柏木洋平の現在
リクライニングチェアには一人の男が座っており、デスクの上で両手の指を交互に絡ませている。その上に
「なんでここに連れてこられたかは、わかるよな?」
男が洋平に問いかける。洋平はおおよその見当はついていたものの、返事をする気力は起きなかった。
「俺から金を借りておいて、いつまで経っても返さないのは、そりゃ道義にかなわないんじゃないか?」
「契約書の内容をでっちあげておいて、道義もなにもあったものか」
「黙れ!」
男が声を荒らげる。すぐにいきり立つのが男の性分なのだろう。しかし、両手をふさがれているうえに、この窮地を打開する方法はあるかと尋ねられたところで、洋平は何一つ思いつかなかった。言葉で挑発するよりも、おとなしく黙っている方が得策だと洋平は判断する。
「うちもさ、お人好しで金貸しやってるわけじゃないんだよね。契約書も全部見せたはずだし、でっちあげと言われる筋合いはない」
おそらく金銭を借りたときにみせられた契約書は、今叩きつけられているものとは違う。ただ、それを証明するすべがない。
「でさ、膨れ上がった借金のことなんだけど、そろそろ返済してくれないと困るんだよね」
当初見積もっていた額はすべて返済しているはずだった。しかし、いつのまにか自分が抱えている借金額は、もう支払うことができないほどに
「臓器売買って知ってるか?」
洋平は顔をあげて、男をまじまじとみた。この男は、いったい何をするつもりだ。
「あれって、そんなに稼ぐことはできないと思っていたんだけどな、高く買ってくれるところが見つかったんだよ」
「それが……どうしたんだ……」
「大体察しはついているんじゃないのか?」
この男の言う通り、洋平はこの男のもくろみに気付いていた。しかし、その現実をあまり素直に受け取りたくはなかった。
「一週間やる。その間にお金を用意するもよし、家族やお友達と最期の別れをするもよし。好きに過ごすといい。ただ、一週間後、再びここに連れ戻す。必ずだ。そこから先は、もうわかるな」
「残りの人生は、あと一週間、ということか」
「まぁ、そういうことだな。別に逃げたってかまわないからな」
逃げきれるものなら。洋平は頭の中でそう補っていた。この男が本気になれば、自分がどこへ逃げたって捕まるはずだった。そんなことくらい、洋平だって知っている。そのことをこの男もわかったうえで発言しているのだろう。薄気味悪く高笑いするのが聞こえる。
洋平は、自分の残りの人生は一週間であると決めつけることにした。
運命だから仕方がない。
諦めも、ときには肝心なのかもしれない。
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