「ようこそ、63番目の勇者様。」

黒いもふもふ

63番目の勇者

 目が覚めたら、そこは真っ白な何もない空間だった。

 体を起こすために手をついても手のひらに伝わるのは、ベッドの柔らかい布の感触ではなくどこか温かさを感じる石の感触だった。


「おはようございます。」


 後ろから声がかかる。女性とも男性ともつかない声だ。


「お、おはようございます?」


 私はゆっくりと後ろに振り返りながら、そう返した。

 後ろに立っていたのはこれまた真っ白のドレスのようなものと白い布のベールを被った人の形をしたものだった。


「体は、大丈夫ですか?」


 「それ」はゆっくりと言葉を紡いだ。

 優しい声と表現してもいいような声のはずなのに、耳に入るその音は不思議な不快感を作っていく。


「大丈夫そうですね?」


 私は頷いた。


「……ここは、どこですか?」


 私と「それ」の間には時間の差があるかのように、それの反応は少し遅い。


「ここは、『天界』と呼ばれています。」


 一拍、いや二拍おいて「それ」は答えた。

 「天界」と聞いてまず思い浮かべたのか、ネット小説だった。少し昔だったら「神様の世界」といったそのままの意味を連想していただろうが、今の私が思い浮かべたのは一連なりの物語だ。


「あなたには救っていただきたいのです。」


 「それ」は私が考え込んでいるのをよそに話を始めた。


「百の試練を終えたとき、世界は救われるでしょう。」


 腕を広げ、ゆっくりと言葉を続ける。

 ベールの布で顔の一切は隠されていて口元など見えはしなかったが、私にはまるで録音された音声をただ機械が垂れ流しているだけのように思えた。「それ」は私を見ていないのだ。


「すべてを終えた暁にはなんでも一つ願い事を叶えましょう。」


「試練を解決するための術を与えましょう。」


「試練の中で命を落とすことはありません。」


「ご安心ください。」


 私はただ呆然とそれを聞いていた。

 優しい声はだんたんと無機質な声へと変わっていく。プログラムされたかのような無機質な抑揚。もしかしたら、最初から何一つ変わっていなかったのかもしれないが、それを確かめる術はない。


「現在、十二の試練が解決されています。残りの試練は八十八です。」


 今までよりも大きな間の後、「それ」は言う。


「ようこそ、六十三番目の勇者様。」


「あなたの旅路に幸多からんことを。」


 その言葉の後、浮遊感。冷たい風を肌で感じる。空には二つの太陽があった。

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「ようこそ、63番目の勇者様。」 黒いもふもふ @kuroimohumohu

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