020:ファンタジーエリアの今

 さて。ファンタジーエリアに帰るために準備が必要だ。まずは警備状態確認と行こう。


 『ユニヴァース』のダンジョン・コアを制圧した私は、コアに対して容易に干渉されないよう、今できうる最高水準の防衛機構を施しておいた。先日の羽根よりは幾分マシ程度だけどないよりはマシだろう。というかここに注力している暇がない。ぶっちゃけ世界がピンチなんだから。


 その急先鋒が私達が住まう『ファンタジーエリア』だというのだからシャレにならない。なにせいまダンジョンのリソースを一番喰っているのがファンタジーエリアなのだよ。勇者と神の軍勢が圧迫してヤバイのなんの。ほんと女神なにさらしとるんじゃお前マジお前マジお前。もう一度殴りたい衝動をぐっとこらえて私はフロア転移した。『ユニヴァース』を掌握した今、私にとって世界はただのエリアにすぎないからね。


 瞬時に懐かしき我が家『エテ・セテラ』前に移動すると、なんと町ができあがっていた。えっえっどういうこと? と、周囲に聞こうかと思ったら見知った商人たちが私を指さしてワッと盛り上がった。


「あっ、女神の姐さんじゃないか!!」

「うおお、久しく見ない内になんか神々しくなってないか?!」

「拝んでおこう。ナムアミ、ナムアミ」


 ナムアミって私死んでるじゃないか。それはさておきこの有様は一体どういうことなのか。挨拶もそぞろに『エテ・セテラ』の最下層『シャングリ・ラ』に戻った私は、のこした『わたくし』と再度融合し、なんとなんと一年三ヶ月もの月日が過ぎていたことを知った。わあおだいぶ席を外してしまったようだね。やはり時間の流れが違っていたけれど、最悪の事態は避けられたようでなによりだ。


 こうしてダンジョン運営に関する最低限の知識を得た私は、即座にダンジョン営業会議を開くべくスタッフを緊急招集した。結局『わたくし』に出来たのは単なるダンジョン・コアの維持だけで、詳細はぜんぶスタッフに丸投げしてたからちゃんと聞き取らないといけないんだね。各自会議室の席に座ったり蹲ったりして、そうそうたるメンツが揃い踏み。うーん、これだけ強力な魔物たちを一同にすると中々に壮観だ。

 

「「「「「あるじ、おかえりなさいませ」」」」」

『顔を上げなさい。事は急を要するとわかっていますわ。各自報告を』

「「「「「承知いたしました」」」」」

『では各自報告を』


「ならわたくしから! わたくしから御報告させてくださいまし!」

『キュエ?』


 ガッターンとイスを揺らし、強烈に熱気のこもった挙手をしてくれるキュエさん。なんだろう、『わたくし』の経験上、宿屋『ゆ~とぴあ』の経営は特に問題なかったはずだ。そしてこの周囲の『ウゼェ』という視線はなんだろう。特にドラゴン三兄弟のレツ、レド、レギの視線がすごく冷たい。一体何が起きたというのか。


「わたくし……ついに王子様をできましたの!!!」

『えええええええっ本当ですの?! 幻覚ではなくって?!! どどどうしましょう、私サキュバスに効く風邪薬なんて作れるかしら……』

「もうあるじ様! 嘘じゃありませんよ!」


 キュエさんに王子様ってどういう事だ。いやまて、『王子様できました』って意味が分からないよ? 困惑する私に、ゴブ爺さんがため息混じりに教えてくれた。


「あるじ、キュエの奴は逆ヒカルゲンジ計画を画策しとるのですわい」

『え、うわあ』


 つまり初々しいショタ冒険者をとっ捕まえて自分好みに染め上げるというやつか。いやまぁ間違っちゃいないんだけどそれってどうなのよ? いやキュエさんの乙女願望を満たすにはそうした方が楽だと言うのは分かる。また本当に見つかったなら暇を出すのも吝かではないんだが……こう、ね。

 前世の倫理観が『年端もいかない少年を籠絡する』というアレな感じに取れてすごく背徳的です……。しかも彼女サキュバスだからね? そりゃ色々とそう、色々とそう色々と色々が色々でしょうよ! いや私がダンジョンで生み出した魔物なので、彼女の年齢は一桁なんだが。これはおねショタなのか、おにロリなのか私にはもうわかりません。


「大丈夫、わたくし達は清い関係でおりますので……それに、えへへ。あかちゃんはまだはやいかなって……」

『アッハイ……ガンバッテネ』

「はい! 頑張りますわ!!」


 私の諦めに周囲もがっくりと項垂れた。うんそりゃそうだよね、営業会議でいきなり『恋人できました♡』とか来られても困るという話だよ。ウチらしいといえばウチらしいんだけど。


『はい他には? ダンジョンは特に問題ないかしら』

「それなら一つ問題が在るゾ」

『問題? どうぞおっしゃって頂戴。すぐ改善しますわ』


 声を上げたのは眠れる龍のレギ君だ。珍しく眉間にしわを寄せて憤慨している。彼は三食昼寝付き(ただしお仕事は寝ること)というのんびりやさんなので、こうして怒りを顕にすることは非常に珍しい。これはのっぴきならない事態だといえよう。


「ここ最近、愚弟……レツの戦績が良くないのダ」

『そうなのですか?』

「……ぶっすぅー」


 レツ君は機嫌悪そうに長い首を揺らめかせ視線をずらす。うーん、彼は初心者向けのダンジョン『ワカバ』のラスボスだから、相応に『若手に手加減できる』強さのはずなんだが。っていうかちゃんと障害になっていれば安々と突破できる力量でもないんだけども?


「……俺は悪くねぇ。キュエの奴が悪知恵を多数仕込んでやがるんだ」

『多数? その程度で負けるような貴方ではないでしょう。ボス部屋には人数制限を設けていますわよね。悪知恵の一つや二つで負けるとは思えませんけれど』

「待てあるじ、レギがいう多数とは『物理的な数』という意味ダ。キュエの教え子は数多に上るゾ。つまり強力な冒険者が多数現れていル」

『は……えっ? ちょっとお待ちなさい。キュエ、貴方その王子様候補とやらはの?』

「そうですわね~。ひのふのみの……百人はいなかったかと! えへへぇ」

『うわあ』


 なんてこったいこいつヒカルゲンジ計画どころか逆ハー企んでるのか! サキュバスだから基本問題ない的なパッション?! いやいやそれだと百人近い純情な少年の心を蔑ろにするに等しいじゃないか!


「あるじ、念の為言っておくが少年だけではないゾ。少女もダ」

『両刀ですのー?!』

「ぽっ……」


 『ぽっ』じゃねえですだよ。何てことしてくれてんのこの色情魔……いや全体の質が上がるのは良いけどこれは大問題ですよ。何がって短期的に見ると冒険者の戦力向上に繋がるんだけど、長期的に見ると一代限りで終わるゴミが量産されてしまうんだ。

 女の子も喰っているとなるとなおさら良くないですよ! このまま有望な面子がすべてキュエさんに取られてしまうと、せっかく育てた優秀な冒険者の第二世代がダンジョンに来てくれないじゃないか!! 仮に認めたとしても、キュエさんは一人しか居ないから産める子どもの数は限られる。如何にサキュバスとは言えスポポンポンと子供は生まれてこないのだよ。

 つまり長期的に見て『エテ・セテラ』の顧客がガッツリ減ってしまうんだ。これはダンジョンを根本から潰そうとする『傾国の美女』ならぬ『傾ダンジョンの魔女』じゃないか。これは由々しき事態ですよ!


『キュエは後でお仕置きです』

「な、何故ーー!!」

「当然ですな」

「然り然り」

「悪は潰えタ」

「正義は勝つ」

「完★全★勝★利!」

「納得しかねますわーー!」


 スタッフも全員納得の表情でウンウンうなずいていた。さもありなん。悪が栄えた試しはないのだ。それが『エテ・セテラ』ならなおさらであるよ。


『次の方なにかありませんか』

「ではワイからひとつ、よろしゅうございますか」

『ボルトですか。商業・テイクアウト部門でなにかありましたか?』

「なにがっちゅうよりは事後報告ですわな。ウチの氷販売について、商用保冷魔道具の展開を始めましたん」

『あら。ソウルジェムは限られているでしょうに良かったのかしら』

「『エイリーズ』商工会たってのお願いとあって断れなかったんですわ。ワイとしては判断つき兼ねたんですが……ワイら『エテ・セテラ』の名を売るには良いかと思いまして。そのおかげで冬でも氷の取引がちょくちょくでとりますわ」

『なるほど。私は貴方の商的感覚を信じますわ……それとギーガも何か言いたいことがあるのではなくて?』


 そう私が言えば、一つ目の巨人に視線が集まる。彼は心優しい巨人だ。おっかなびっくり、おどおどしながら手を上げた。


「はんばいるーと に こどもたち が はいってきて あぶない とてもこまる よ」

『それって『エテ・セテラ』の周辺が町となっている事が関係していますわよね。一体何があったんですの?』

「そいつぁ俺から説明するぜ。ブヒ」


 声を上げたのはフードコート統括の奥村さんだ。彼は普通に喋れるのに『アイデンティティが崩れる』とかなんとかで、必ず語尾にブヒとつける。なお顧客は『ブヒ』と聞くとカツが食べたくなる呪いにかかる模様。わたしもトンカツ食べたくなってきた、やべえな災厄級をすら呪いにかける魅惑のトンカツとかまじジュルリ。


「ありゃ難民だブヒ」

『難民? え、連合国で不作でもありましたの?』

「いんや、あるじ様のお陰で今年も豊作だブヒー。それに皆で作った要塞の守りはやぶられてねぇブヒ。けどそこから漏れた農村を勇者は襲っているんだブヒ。卑怯なやつめ、飯をないがしろに奴はぶっ殺してやる!! ……ブヒ」

『ゲリラ活動とは許せませんわねぇ』

「あるじ、さらに言えば食うに困った王国の奴らも来ております。連合は豊作ですが、王国は人が減り、またやりかたが不味かったのか不作となり混乱しておるようで」

『天候は仕方ないとは言え連合は豊作なので自業自得でしょうか』


 どうやら一年の間に勇者が動き始めたようだ。更に話を聞くに勇者ヤマダくんが無双をしているとか。K■EIの刺客かなにかか。ともあれこれは確定だねぇ。


 ヤマダ少年がもつ『ブレイバー』は『状況に対する神託勇者』だ。つまるところ『わるものと定めた相手を滅ぼす存在』だね。こんなもんチートどころではない、世界にとっての癌細胞にすぎる。あのクソ女神なんてもん生み出しやがるんだ正気の沙汰じゃないぞ。仮に彼女にとって魔王が邪魔だとして、全て平らげたあとどうするつもりなんだ。こんなモノ持て余すに決まってるだろう。

 いやコアに至るまでの三つのエリアを惨状を見るに『さもありなん』と言うべきなのか? 世界を終わらせに来ているとしか言いようがない。本当に真意がつかめないな……強いて言えば真面目に仕事しろと言いつくしたい。


『領軍は動けませんの?』

「件の『神の軍勢』が陣を張っておるゆえ、容易に動かせぬのですよ」

『あぁ……それは厄介な』


 軍勢が砦を抑えているから、勇者が遊撃に回ることが出来ているんだ。これにより前線近郊の村々から難を逃れた人たちや、そもそも空に困った人が『エイリーズ』を頼って疎開することになったんだね。しかしながら連合随一の交易都市とは言え、これだけの人々の受け入れ体制は整っているはずもない。そこで目をつけたのが『エテ・セテラ』というわけだ。


 ぶっちゃけウチの周辺は下手な都市より治安が良い。子供が近隣の森で遊んでいてもスラムを歩くより安全だ、そうと言えるほどに治安維持が行き届いている。なら人が集まるのは当然であり、何より『エテ・セテラ』では魔力が全て。ソウルジェムさえあれば食い扶持はなんとかなってしまう。ここで『エテ・セテラ』ではソウルジェムが相場として動いていたのが良い方向に働いた。仕事がない面々でも魔力なら持っている。これで現金収入を、少ないながら得ることができたというわけだ。


 これに商人たちが反応しないわけもない。ここぞとばかりに天幕を張り出し、商売に精を出している。これが積み重なれば、小屋の一つも立つだろうし交易所も整っていく。結果一つの町が出来上がるのも已む無いことだろうね。


『だいたい事情は把握しましたわ。事の次第は連合議会にて議題に上げます。また勇者については私が対応する予定です。難民対策は――』

「フードコートはミニあるじの許可を得てバイト採用措置をとっておいた。そのおかげである程度の層は現金収入ができている……ブヒ!」

「宿も同じような状態ですわ。シーツの洗濯や食事の用意等を外注することで仕事の斡旋を行っております」

「ダンジョン講習はうけるものが多くて、時がおいつきませなんだ。勝手ながらハイゴブリンを徴用し、新人教育にあてとります」

「メインとなる『ワカバ』『クレハ』『カレハ』は通常通りだガ、ワカバがやはり人気で魔物が供給不足となっていル。これについては『クレハ』『カレハ』から魔力を融通して対処したゾ」

『――大丈夫そうですわね。さすが我が頼もしき臣たちですわ』


 私はそれぞれに労いの言葉をかけ、さてさてと手を叩いた。


『では反逆を開始いたしますわよ。私達の世界は私達のために。無礼なよそ者にはご退場願うとしましょう』


 と、いいところだが内容についてはちょっと長くなりそうだから一旦筆を置くとしよう。まったく日記を書く隙がないほど忙しいってのも考えものだね。


 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る