018:ユニヴァースアタック『ほしがりのくに』

 よろしい、ダンジョン『ユニヴァース』へのアプローチも三回目だ。手慣れてきた感はまったくないけどね!


 五十メートルのヤベー奴から逃げ出した私がたどり着いたのは一面の荒野だった。吹きすさぶ風がこう、あれだ。あれあれ。思い出せない。その、あれだよ。えー『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』。あいつが転がる大地だった。


 うーん、なんだろうこの生命が感じられないサバンナ的な大地。仮に之をネクロシスフロアとしよう。


 周囲に生命体が感じられないという二番煎じ的な展開に恐れを抱きつつ私は『ウラー』とやって階段の位置を探る。するとメッチャクチャ遠くに在るとわかったので仕方なくボール状になって、この、『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』と一緒に旅することにした。ふふふ、旅は道連れ世は情けってね。ゴロンゴロン転がる私に潰された『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』には申し訳ないが、所詮は『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』だから勘弁してほしい。


 そんな共回りの『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』と一緒に旅する私は異様な光景を目にすることとなる。


 まずこのフロアには私が知るような知的生命体は存在しなかった。転がる最中なんかドリアードみたいな樹木型の魔物? に会ったので話しかけてみたんだよ。


『あの』

「くぁwせdrftgyふじこlp;」

『いえ何でも無いです』

「!”#$%&’()=」

『ひゃーーー!!』


 突然根っこ抜いて襲ってきたよね。そりゃビビるよね、意味のわからない叫び声をあげながら樹木が全力疾走してきたら。そりゃ怖ぇわ。だがこちとら災厄級のスライムさん、追い付かれるなんてことはない。っていうか追走劇は程なく終了した。


 そのドリアード(仮)が食われてしまったんだ。


 私が二十コアのスライムだから前を見ながら後ろも見ていたわけだが、いきなり地中から無数の蟻(体長一メートル)が無数に現れて貪っていったんだよね。ドリアード(仮)は悲痛? な悲鳴?? をあげつつ倒れていった。言葉はわからんがあれはきついだろうな~。生きながらにして喰われるってやつだしどうしようもない。


 それより軍隊蟻(仮)の目線がコッチにあるのに気付いたので速攻で逃げた。フハハハ! このフロアで最強の『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』であるスライムさんに追いつこうなど百年早いのだよ! 私は全速前進で『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』と共に軍隊蟻(仮)の襲撃を退けたのであった。


 そうしてコロコロすること数日。ネクロシスフロアの生態系が解ってきた。


 まず我らが親愛なる旅の友たる『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』は生態系の最下層。いわゆるプランクトンとかそういう位置にあるものだ。

 こいつを地面に擬態したチョウチンアンコウ(仮)が捕食する。チョウチンに引っかかった『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』をバクっと食べるんだね。すっごいカサカサなんだけど栄養価はあるんだろうか。

 さらにこいつらはドリアード(仮)の餌となる。地中に埋まったチョウチンアンコウ(仮)を地中から突き刺しちゅうちゅう吸うのがお仕事になるね。

 そしてドリアード(仮)は軍隊蟻(仮)の餌になる。こいつらは悪食で何でも食べるが得物の発見力がすこぶる下手だ。現にチョウチンアンコウ(仮)の擬態に全く気付いていなかったからね。なかなかむずかしいところだ。


 そして生態系の頂点は何かといえば。


『でっかいですわー』


 体長一キロメートル、直径20メートルはあらんかという超巨大なミミズ(仮)なんだ。いわゆるワームと呼ばれる魔物だろうか。このミミズが地中の蟻塚を根こそぎ喰らっていくわけだよ。あれは不味いだろうなぁ。大味すぎて味がしないっていうかなんというか。


 そしてこの巨大ミミズが死ぬとどうなるかというと、なんと森が生まれるんだな。こんな荒野に突如として生まれる森は私が知っているそれとはかけ離れているけれど、確かに木々の生い茂る場所として現れることとなる。出来上がった森からは無数の『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』が生まれてフロア中を駆け巡る。これがネクロシスフロアの循環構造だ。


 ぶっちゃけこのフロアの『生き物』はこれだけしか居ない。なんてシンプル。なんて殺伐。誰しもが生きるのに必死で常に渇望の中にある。ただ生をつなぐためでいっぱいいっぱい……だだっ広い荒野はそうした巡りの中で存在していた。私がちゃんと人間だったら素晴らしいとか美しいとか思ったのかもしれないが、私は災厄級のスライムさんだからね。


 なんて非効率的なシステムなんだと嘆かざるを得ない。


 シンプルなシステムはたしかに強固だ。でもそれは後付の発展性を許容するということでも在るのに、ネクロシスフロアは以降の発展性が全くない。断言しよう、ネクロシスフロアは『死んでいる』。生きているように見えるそれらは、ただの機能に成り下がった物体にほかならない。このフロアはこれまでも、またこれからも永遠にこの循環を繰り返すのだろう。


 それを果たして生きていると言えるだろうか。


 まぁ私には関係のな……くはないかもしれないが、今の所手の施しようがないのも事実。私は一路『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』達と共に階段を目指して転がっていく。はー、『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』はいい。彼らはとても無害だ。ほんとうに『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』以上でも以下でもない。このマリモっぽさがなんともいえないんだよなぁ。でも名前が思い出せない、なんだっけなーマジで。


 ネクロシスフロアでの貴重な癒やしを得ながら全力で転がること一ヶ月ほど。ようやく階段の座標にたどり着いた。之までのケースを考えれば何がしかのアーティファクト、オブジェクト、フロア・マスターが控えているだろう。果たして鬼が出るか蛇が出るか。


――オオオ……エーテケ……エーテケ……


『あら、"魔"がでましたか』


 遠目からでも見えていたが、巨大な山に顔がついたようなやつが未知の言語をつぶやきながら持ち上がる。無数の足がわきわき動く様はまるでヒトデのようだ。私との大きさを比較するならば砂粒と人ぐらいはあるかな。仮にマウンテンゴーレムとしようか。確実にフロアマスターはこのマウンテンゴーレムだ。けれどこれは駄目だな……まるで恐怖を感じない。威圧感が全く持ってないんだから。


 つまるところ、私はあのひと山をまるで驚異と感じていなかった。たしかに階級としては私と同じ災厄級だろう。マウンテンゴーレムは歩くだけで何もかもを潰してしまうだろうから。でもたったそれだけのことでしかない。でかいだけの木偶に価値はあるのだろうか? 私はとりあえずとそばに転がっていた『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』を幾つか採取し、超重力圧縮して弾丸を生成。重層魔法陣の書き込みによる破壊の魔法をたっぷり込めてから、スライムの身体をレールガンとして射出した。

 弾丸は山の中腹、顔の口腔部分に着弾。モンロー/ノイマン効果の乗った炸裂は山を貫通して大きく爆ぜる。うわあ、反対側にお口が出来てしまいましたわー。妖怪二口女だね。いやマウンテンゴーレムだから、妖怪トゥマウス・マウンテンゴーレムかな名前がながぁい!


 で、私はよっしゃ効果アリとぐっと手を握ったんだがマウンテンゴーレムは意に介さず止まらない。こうかはいまひとつのようだ。なぜ、いわタイプはくさタイプが弱点のはず。流し砲撃が完全に入ったのに……。とはいえ図体が図体だからね、腹に穴が空いたぐらいじゃ死なないのは想定内ですよ。ファンタジーエリアのレジェンダリー級だって心臓打ち抜かれた程度では殺せないものな。


 というわけで続けて砲撃しよう。衝撃属性は体を削るという効果があるので続けて撃ち続ける。『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』を千切っては穿ち千切っては穿ち、マウンテンゴーレムの半身を削りきった所でようやく足が止まった。巨体のバランスが崩れたんだね。でかすぎるっていうのも考えものだよ。だがそれでもマウンテンゴーレムの停止には至らない。仮にゴーレムとしているから核がどっかにあるんじゃないかなーと思ったがどうもそうではなさそうだ。


 すでに山の土手腹には穴が空いているし、半分以上吹き飛んでるのにコアとなるものが露出しないのはおかしい。となるとこのマウンテンゴーレムは人形というよりは『概念』というべきかもしれないね。であるならちょっとまずい。


 今沈黙しているマウンテンゴーレムが『かくありしもの』だとしたら、私がボコスカふっとばした事は逆にピンチに陥っている。何故ならば、吹き飛ばして撒き散らされた『もの』も、形が変わったとは言えマウンテンゴーレムであることには変わりないんだから。


――……エーテケ……エーテケ……!


 山は崩れ砂塵となり竜巻となって巻き上がる。そして完成するのは八俣の龍、落ちくぼむ瞳が捉えるのは私の存在そのもの……なるほど、つまりアレはアレなりにネクロシスフロアを憂いているわけだ。この完結してしまった世界に確変を、新たなる要素を以て世界に改変を。私という災厄級のスライムさんを手中にすればそれは叶うだろう。なにせ万能に等しい力を持ったスライムさんなのだから、生態系を狂わせるなんてことはお手の物だ。新たに複雑なもので上書きすることもわけない事でもある。


 だからっておとなしくやられると思ったら大間違いだよね。概念存在には概念存在を。私はカードを一枚切ることにした。


 私の存在は混ざりもの故に複数の概念を内にはらんでいる。たとえば龍という存在は破滅であり豊穣である。たとえば幻獣という存在は現にして幻である。ならばたかが『意思を持った竜巻』程度に私が屈する訳がない。スライムが持ちうる諸元たる概念、『焦滅』の概念砲にて相対するとしよう。


 概念砲に弾頭は存在しない。ただ在り方を押し付ける奔流のみが射出される。そこに如何なる存在も許すことはなく、すべての物質は溶解して量子分解してただのリソースへと変ずる。リソースとは存在力とでも言うべきもので、此処にあるためのエネルギーみたいなものだ。エーテルや魔力よりもっと根本的な物と言ったほうがいいかな。竜巻という概念に衝突した『焦滅』は構成要素である風と砂を食い漁っていく。暴れる竜巻が荒野を抉っていくがそれさえ加えこんでリソースへと変換していった。まるで黄金比の螺旋回転だね。


 そして私はそれを吸収する。このリソースというやつは放っておけば何になるかわからないからね。純粋な形はメッチャクチャ染まりやすいから異形のナニカが生まれてしまう可能性があった。だから生まれたリソースはきっちり回収しないといけないのだ。うむ、ジャリジャリしたザラメ砂糖みたいな味がする。あまり美味しくはないかな。


 さて、私の勝利は確定したと行っていいが蕩けきるまで油断は出来ない。概念存在は総じて己の存在に由来するカードを持っているんだから。現に竜巻は残った鎌首をもたげてこちらに口を開いている。さあて何が来るかな。


――アアアア……エーテケエエエエエエ!!


 竜巻が行ったのは大きく口を開いて私を喰らうことだった。たしかに竜巻は何者をも飲み込み、蹂躙し、己の存在を主張して消える『奪取』を在り方とする。でもこと今回に関しては悪手に過ぎた。なにせ私は災厄級のスライムさん。こと『喰らう』ということについて私以上に効率よく、かつ機能的に行えるものは居ない。私から奪う等できるものかよ、私は身に『焦滅』を纏い竜巻のすべてを焼き喰らう。戦いは外から見れば苛烈であろうが一方的な蹂躙だ。やがて一陣の風すらなくなったころ、後には何事もなかったかのような平原が広がっていた。


『宜しい、では進みましょうか』


 階段たる場所に近づくとよく覚えのある気配が漂ってくる。ああ、これは『ある』ね。次のフロアに、ユニヴァースのダンジョンコアが眠っている。さあ、できる限り早く制圧してしまおう。私は長く連れ添った『風でコロコロするまるっこい草の根っこを丸めたようなやつ』と別れを告げると階段を降りていった……。


 あっ今思い出したアレの名前タンブル・ウィードだわ。


 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。

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