019:ユニヴァースアタック『ぱらだいしお』

 ダンジョン『ユニヴァース』もこれで最後。


 私はついにダンジョンコアの在るフロアに到達した。此処は守りが最も堅い場所のハズ……なのだが此処は一体どういう事だ。


 ここには文字通りなにもない。


 一面に広がるのはただの白。上も下も確かではなく、天も地も境目がなく、時間も空間も存在していないように思える。だがダンジョンコアの気配は依然として強く、存在していることは確認できた。ならそのように隠蔽されているというのが正しい解釈であり、私がダンマスでも同じ擬装をしたことだろう。


 さて、ここがダンジョン・コアを収めたフロアだとしたら確実にこれだけでは済まない。確実に守護者たるキーパーを用意するはずだ。そしてキーパーは此処に訪れた時点でその姿を顕としているはず。

 そう考えた瞬間に私は円柱状に体を捻じ曲げた。空いた穴を通過するのは無数の矢だ。


『おいでなさいましたか』


 しかし一面に広がる白に敵の姿はない。だが未だにキーパーは矢による十字砲火を続けている。あたっても問題はないと思うけれど、どうにもきな臭いので避けている次第だが……相手の姿が見えないというのはなかなかに面倒だ。此処は素直に避けつつ(具体的には名付し難い触手のようにうごめいている状態だけれど)対策を練ろう。


 まずキーパーの姿が見えない理由は、ダンジョン・コアが見えない理由と同じだろう。この隠蔽を見破れないかぎり相手はやりたい放題しほうだい。これほど痛快なものはないだろうね。ではまずその幻想を打ち砕こうと思う。これから私が持ちうるカードをガンガン切っていくんだ。


 そもそも私が何故災厄級のスライムさんかといえば、既存の魔物を取り込んで己の支配下に置いたのが大きい。支配とは能力を強奪することではなく、存在を支配することだ。前述したとおり私は幻獣を喰ったことで『現』と『幻』に関する概念を備えている。これは存在しているならばそれを看破し、干渉を可能とする能力だ。当時の私は良く食べることができたな……。まぁそれは置いといて、早速『幻』にある相手の存在を検出しよう。私の目に概念を通して対象を見出す。


 私が捉えたのは虹色の星とそれを覆うように展開された無数の翼だ。星はダンジョンコア、羽根がキーパーだ。ふむ、ダンジョンコアを中核とした防衛機構か。悪くない発想だと思う。守られるだけのコアに自衛をさせるというのは悪くない案だ。

 また矢と思われたものは羽毛を硬化させたものみたい。なるほど武器としては一番いいやり方だね。通常の魔法を付与する攻撃についても自身の体なら最適だし、概念系攻撃ならなおさら付与しやすい。避けて正解だったということだね。


 さて、次に調べるべきはあの羽根をどうやって倒すかだ。『幻』の内に居たことから尋常ならざる存在であることはもちろんの事、存在が『羽根だけ』というのが気にかかる。つまるところ体がないんだよね。うーん、これがゲームかなにかだったらとりあえず殴れば判定に引っかかってダメージが入るのだが、残念ながらこれは現実だ。そんなもので倒せるようなものではないだろう。


 となるとさらなる隠し玉が在るはずなので適度に翼を潰しつつ観察したい所。既に『幻』への干渉手段はあるから、適当に形成炸薬を体内生成してぶちかます。射撃した弾頭は物理衝撃を受けて硝子のように砕け散る。それが二つ三つと続いた所で、羽根の総数に変化がないことを確認した。何らかの方法で補填しているようだね。なら次はそれを注視して対策を練るとしよう。


 さて、いつもどおり回避しつつ砲撃をぶちかます。形成炸薬が翼を破壊し……次の瞬間には別の箇所に一枚の羽が出現した。何度か試すと出現の法則性は掴めないが一律して空間から割り込むように出現しているのが分かる。つまるところ本体は別位相の空間に居て、翼を端末として干渉しているんだね。うんうんとても効率のいい対応方法だと思う。


 本体が空間に囚われているならば絶対に破壊されることはないし、『ユニヴァース』を維持するダンジョン・コアを流用しているなら、端末の羽根をどれだけ破壊した所で痛くも痒くもない。千日手以上に膠着状態となるだろう。またこの間にダンジョン・マスターたる神が現れればさらに状況は悪化し積みとなる。なるほど、これは『時間稼ぎ』の手段なのだな。


 しかーし私の前でその戦略は無意味だ。なんせ私は空間魔法の研究に力を入れているからね。空間は高次元からのアプローチとなるが、ダンジョン・コアによる補助を用いず独自の研究で行使に至っている。まだ完璧とはいい難いが、少なくとも隠れた存在を引きずり出す、或いは干渉することぐらいは問題ない。


 では早速座標を突き止めると同時に攻撃を叩き込むとしよう。まず用意するのは今までどおりの成形炸薬弾、そしておなじみ『焦滅』の概念弾。概念弾は空間魔法によるフルメタル・ジャケットならぬフルイデアル・ジャケットを施しておく。さらに成形炸薬で羽根を破壊し、同時に極限集中――羽根が出現する瞬間を見抜いて概念弾を射撃、空間の巻き込みを抉るようにこちら側から押し込んでいく。するとどうなるか。


 なにかこう、文字にし辛い悲鳴? たぶん悲鳴みたいな金切り声が上がったね。うん有効打入った。こうなるともう座標も特定できたしガンガンぶっぱしていくだけだ。下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。それが数千、数万ともなれば致命傷も数知れないだろう。ましてや『焦滅』は触れるだけで侵食する毒みたいな特性がある。もう触っただけで積みなんだよねぇ。金切り声が多数打ち鳴らされて中空に浮かぶ羽根達もバキバキとひび割れて落ちていく。こうなるともうほっといても崩壊するだろう。


 あとはダンジョン・コアを制圧するだけ……では在るんだけれどそうは問屋が卸さない。


「ちょっと! あなたなにやって」

『えい』


 聞こえた方に『焦滅』概念弾をクラスターモードで射出。ばらまかれた一つ一つが暴食の毒だが声の主は慌てて壁を造り出して防いでくれた。うん、『焦滅』は強力だけど、相手の存在に触れなければ効果を及ぼさないという弱点が在る。例えば今回の場合声の主たる女神(金髪碧眼のトランジスタグラマー)が壁を作った場合、その壁だけに『焦滅』が効果を及ぼす。悲しいことに女神に対しては効果がないんだな。心なしファンタジーエリアで信仰されている『ファルティシア教』の女神トライアに似ているけど気のせいだろう。今はこれがダンジョン・マスターであることがわかっていればいいんだから。


「まっ、話を聞きなさ」

『えい』


 当然こういう状況になるのは考えている。状況は刻々と動くのだから、敵が即応するなど分かりきったことだ。だから対応する前にこちらもカードをガンガン切っていく。次なる弾丸は龍が持つ『豊滅』を込めた爆雷弾。とどの詰まり循環に置ける壊れる、或いは生まれる事を示す概念攻撃なんだけど、ぶっちゃけ物理攻撃が強くなるぐらいの効果しかない。だが概念攻撃の怖さは中途半端に物理現象が完全に影響し、あるいは全く影響しないってことなんだ。

 例えば『直進する概念の弾丸』を撃てば、己の存在応力が続く限りどこまでもどこまでも直進し続ける。だが『直進を封じ込めた弾丸』を撃った場合、慣性の法則やコリオリの力に影響されて射線がズレる。直進は封じ込められているのだから、直撃した後に効果を発揮するんだね。だから壁に衝突した瞬間に爆煙が発生すれば、それは若干回折して衝撃が伝わっていく。そして触れればもれなく粉砕骨折するありえない炎だ。単純な破壊の原理はそれだけで脅威なんだよね。まぁ物理現象を加速させるものでしかないからあの女神には効かないかな~。


「いい加減にしなさいよ!!」

『そこ』


 ようやく反撃してきた相手の動きは素早い。ところどころ捉えきらないのは脅威だね。やっぱり速さは力だ。暴力は当たってこそ意味があるんだから。だが問題ない。点で攻撃が通らないなら面で制圧すればいいだけだ。球状になって自身から直接『豊滅』を衝撃波として展開する。これで少なくとも近づくことはできず、また概念系の遠距離攻撃も真っ先に『豊滅』と衝突するため回避するための遅延が発生する。


 と、油断すると一撃もらっちゃうのが概念戦なんだなぁ。私は女神の握った光の剣に反応できなかった。


「殺った!!!」

『きっ』


 私は首を一刀両断に断ち切られた。同時に死の概念が忍び込んでくるが……ぶっちゃけそれには意味がない。だって『切断』によってもたらされた、『粘液を切る』という行為により発生したものだ。私は災厄級以前に『スライム』なんだぞ。それで死ぬはずがないので効きが悪い。そのうえで剣戟を用いるとは余り慣れていないのかな? と余裕を持って考えてしまうぐらいだ。


 だから満面の笑みを浮かべる女神に無数の刺突を与えることはとっても容易でね。バラバラに分解するぐらい訳ないんだよ。戦いに無駄口や前口上は不要。それを言う暇があればさっさと体を動かすべきなんだよね。相手がが敵ならなおさらだよ。そもそもダンジョン・コアのあるフロアに何者かがいるという時点で外敵であることは明らかだろうに。


 さて、普通ならここでダンジョン・コアに向かうべきかなーと思うのだけれど私は用心深い。空間属性を付与した『焦滅』弾で女神の痕跡を完全に消し去っておいた。これで完全に安全……というわけじゃないと思うが、少なくともコア掌握までの時間は稼げるだろう。


『さて、始めますか』


 そうして私はダンジョン・コアに接触し、緩んだ権限に対するアクションを開始。ダンジョン・コアのハッキングは簡単に言えば『自分のものにする』ことなんだ。具体的には魔力を流し込み、全体に浸透させて支配権を確立する。ある意味『体の一部にする』と言ったほうがいいかな。通常大きくても直径一メートルのダンジョン・コアだが、『ユニヴァース』のものは流石というべきか、直径五十メートルはあるかな。魔力足りるかな~と思いつつハッキングを開始。結構抵抗されると思ったが、意外なことにすんなりと浸透していく。


 なにかおかしいな? と思いつつ浸透させていくと段々と状況が解ってくる。正直予想はしていたんだがちょっとどころじゃなく酷い。うん、これダンジョンとしてかなり破綻してるぞ……。『ユニヴァース』は全8フロアのダンジョンで、ファンタジーエリアは第四階層。また私の前世は第二階層にあるとわかった。それはいい。それはいいんだが……これ収支が完全に赤字になってるんだよ。ファンタジーエリアの増産分でギリなんとかっていう自転車経営……それもファンタジーエリアへの干渉で大幅に減退しつつ在る。


 消費するばかりでダンジョンとして上手く回ってないんだこれ。そりゃ今まで見てきたフロアが全部絶望的なわけだよ。既に私がこの『ユニヴァース』のダンマスになりつつある中これをほうっておくと大変不味い。


『あの女神、もう一度殺してやろうかしら』


 悪態をつくも仕方ない。私は数多く上がる絶望的な情報網にげんなりしつつ、遂に『ユニヴァース』の掌握に成功した。つまり……私が生きる世界に取って神に等しい存在になったんだね。今はそれを喜ぶとしよう。



 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る