山川沙月の現在
ちょうど踏切に引っかかるなんて、こんなに運があることはない。
うまくやれば事故に見せかけることができる。不慮の事故で死んだことになればいい。沙月は家を出るまでに決意したことを繰り返す。
他人から見たら、自殺と事故では大きく違う。自殺であれば、『自殺なんて絶対にするものじゃない』だとか、『誰かに相談すればよかったのよ』とまるで悪者のように扱われる。私のことをつゆも知らない自殺防止センターが啓発材料として使われるのが関の山だろう。しかし、事故はどうだ。よくあるだろう、ガードレールを突き破り、崖の下まで車ごと転げ落ちて若い運転手が死亡すること。きっと人々は『あら、アクセルとブレーキを踏み間違えたのね。かわいそうなことだわ』と慈悲の目を向けるに違いない。
では、これらを踏まえて、自殺と事故、あなたはどちらを選択しますかと問われれば、やはり事故を選ぶだろう。ただ、事故は滅多に起こることがない。
だから、演じなければいけなかった。
事故を演じた自殺は、もはや事故なのだ。
死ぬ直前になってまで世間体を気にするものなんだな、と沙月はひとり苦笑してしまった。
自分を守ることはできないであろうかぼそいポールが、ハードルのようにゆっくりと目の前の進路を阻む。このポールさえ押しのけて線路に車ごと入りさえすれば、自分の作戦は成功するはずだった。
しかし。
沙月は、両手をハンドルに戻し、今まで目を逸らしていたことに意識を向けた。
踏切の手前で停車した時から気づいたことであるが、踏切の棒と棒の間、つまり線路上に、白いワンピースを着た女性が立っていたのだ。年は20代前半だろうか。沙月は彼女も自殺志願者なのだろうかと考える。日本の自殺率は世界有数だとワイドショーか何かで聞いたことはあったが、まさか自殺のタイミングがかぶるとは。そこまで自殺が身近だったなんて思わなかった。沙月は彼女をどうしようかと思いあぐねたが、どうせなら一緒に死のうと決めた。
赤信号、みんなで渡れば怖くない。この原理とおよそ同じだ。
電車が遠くからずんずんとやってくる。沙月は右足をアクセルペダルに置きかえた。残りの時間は音楽に耳を傾けよう。車にエンジンをかけた時からかけっぱなしにしているアルバム。最近亡くなった世界的ロックスターの歌声が耳に響く。
僕たちは英雄になれる
僕たちは英雄になれるさ
僕たちは英雄になれる たった一日だけは
僕たちは英雄に
電車が顔を大きくしながら向かってくる。沙月が右足の筋肉に力をこめようとした瞬間、沙月の目が何かをとらえた。その何かは人であることに気付くと、すかさずこう思ってしまったのだった。
『やっぱり今日は自殺の日か何かなの?」
そんなくだらない検討をしているうちに、電車は沙月の前を猛スピードで駆け抜けていった。
自殺しそびれた、沙月はその後悔も思いつくはずであったが、それよりも先に、二人の安否が気になっていた。
沙月が別の見解を思いついたのは、少し時間が経ってからだ。ああ、そんなはずはない、二人は電車にぶつかったんじゃなくて、電車を避けたんだ。もっと正確に言うと、線路に突っ立っていた女性を、ある人が助けたんだ。その人は今、立ち上がって倒れている女性の元へ近づいている。身長は高く、すらりとした
すっかり
しかし、後方から軽トラックが
車の中を満たしていた曲は、いつのまにか最終フレーズに到着している。
沙月は大ファンであるロックスターの歌声に負けないくらいに大きな声で、大好きな歌詞を口ずさんだ。
僕たちは英雄になれる
僕たちは英雄になれるさ
僕たちは英雄になれる たった一日だけは
僕たちは英雄に
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