021:勇者の始末
さて、ファンタジーエリアの始末をつけないとね。大きな問題を前に立ちすくむとすべてが止まってしまう。とりあえず目の前の事を取り急いで片付けてかないと、遠からず潰れちゃうんだよ。自転車操業やめたいが、止まれないから自転車操業なんだよなぁ。
事情を確認した私はまず『神の軍勢』を全て引っ込め、サイバーエリア郊外の重度汚染地区へと移動させた。いきなり消えたら連合国も浮足立って慌てふためいたことだろうが、その辺は抜かり無く先触れを通してある。なにせ三十万に膨れ上がった軍がいきなり消えるんだからね。なにかあるんじゃないかと疑うよ。具体的には大規模破壊魔法の行使ね。
で、一旦サイバーエリアに転移させた軍勢の指示を出しておこう。こちらは事前通達していないから大混乱になりかねないし。
ちなみに彼らには得物を剣から鍬に持ち替えて、土いじりをしてもらいます。サイバーエリアは良くも悪くも発展しすぎて停滞した世界。このままだと文明崩壊して食うものもなくなりかねない(モノは使えるが、モノの作り方がわからない状態だ)からね。そもそもサイバーフロアの食事はクソ不味い合成食料だから、人生にうるおいがなさすぎるんだよ。それですら供給が滞っているからみんな腹減っている。空腹は容易に犯罪へと走らせるからなぁ。
ただこんな世界で食料を得ようとするならば、それこそ管理された工場で生産された野菜や畜産物しかなくなる。そこでこの三十万ある都合のいい人手ですよ。彼らは正式名称『全天候型戦闘猟兵シュヴァルツ八〇ニ式』という。なんか尻の穴がキュッとなるがきっと勘違いだろう。
さて、全天候型ということでコイツらは非常に頑丈だ。サイバーフロアの重酸性雨のなかでも平気で活動できるくらいには強靭である。この特性を活かしつつ、汚染浄化のための作物『エヴァーグリーン』を植えさせていくことにした。
こいつは土壌に含まれる魔力を取り込み、内部の魔石に蓄積する立派な魔物だ。通常は周辺に漂う魔素を取り込むところ今回は汚染を取り込むように調整した。結果として膨大な魔石が生成されることとなり、リソースカツカツの『ユニヴァース』でも有数の採石地帯となるのはもう少しあとの話だ。
なおサイバーフロアに急に現れた軍改め開拓団を警戒したのか、視察サイボーグ部隊が現れたが、彼らはフロアマスター『スロース』が管理している人形たちだ。私が前に出ることで警戒は解かれ、事情を説明すると経過観察付きで和解が成立した。
というか救荒作物について説明すると、喜んで育成に協力すると言ってくれている。サイバーフロアに魔物は居ないから非常に興味深いのだそうな。
また『スロース』は開拓団をより効率よく運用するための策を考えてくれる。特に都市外部は人の住める土地ではなく開発の余地が無いため、こうした動きは助かるだそうな。怠惰の名に反して働き者のAIだよね。そう呟いたら[面倒は嫌いなので]と言っていた。なるほど、『スロース』は夏休みの宿題を真っ先に片付けるタイプだな。
さて、サイバーフロアの停滞に一策打った私は再度フロアジャンプし、連合国議会へと足を運んだ。忙しいぜまったく。
「神の軍勢が居なくなったようだな」
「フフフ……奴等は目の上のたんこぶ」
「連合を悩ませていた問題児よ」
『なにか最終回っぽいので止めてくださる?』
「「「ミーディアム殿!!!」」」
議会に顔を出せば見知った面子(その頭皮はふさやかである)が気持ちよく答えてくれた。みな壮健なようで何より。とくにゴディバさんやハウランドが老けていないか心配していたのだがその様子は欠片もない。
「それで? あれは汝の仕儀であっているのだな?」
『ええもちろん! 神を叱って参りました。あとは問題――ばかりですけれど、これ以上の悪化はなくてよ』
「流石ですなぁ。して、顔を出したのは勇者の件ですかな?」
『流石ゴディバ様。対処の目処が立ちましたのでそのご報告に』
「おお……」
にわかにざわめき立つ議会を私は手で制する。やはりパルティザン活動をする勇者は面倒な存在なんだよね。でも目処がたったとはいえ、その方法はしっかり手順を踏む必要があるのだな。
『勇者は加護を剥奪したのち元の世界に送還します。そのために皆様ご協力頂きたいのです』
「何でもとは言えませんが?」
『もちろん! 皆様で出来ることを少しだけお願いするだけですわ』
出来ること、それは誘導だ。勇者は今まで要塞化した都市群を避けて侵攻していた。なら意図的に警備を薄くすることで上手く誘導することが出来ると私は睨んだんだ。かつて私の気配を掴んだニンジャ・アサシンのカザマ君が斥候をしてくれるなら、こちらの盤上に乗って行動してくれるだろう。之までの傾向から見ても危険は避ける傾向にあるし、また今までの成功体験が安牌だったルートへへ導いてくれる。
というわけで防衛計画に封鎖作戦を追加し、各都市は勇者の進行ルートを絞るよう部隊の戦略的再配置を行ってもらった。なお無茶を言った私からの報酬として、呼応してくれた各都市には、一度だけ自身の支配地域において天候を指定できる権利を譲渡しておいた。『ユニヴァース』を支配した私なら十分可能なお願いだ。完全にチートだけれど自分のカードなんだから積極的に使っていかないとね。
さて、結果として勇者たちの動きはどうなったか。こちらの意図を見抜き分割して攻める陽動案か、はたまた今までどおりに隙間を縫ってくるのか。彼らが選んだのはやはり後者だ。
やはり今までの成功体験を払拭するには至らなかったようだね。いくら一年間に渡り戦ってきたからといって、戦闘勘が十全に養われているかと言えばそうではない。戦略レベルでの判断となればなおさらだろう。
だから私は都合のいい場所で立ちふさがることができたわけだ。場所は見晴らしのいい広大な平原、私は彼らと対峙していた。
「うわっ、魔物?!」
「突然現れやがった、皆気をつけッッ!!」
剣を構える一行に、私は殺気をぶつけてちょっと黙ってもらう。これで殆どが無力化されたが高位加護持ちはこらえたみたいだ。具体的には『ブレイバー』のヤマダ君とかね。
「な、なんなんだお前――」
『おだまりなさい』
けど物理的に口止めをすることも十分可能。声を上げた『ウォリアー』にぺしーんとスライム体を射出し、簡易猿ぐつわにしてやる。口は塞がったが鼻は閉じてないから窒息はしないので安心してね。
『さて、と。一年C組の皆様、御機嫌よう。私はミーディアム……通り名では『粘体の魔女』『スライムの王妃』『悍ましき怪物』などと呼ばれておりますわ』
「ッ……」
一部青ざめたな。私の評判を知って警戒していたメンバー達だろう。うんうんいいよいいよ~そういうところは好感が持てる。ファンタジーエリアは油断すると『ころり』と死ぬからね。だけど『ブレイバー』が健在なのは想定内だとしても、敵意を持ってこちらを見ているのはとても面倒だ。まぁ、疫病(と言う名の水虫)を振りまいたからには分かりやすい敵と言えるけれど。状況を一方的に信じるのはやっぱり減点だね。
やはり彼らに血湧き肉躍る修羅道はふさわしくない。ここは現実で、冒険譚なんて甘い理屈が通る世界じゃないんだから。
『今回は皆様にある提案を持ってまいりました。皆様、お家に帰りたくはありませんか?』
「何を言って……」
『あなた方の自宅に帰れる、と申し上げております。しかも今なら経過した時間を考慮して、召喚されたその瞬間に戻して差し上げましょう。もちろん召喚に伴い付与された加護は剥奪させていただきますが』
「そんなの嘘に決まってる!!」
『重ねて事実を申し上げれば、仮にあの王国が元の世界に送還した場合、皆様の世界では約百年後になっていますわよ』
「な……なんだって?」
ちなみに勇者召喚システムはダンジョン操作であるフロア移動を模倣したものだ。これはあくまで移動であって、時間軸の調整まではしてくれない。なのでフロアの時差が適用されてしまうというわけだね。そして言ったとおり第二階層と第四階層の時差は百倍前後。一度第四階層に至れば、どのみち元の生活には戻れないんだね。
『今ここで止まるなら、すぐにでも御両親の元で温かい布団と美味しいごはんが待っていますわ。けれど断って進むようなら明確な危険分子とみなします。よく考えてとは言えません、今此処で決めてくださいませ』
力量差はハッキリしているからか、私の言葉に揺れている子も何人か居る。例えば『ライフマジック』……生活魔法を扱う加護を持つスズミヤちゃんはハッキリ言って帰りたいだろうね。なにせ彼女、勇者としては能力が低すぎて虐められてるもの。あいつら酷いんだよ? 雑用を始めとした労働は全部押し付けて、正に奴隷のごとく扱っているんだから。スタンフォード監獄実験を思い出すがこちらはもっと酷い。精神的ケアが必要なくらい追い詰められているからねぇ。なおヤったのは『ウォリアー』と愉快な仲間たち。私には全て筒抜けだぞ? なにせ『ユニヴァース』のコアには全て記録されていたからな。
そんなわけでスズミヤちゃんに微笑んでみたら彼女はビクリと震えた。おっと慈愛が溢れ出てしまったか。最早私は女神級のスライムさんだから仕方ないね。それを信じたかどうかは定かではないけれど、彼女は濁った目に涙を湛えてふらふらと前に歩み出た。
「ほんとに、帰れるの?」
『ええ。我が名において誓いますわ。望むのなら記憶も封じましょう』
「スズミヤ?! 何いってんだ、戻ってこい! そんなの嘘に決まって――」
「どうでもいい……」
「えっ?」
「うそでも、ほんとでも、どっちでもいい。もう、わたし、つかれたから……」
ヤマダ君の説得に『あは、あは』と笑い返す様に、私はどうしようもなく憐憫を抱く。人間はこれだから怖いのだよなぁ、誰も彼女を痛めつけることに悪意を持っていないんだから困る。私は濁った目で見上げるスズミヤちゃんに『少しくすぐったいですわよ』と断ってから、竜頭の触手でがぶりと飲み込んだ。
同時に魂に付与された加護をぺりっと引き剥がした後、脳に直接干渉して該当する記憶を消去、同時に体内環境も調整して治療を施しておいた。このままだと子供ができなくなるところだったが、幸いこうした外科手術はスライムさん得意なのでね。
処置が終わったあとはすぐさま『ユニヴァース』のコアに接続。彼女がやってきた第二階層『エンヴイフロア』の履歴を参照し、状況発生点及び座標を確認して移動させる。
これでスズミヤちゃんは当時の一年C組の教室に戻ることができた。観測した限りでは誰も居ない教室にキョトンとして首を傾げているようだ。うんうん、よかったよかった。以後干渉することはないと思うが、彼女には幸せになってほしいものだよ。
さて、話を戻して勇者たちなんだけど……やはり皆顔面蒼白だ。傍目から見たら私がスズミヤちゃんを喰ったようにしか見えないからね。しかたないね。
『他にはいらっしゃいます?』
なんて聞いてみてもすぐに頷く人は居ない。やっぱショッキングだもん。そこかしこで『喰った』『喰われた』と怯え声が聞こえる……と、ここまでは想定内。そしてここからも私の予定通り、諦め顔の少年が一人が前に出てきた。彼こそが状況に対するキーパーソンと言えるだろう。
「……本当に帰れるんだね」
『だから"名において誓う"と申し上げております』
彼はキサラギくん。『オラクル』の加護を持つ彼は、十秒ほど先の未来を見ることが出来る。つまり……『オラクル』を使えば、スズミヤちゃんの結末を見届けることが出来るんだね。だから今、彼はスズミヤちゃんが無事で、教室に居ることを識っている。
さらに重ねると此処に留まった場合どうなるかも識っている。もちろん己がミンチよりひでぇ事になる光景だ。私に狙われるのだから当然だよね。
そもそも戦闘になったら勘の鋭い奴から潰すのは定石じゃない? 誰だってそうする、私もそうする。つまり彼だけは状況を完全に理解できているんだね。
「俺も帰るよ。まだ死にたくないから」
『承知いたしました』
それきりぬぽっ、シュッ、ビューンと教室に返してあげた。擬音にするとこんなもんですよ。
さて、ここでポイントとなるのは『オラクル』が進んで前に出たということ。彼は『逃げろ』と叫ばずただ淡々と受け入れた。それは彼が勝ち目が無いことを理解し、また『スズミヤちゃんを送還した』という言葉が真実で在ることを明らかにする。
帰れる、という事実が此処に証明されたわけだ。
これを契機に勇者チームの半数……主に非戦闘員の面々が帰還を申し出た。当然彼らは丁寧に丁寧に送ってあげましたとも。だって死にたくないだろうし、帰れるものなら帰りたいでしょう。これには今まで偉そうにえばっていた戦闘力の高い面々が動揺する。
そりゃそうだ、誰一人止めようもなく行ってしまうのだから。彼らにとってこの世界はとても楽しいものだったろうけれど、帰った面々は内心ウンザリしていたんだ。スズミヤちゃんへのいじめも、中心となったのは戦闘メンバー。非戦闘員のクラスメイトたちは声を出せば矛先が自分に向かうから言い出せなかっただけで、この状況が良いとは微塵も思っていなかったんだよ。そりゃそうだ、仲間を傷つけるやつを誰が信用できる?
だから閉塞した場に好条件を出せば飛びつかざるをえず、これを止めるすべはない。何故なら戦闘メンバーは全員、動いたら真っ先に殺されると直感で理解しているから。この場において最も強力なパワーソースである暴力が、私によって無効化されちゃったんだから仕方ない。
愕然とする『ブレイバー』や『ウォリアー』の気持ちはわからないでもないよ? 彼らは実際に強かったんだから、酔ってしまっても仕方がない。でも酔い過ぎたのは自己責任だよね。
『さて、これで終わりでしょうか? 残りは敵ということになりますが』
残ったメンバーに問いかけるも、動揺して声になっていない。大体叫ぶ内容は恨みつらみというか、よくも食いやがってとか要領を得ないことばかり。うーん、脳が筋肉になって思考能力が奪われちゃったのかな? そもそも『安全に帰れる』と理解できていない者も何人かいるみたいだ。『ウォリアー』と愉快な仲間たちは筆頭だね。まぁ彼らについては帰還を申し出てもそのまま食うつもりだったけど。せいぜい神の目に止まってしまったことを恨めと言ったところだ。
『さて、理解に苦しむ所ですが……こうなった以上"敵"として消えていただきます。皆様にはご理解頂けないでしょうが、存在そのものが"悪"以外の何物でもありません。これから皆様はなんの手助けも受けず、ただひたすら死ぬだけです。どこまで意地を張れるか……見ものですね? では死ぬがよい』
「ッ! 逃げッ!!」
人生もといスライム生となって一度は言ってみたいセリフと共にブレスを吐いた。吐いたのだが勇者は無傷だった。『はてな』と思うが、同時に『やはり』とも思う。勇者を背に立ちふさがったのはあの女だ。結界を張る彼女は私を睨みつけて叫ぶ。
「私の勇者に、何してくれてんのよ!」
さあて殺したはずの女神様が再登場、クライマックスが始まるよ!
とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。
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