022:女神の始末

 さてな、女神の始末について書いていこう。


 ユニヴァースアタックで遭遇した前ダンマスの女神であるが、私はあれで殺しきれたとは全くもって思っていなかった。なにせこれだけ大規模なダンジョンをグズグズでズタボロの赤字経営とはいえ運営してみせたのだから、生半可な存在じゃないことは容易に知れる。また『ユニヴァース』のダンジョン・コアがもたらした情報によれば、私より格上の存在だったんだよね。

 私が第八階層で勝てたのは女神に合わせる気がまるでなく、最初から殺す気で動いていたからに他ならない。本当に運が良かったんだ。まったく、安全に浸かるとどうしても日和っちゃうんだろうかね?


 何にせよ女神はこうして私の前に現れた。それが事実であり真実として受け止めねばなるまい。


「やってくれたじゃないの……!」

『あら、何処ぞの野良猫さんじゃありませんの。生きていらっしゃったのね』

「野良ッ……良いわ、堪えてあげる。私は寛大だもの。すぐに制御権を返しなさい。そしたら許してあげる」

『許す? 誰が? 何故? 寛大の意味をちゃんと辞書で引いていらっしゃい。とても貴女に相応しいとは思えませんわ』

「貴女……!」


 激昂する女神が光剣を手に抜き放ち斬り掛かってくるが、私は鼻で笑いつつ避けていく。


『あらあら、口で負けたら暴力で解決ですのね。さすがは野良、野蛮の極みですわ』

「五月蝿い! 黙れ!!」


 きっと女神は気付いていなかったろう。私が何故勇者をここで待ち構えたか。何故この場所を選んで誘導したか。私の決意は何だったのか。きっと、きっと解ってはいなかっただろう。だから私が砲門を勇者たちに向けた時、彼女は『怯え』ではなく『怒り』を顕にしたんだろう。牙を剥いたものにたいし、いっぺんたりと油断するべきじゃないのにね。


 私は向かってくる女神に対し、勇者へ向かって射撃を開始した。


「卑怯な!」

『ご冗談を』


 弾頭はおなじみ『焦滅』概念弾、触れれば喰われるいやらしいやつ。まず勇者たちでは防ぎようのない射撃に女神は切り払いで応えてみせた。女神の剣は『割断』概念の結晶であり、存在するならば何者でも切り裂くというバターナイフだ。如何に『焦滅』と言えど付与されているのは弾丸だ。斬られてしまえば地に落ちるしか無い。また触れた剣を食おうにも、そのたびに再展開されるから実質無効化されている状態といえる。最終的に勇者たちを守る結界を破壊することは出来ず、無数の無駄玉を撃つ状態になっていた。


 と、言葉にすると強そうに思える『割断』だけれど、『焦滅』と同じく触れなきゃ意味がないモノなので概念的には弱い部類に入る。理不尽なものは本当に理不尽だからねぇ。

 というわけで担い手が一流の剣士じゃない上に、切断効果のない私とぶつかるには具合が悪い。もちろん私が油断してコアを切り裂かれれば致命打になりうるけれど、逆に言えばそれさえできていれば良いんだ。それ以外をいくら切り刻んだところで何の効果もないのだよね。


「私を怒らせたことを後悔しなさい!」

『一度たりとてしませんわ。これまでも、これからも』


 女神が背中から顕した六対の翼から無数の羽根が射出される。これには『貫徹』の概念が付与されていて、概念応力が続く限り何処までも直進するものだ。これ、暗殺には良いけど正面切って戦うにはパワーが足りないのだよね。なにせ交差は一瞬、効果は遠長。追尾するならまだしも、見た目はレーザーみたいでかっこいいだけなんだよね。費用対効果があまりに悪すぎる。


 ちなみに羽根に対する措置は『豊滅』の炎。結局ね、彼女の弾はどこまでいっても『羽根』なんだよ。なら燃しましょうね。燃え尽きる羽根が舞い散り、平原の草木が灰になるけどかまうものか。これで土を焼くとガラス化するので安易に使えないのだけれど、それを許すなら中々便利な概念だよ。というわけで延焼する羽根であたり一面が焦土に変わりつつ在る。


『あらあら、貴女のせいで一面が焼け野原。酷いことですわ』

「貴様が言うか!」


 まぁここまでは予想通りだよね。既に見せたカードのやりとりなんだから当然といったところだ。問題はここから先、女神が披露していないカードへの対処だ。


「本気にさせたわねーーッ!」

『それは宜しい事で』


 彼女が『女神』であるならば、持ちうる攻撃手段はこれだけでありえない。少なくとも対空間干渉が出来ずして神を名乗ることは出来ないんだよ。一般的に『権能』と呼ばれる力だね。そう、世界への干渉ができて初めて神なんだ。例えば『幸運』なんかは代表格、あとは『生誕』なんてポピュラーなところ。

 そして女神の権能は『陽月』というもの。太陽と月を司り、光と闇、昼と夜を支配下に置く権能だね。正に世の有り様を示す、最高神の持つべき権能と言っていい。そんな彼女が本気と言っているなら、予想できるのは支配領域からの追放かな。つまり『昼でも夜でもない領域』に隔離しちゃうんだ。そうだね、臭いものには蓋をしよう。しまっちゃおうね。しまっちゃおうね。


 しまえるものならね。


 こうして広場から居なくなった私を見て高笑いする女神は、慈愛の表情で勇者たちを再度説得でもするのだろう。というかしていた。いやぁ、笑顔の女神の背後にぬるっと現れた時の勇者たちの表情たるや、優しいスライムさんのサディズム心がむくむくっと膨れ上がってしまいますよ。顔を青ざめさせる勇者たちに気付いて振り返った女神が振り返ると、とても愉快な表情を見せてくれた。うん、調子に乗る奴をいじるのはとても楽しいね。


『ごきげんよう』

「は――え?」

『昼でも夜でもない、黄昏に追放するのは悪手でしたわね』


 絶句する女神にやれやれと首を振るうが、多分理解はしていないんだろうなぁ。私は『ユニヴァース』の攻略において聖杯を取り込んでしまった。当初は気づかなかったんだけど、これでコアが一つ増えていたんだよね。完全に想定外のことであったのだけれど、私は聖杯が司る『黄昏』という概念を取り込んでしまった。


 はいそうです、『黄昏』です。まさに女神が追放した領域に関する『権能』ですよ。


 いやぁ、成長の余地があってスライムさんもびっくりです。つまり女神は私の支配する領域に私を追いやったわけなんですねー。そして『黄昏』とは境界線を示す権能、ならば時の隙間から着地地点を見繕い、空間魔法で飛べば一発ですよ。


 というか『ユニヴァース』のダンジョン・コアが抑えられた時点で、自身のジョーカーが割れていると気付いていないんだろうか。記録漁ったらすぐに判明したんだけれども。概念戦は良くも悪くも手札たるカードが全て。露見した段階で対策が練られていると判断するべきなんだよ。

 その上で相手を上回る立ち回りをしなければ勝つことは出来ない。このあたりはカードゲームと似ているかも……今度『エテ・セテラ』発の娯楽として流行らせてみようかしらん。いや身持ち崩す人が増えそうだな、止めとこう。


 さて、閑話休題。手札が割れていると気付いていない女神は再度追放しようとしたけれど、彼女が追放しようとしているのは私の領域だ。つまり自身の管轄外に干渉しようという試みで、かつ相手の領土に関する処理なのだから追放することは出来ない。


 だがこれで『陽月』を封じることが出来たわけじゃない。今は戦術が噛み合ったから拮抗しているにすぎないし、『黄昏』は万能の権能じゃない。瞬間的な出力は『黄昏』が優るが、永続的な出力は『陽月』に軍配が上がる。つまり長期戦になると私が不利になるから、私は速攻を仕掛ける必要があるのだよ、ワトスン? 相手が追い詰められていると同時に、私も追い詰められているってわけさ。


 お互い譲れないものがある以上、最早殺し合うことでしか分かりあえない。だからさっさととどめを刺すとしよう。


 狙い目は女神の『陽月』使用タイミング。ここにインターセプトして『焦滅』を行使する。通常であれば昼と夜なんて曖昧なものに『焦滅』を当てる事はできないが、『黄昏』により拮抗している……つまり明確な境界線が生まれているなら可能だ。そして『焦滅』は触れるもの全てを溶かし喰らう、私の存在そのものを示す概念でありジョーカー。それが曖昧なものでさえ、在るのならば私は喰らってみせるとも。


 タイミングは今、女神が動揺しているこの瞬間しか無い。


『いただきまぁす』

「がっ、ぎ、ああああああああああ!!!」


 展開された『陽月』に『焦滅』の毒が溶け込んでいく。空間が軋みをあげて泡を吹き、ぱりぱりと割れて昼と夜が曖昧になっていく――なお『陽月』はパリッとした歯ごたえにもっちりひんやりとした葛のようで、甘くてふわとろの大変美味しいデザートでございました。うーん、今まで喰ってきたモノの中で一番おいしいかも。そしてコアがまた一つ増えて合計二十三核となり、ついに神格を得てしまいましたよ。女神級スライムさんは神話級スライムさんにクラスチェンジですわ。やったね。


 ちなみに女神はというと、権能を喰われてただの人に成り下がった。権能を持つものが神であるけども、神は権能そのものではないからね。失えばミニマルな形に収束するのも当然の話だ。とはいえ剥奪の痛みは相当なもので、ちょっと薄い本ばりにビクンビクンしているのはそっとしておいてあげよう。だってほら、失禁とかしてるし追求するのは酷な話じゃない?


 それに力を失った女神……神じゃないからもう女か。この女ははどうあがいても私になにかするなんて出来はしない。まぁ女神信仰がこのあと三千年くらい保たれれば、また権能を取り戻して神格を得るかも知れないがそのときはそのときだ。


 こうして人知れず『ユニヴァース』から女神は去り、新たな女神(建前上は雌型だからね)が擁立された。そして私は『ユニヴァース』を収める一柱の神として最初の仕事をこなすとしよう。


『さて、皆様覚悟は宜しくて?』


 けれど神格を得てはじめての仕事が、少年少女の暴食とはまた邪神めいていますなぁ。これはもうスライムさんだから仕方ないと思ってもらうしか。それに死ぬのは一瞬だから、恐怖を感じる間もなかっただろう。


 ちなみに食レポ的な意味ではアジの小骨かじったぐらいの感覚しか無かったです。そもそも格が違いすぎて、美味しくないんだよねぇ。うーん、神といえば生贄という言葉が外せないけれど、私は要らないかな。この分だと単純に捧げられても満足できそうにない。まぁ食べませんけど。


 なお死後の魂はちゃんと加護を剥奪した後、輪廻に載せておいたので神的には全く問題ない。とはいえ一年C組の半数以上が集団失踪下地実は消えない。エンヴイフロアの警察各所には可愛そうだが、頑張って事件を迷宮入りするお仕事をしてもらおう。私はそこまで面倒見きれないからさ。


 そんな訳で女神はただの女となり、私は女神となり、世はなべてこともなしと相成ったわけだ。


 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。

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