第6話 朝チュンは突然に
「だからって魔法少女とか……流石に、ね」
ぼくは別に魔法少女が嫌いなわけではない。どちらかといえば、むしろ好きだ。昔からそれ系のアニメをよく見ていたせいもある。
特にキャラの性格やモチーフを落とし込んだ衣装のデザインにはずいぶんと刺激を受けていたりするのだ。イメージカラーとの調和や、画面で動いた時の見栄えとか、ハイレベルな要求を満たしているのだから、すごい。
とは言っても、自分で着たいかと言われたら話は別だ。フリフリで可愛い衣装に興味が無いわけではないけれど……似合う似合わないの問題ではなく、いち男子としての矜持がある。
……普通の男子は魔法少女モノのアニメなど見ないというのはおいといて。
「ん……ふぁあ……ねむ……い」
夢のショックが抜けると、急に眠気が襲ってきた。昨日そんなに夜更かししたっけ? 眠すぎて記憶がハッキリしない。
ここはあと五分……もう三分くらいになってると思うけど、時計のスヌーズ機能を信じて寝ておくべきかも……? ぼくはそんな誘惑にあっさり負け、両手を広げて再びおやすみなさいの世界へ……
「もきゅ!」
――――もきゅ? なんだか悲鳴っぽく聞こえなくもない小さな声。寝ぼけているのかな、ぼくは。
「うにゃー!のーけーてー!」
今度はハッキリ聞こえた。ぼくの右腕の下で、何かがもぞもぞ動く感触がある。不意に黒くて迅いアイツの事を思い出し……ぼくの意識は一気に覚醒した。
「…………」
ゆっくり上体を起こし、右腕の下を見る。掛け布団の下からもう悲鳴は聞こえないけど、何かがまだそこに居る気配があるのだ。
ごくり。ぼくは唾を飲み込むと、布団の端をつまんで……ばっ、とめくり上げた。
…………。
ぼんやりと霞んだ視界の中心に、緑と肌色のツートンの人影が現れる。それは気だるそうにうねうねと蠢き、やがてむくりと上体を起こした。
目をこすろうとして、ぼくは眼鏡をかけていない事に今更ながら気付いた。自慢じゃないけど、裸眼視力は両目とも0.5を切っている。見間違いをするには十分な低さだ。寝ぼけているというなら尚更、普通に気のせいである可能性は高いハズ……
ベッドの枕元、目覚まし時計の反対側に置いてあった眼鏡をかけながら、ぼくは再び視線を戻す。
……気のせいでは、なかった。
そこには、女の子がいた。歳は……十歳くらい? カーテンの隙間からこぼれた朝日を浴びてきらきらと輝く、薄緑色の髪。半開きの目に煌めく瞳も淡い碧色で、身に着けたワンピースまで緑色づくしの、可愛い女の子。
そんな女の子がぼくの目の前で、眠そうにごしごし目元をこすっている。
さて、この状況……巷で噂の“朝チュン”に非常に近いのではないかとぼくは思うのだ。今時小学生でも知っている、よくある?シチュエーション……お酒を飲みすぎて記憶がなくなり、朝起きたら知らない異性が隣に寝ていてびっくりというアレである。
今ぼくが見ている光景はそれに非常に近い。けれど、それを成立させるにおいてひとつ、大きな相違点がある……小学生がお酒を飲まないのは別として、だ。
――――この子は、ちいさかった。
あ、この場合の【ちいさい】は年齢の意味じゃなく……確かに彼女は小学六年生のぼくより年下に見えるけど、それはおいといて。
ベッドの上に座り込んだ女の子のサイズは、直立しても10センチを越えるくらいしかない。人間の身長に換算するとおよそ1/10から1/12くらいになる計算だ。これは子供だからちいさいとか、そういったレベルの問題じゃない。すなわち、人類としてはありえないサイズなのだ。
これって、朝チュン以前に寝ているぼくにつぶされなかったのがちょっとした奇跡かもしれない。無事でよかった……本当に。
「……んぁ、とーや? おぁよ~~」
まだ半分寝ぼけ眼の女の子が、ぼくの名前を呼んだ。
――――ぼくの、名前を呼んだ!
ええええ! それはつまり、「この子はぼくを知っている」という事になるよね!
この子はエスパーの類なのだろうか? いやいやいや流石にそれはない……いや、彼女が普通の人間ではないのは確定的に明らかだ。だったらその確率は決して低くないはず……いや、落ち着けぼく。普通に考えたら、普通に面識があると考えるのが普通だ。とりあえず一度会ったら忘れようがないインパクトがある以上、彼女と出会ったのはごく最近。おそらくは昨日、眠る前。ドラマチックな出会いがあったならその時だ。
ならば、思い出せるはず。昨日の夜、ぼくが……月代灯夜が遭遇した、事の一部始終を。
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