから、全部ミシンで一気にという訳にもいかないのだ。

 細部は手縫いになるし、場所によっては布用ボンドも併用することになる。


 今はもう三月。時期的に考えて、これが小学生時代最後の作品になるかも……などと考えていた時だった。


「灯夜ちゃん、お風呂沸いたわよ~」


 お祖母ばあちゃんがぼくを呼んでいる。集中していたせいか、思っていたより時間の流れが早い。はーい、と答えながらぼくは着替えを抱えて階下へ向かう――と、その前に、窓を開けて換気をしておかないと。

 布用ボンドに揮発性の溶剤が含まれているとはいえ、本来そこまで気にする必要はないのだけれど、部屋を空ける時にはとりあえず換気するのがぼくの習慣になっている。空気を入れ替えると気分がいいしね。


 ……ところが、それが大失敗。お風呂から戻ってきたぼくが見たのは、開け放たれた窓から雨が容赦なく吹き込んでいる光景だった。

 あちゃー、そういえば天気予報では今夜は40パーセントくらいで雨だったっけ? まさかお風呂に行っているスキに降り出すなんてっ。


 幸いにして雨は降り始めたばかりらしく、部屋の損害はまだカーペットの表面がちょっと濡れたくらいで済んでいる。最悪の状況を避けられたことにとりあえず感謝しつつ、窓を閉めようと手を伸ばした、その時だ。


「わー駄目駄目待ってー!閉めないでーー!」


 突然呼びかけてきたのは、女の子の声。びっくりして手を止めたぼくの目の前をすごい勢いで何かがすりぬけていく。


「えっ……!?」


 振り返って部屋を見回す……けど、部屋の中はさっきと変わらず、動くものも見つからない。


 ――気のせい、だった? 


 とりあえず窓を閉め、ベッドに腰かけた。ぼくのすぐ脇には部屋に上がってきた時に放り出したバスタオルが乗っている。


 頭でも拭いて落ち着こう。そう思い、何気なくタオルに手を伸ばそうとして……


 ぼくは固まった。


 バスタオルが……正確にはその下の何かがもぞもぞと動いていた。


 ――やっぱり気のせいではなかった。多分鳥かなにかが飛び込んできたんだ。何もいないように見えたのは、バスタオルの下に入り込んでいたせいだったのか――


 そんなぼくの予想はあっさりと裏切られた。タオルの下から這い出してきたのは……まったく想定外のもの。 人形? 最初はそう思った。ぼくの部屋には何体もの人形が飾られている。タオルを放り出した際、ベッドの近くの棚にあった人形をひっかけて落としてしまったのでは?


 いや、それではその人形が動いている事の説明にならない。困惑するぼくの横で【それ】は立ちあがり……大きく伸びをした。


「んー、ひどい目にあったナ~」


 小さいけど、聞き取りやすい澄んだ声。身長10センチ強というサイズを考えれば十分な声量だ。


 端がぴょんぴょん跳ねた薄緑色の髪に、ぱっちりした碧色の瞳。身に着けているのは濃さの違う数種類の緑色の布で構成されたワンピース。

 白いスカート部分はうっすら透ける素材を使っていて、手が込んでいる割にシンプルにまとまっている。

 そこからすらりと伸びた手足には何も着けておらず、それが全体的に素朴でナチュラルなイメージを醸し出していた。


 そして、彼女の背中には長短一対づつの羽――鳥のものではなく、昆虫のはねに近い――が生えていた。近い、というのは……その羽には虫の翅のような翅脈がなく、虹色に反射する薄いフィルムの様だったからだ。

 ワンピースの飾りかな? とも思ったけど……彼女が翅を振るわせてふわり、と浮き上がるのを見るに……本物みたいだ。


「せっかく自由の身になったってゆーのに、いきなり雨とかありえないし~」


 ベッドの上からくるくると舞い上がる彼女。


 ……さすがにここまでくると、ぼくにも彼女が何者なのか見当がついてくる。ちっちゃくて、翅の生えてる女の子。普通に考えたら、ありえない存在だ。少なくともこの二十一世紀の現代に実在する生き物では無い。


 けれど、ぼくは……二十一世紀の子供は、こういった生き物を知っている。小さい頃からアニメ、ゲーム等を通してよーく知っているのだ。


 ――――妖精。


 その女の子は、ファンタジー世界の住人の筆頭である、まさに妖精そのものだったのである……

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