菅原詩音の現在
うだる熱に
この暑さは夏を待ちわびた太陽のせいなのか、死に
「それにしても首吊り自殺なんて、小説だったらベタ中のベタね」
詩音は感想をひとりごちる。ありきたりな小説があまり好きではなかった詩音は、自分がこれからする自殺はあまりにもありきたりであることに恥ずかしくなり、頬に熱がこもった。こんな自殺じゃ、芥川さんに笑われるわ。詩音は一番敬愛する文豪を思い浮かべた。でも、よく考えたら芥川さんも服毒自殺じゃなかった? その自殺もなかなか平凡ね。詩音はぼんやりとした不満を抱いた。
本の山には実に様々はジャンルが積まれている気がした。氷山ならぬ本山の一角には『自分の心がわかる心理学』と背表紙に書かれた本がある。これはたぶん役に立たなかっただろう。その隣には『初心者にもわかる刑法』と渋い文字で書かれた本もあった。たしかこの本に自殺についてのコラムがあったな。『自殺は自分を殺すことだから刑法199条に当てはまり殺人罪になる。罪人になりたくないなら自分を殺すな』と熱弁していたはずだ。なるほど、自殺はいけないことだなと小学生の時に学んだはずだが、その数週間後に別の法学書で『自分の命をどう使おうが勝手だろ』として自殺を不可罰としているのを見つけ、もうどうでもいいやと諦めた気がする。
詩音は再びロープに視線を戻した。果たして首が吊られた私はどんな姿になっているのか。ある小説には口から泡があふれ体全身が
ロープの輪をゆっくりと首にかける。首筋から全体温が吸収されたのか詩音の体はブルルと身震いした。
足を椅子から離そうか、そう決断しようとしたとき、窓の向こうから
『自殺するなら人に迷惑のかからない死に方をしなさい! 例えば首吊り自殺とか!』。
でも、そんなことを考えている間に電車が迫っているのが確認できた。かなりのスピードが出ていて、これは止まりそうにない。詩音はいつの間にか首にかけられていたロープをはずし、窓に手をついていた。
『逃げて!』
心で叫んだのと同時に、白い影が線路上に向かっていくのを見つけたものだから、てっきり自分の思いが擬人化したのかと思った。女性が助けられる一部始終を見送る。電車は何事もなかったように同じ速度で離れていった。
遮断機が横から縦になる。白いミニワゴンそっけない顔で走っていった。踏切の脇に白い影と女性が倒れている。白い影はよく見ると白いシャツを着た男性だった。髪が適度に短いのが身の軽やかさを感じさせる。
詩音は安心したせいかその場に膝を折って座りこんだ。足元に一冊の本が落ちている。表紙にはお
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