017:ユニヴァースアタック『おこりんぼうのくに』

 さて、ダンジョン『ユニヴァース』へのアプローチも二回目となるのでまとめようか。


 ストリーム・ポイントを下っていくと、やがて私は吹き荒れる炎の吹雪に見舞われることとなった。うん意味がわからないよね。炎の吹雪て。燃えてるのか凍ってるのかはっきりしろと。まぁ災厄級のスライムさんは炎にも氷にも強いから大丈夫だし、そういう環境もダンジョンなら再現できるってのもわかるんだけどさぁ。


 でも現実としてこうなっている以上、私が持っている常識は、一旦隅に置いといたほうがいいのかもしれないね。


 で、この世界はファンタジーエリア、サイバーエリアとどう違うんだろう。今度は注意深く周囲を観察したんだけど人っ子一人居ない一面の燃え盛る雪景色だ。うんもうこれやっちゃおう。


『ウラーッ!』


 するとどうだろう。やっぱりなんか来たわけだけど、これがびっくり巨人です。しかも体長五十メートルはあらんかという巨躯にスライムさんはちょっとだけ、ちょっとだけビビってしまいましたよ。すぐさま雪に潜って光学迷彩しましたわーそりゃ仕方ないわー巨人だもん怖いわー巨人怖いわー。当然このエリアはタイタンエリアで決定ですよ。


「なぁんぞばきこえちゅうおもうたがじゃなぁんもおらん」


 のっそりした黒いヒゲモジャイエティ的な巨人ははてなと首を傾げ、私に気づくこと無く頭をかきながら去っていった。明らかにこのフロアの住人、これをギガントと呼称しよう。私は去っていったギガントのあとをこっそり付けていった。階段の位置が判明しても、フロアの環境や文明が分からないことには下手を踏む危険があるからね。


 彼としてはゆっくり歩いているんだろうけどそこは身長五十メートルだ。時速四十キロぐらいの速度で進行している。これ本気で走ったら百二十キロは超えるんじゃなかろうか。もしその慣性をそのままに蹴り飛ばされたらタダじゃ済まないだろうね。私とてダメージは無くとも衝撃は殺せず蹴玉のボールになることは間違いない。おおっとミーディアムくんふっとばされたー!(物理)てなもんだね。


 やがてたどり着いたのはとても原始的な竪穴式住居(ただし高さは高層ビル)の群れだ。私だけミニチュアに放り投げられたような気分になるがしかたない。すこしだけ彼らの生活を観察した後、階段へ向かうとしたかった。


 したかったんだよほんとはね。でもね、この世界はギガントが基本の生態系にある世界だ。なら他の動物が大きくないなんてどうして言えるんだい?


「ヂュウウウーー!!!」

「ナ゛ァァァーーーオ!!」

「ヴォオオオオン!!」

『ウワーッ!』


 私はひたすらでかいネズミやらネコやらイヌに追っかけ回された。それはもうおっかけまわされたとも。なんだ、何か私はフェロモン的なものを振りまいているのか。何か原因が在るはずなのだがわからない。またしても『ナニモシテナイノニコワレタヨー』だ。ちくしょうめー! だが目下こいつらが私を喰おうとしていることは確実で、対処しようものならギガント達が私に気付いて襲ってくるのは先ず間違いない。だから逃げるしか無いんだね。事をなるべく荒立てないと決めたのにこれだよ! ふしぎの国を探検したアリスだってもっとマシなルートをたどったろうにどうしてこうなった。


 いや待て、ここは発想を逆転させるべきシーン。つまり『大人しく喰われる』べきなんじゃないだろうか。少なくともこんな獣ごときに貪られたところでおとなしく消化される私じゃないのは知っての通り。なんせ災厄級のスライムさんだからね、こと『溶かす』ということに置いて右に出るものは居ないんだ。だから私は思い切って襲いかかってきたネコ・ギガントの口にするりと潜り込んだ。するとどうだろう私はどろりと胃袋に収まって器官を掌握した。分泌される酸は中々強いが龍ほどじゃあない。そして私は侵略を開始する。

 あとはサイバーフロアの圧政君と同じだ。胃袋に穴を開け、脊髄を経由し、脳に直接エントリー!


『そーれこしょこしょ』

「ニッ ニッ ニッ」

『フフフ、之で傀儡ですわ』

「ニッ ニッ ニッ」


 自意識は残っているかはわからないが、少なくとも体機能の全ては掌握した。脳がでかいと演算能力も高くなるが、ギガントに限ってはそうでもないらしい。むしろ大味というか、ただデカくなっただけでむしろ全体機能を統括しきれていない印象すら抱く。結果的に演算リソースが足りなくなり鈍化していると言ったところかな。だがその欠点も私という存在が掌握したことで問題なくなる。このネコは今、このフロアで最強の存在(仮)となったんだよ。いやまぁ油断したら潰されるから多少はね?


 ならばあとは駆けるのみ。ハイヨータマサブロー! 目指すはフロアの階段だ!! とりあえずネコ・ギガントに偽装しているからか追手はごく少数に限る。具体的に虫とか虫とか虫とか。いやまぁノミぐらいは良いけどゴキブリはちょっと生理的にクるものがあった。KASAKASA這い寄るさまは思わず叫んでしまったとも。災厄級をもってして新たな弱点が露呈してしまったな……。数が少なかったから良いものの、あのような巨大なアレに集られてはさすがの私も理性を飛ばしかねないというか飛ばした。


 そうして走るタマサブロー(メス)に揺られること三日、遂に私は階段にたどり着いた。そしてタマサブローはあっけなく死んだ。


 いや、使い潰したってわけじゃなく消し飛んだんだよね。いやー、困った困った。なんせ階段がある場所は戦場だったんだ。それもただの戦場じゃない、ギガントたちのギガント達によるギガントたちのための争奪戦争。詰まる所のギガントマキアが繰り広げられていたんだ。雄々しい叫びは怒りの声。怒りの本質は如何なるものだろう?


 ここで何があったのか私は知らない。ここでなにが行われたのか私は知らない。だが一様にして宿す目の輝きを私は知っている。いみじくもどろりとぬめり、唯一つの意思以外を捨て去った狂気の煌めき。それは総じて奪われた者が抱く最後の情熱……つまり復讐だ。彼らは絶望し、怒り、狂い、そしてぽっかりあいた心の隙間を補うべく戦っている。


 咆哮は魔法となってブレスと化し、豪腕の唸りはそれだけで必殺の波紋を穿ち、蹴脚の鋭さたるや空を裂き飛翔、介在するあらゆるものを割断する。しかしてギガントは必殺をうけて死することはない。彼らを突き動かすのは猛火、執念を過ぎ妄執以上となった逆襲の意思が割かれた体を繋ぎ、吹き出た血液を補い、戦う意志へと変じて応報する。


 だからこその巨人戦争。だからこそのギガントマキア。神々の終末を告げる戦争は、神々が倒れ伏すまで終わらない。ならば、だ。一人たりとて欠けること無く復讐を誓い、総員が流転の装置と成り果てて在るのなら永遠に終わることはない。


 そりゃタダのネコ・ギガント一匹が紛れ込んだら、余波で消し飛びもするわな。戦火にある全ての火力を集中されたら私でもただでは済まないかもしれない。ならばそうならないように動けばいいってだけの話だし、そもそも私は彼らの敵は私じゃない。タマサブローが消し飛んだのも流れ弾みたいなもんだしね。


 てなわけで戦場視察といこう。ギガント達の根本は復讐であり渇望であるが、その因は一体何なのか。様々な視点で観察すれば何を求めているかがわかる。


 このギガントマキア、戦場はブリテン島くらいあるんだがド真ん中に空白地帯がある。これだけの戦火においてぽっかりと誰もいない。これは明らかにおかしいと思わない? しかもその位置は丁度階段なんだよね。終わらない戦争もこの空白が原因と見た。


 で、何があるんだろうなと遠見をしたところなんか崩壊した建物らしき残骸と、これまた小奇麗にされた台座、そして金色のコップが置いてあった。おお、ありゃ聖杯とかそういうエクセレントでスペシャルなアーティファクトじゃないだろうか。こう不老不死とかそういうクソ能力を叩き込んでくるアレですよ。


 ということはギガントたちはもともとアレを巡って戦争してたのかな。それで奪い合いが起きて、殺し殺されの連鎖からの恨みつらみで大戦争に発展したとか。あるいはその聖杯の機能を使って狂ってしまった連中が、聖杯の所有者となるために殺し合いをしているとか。全部妄想だけど聖杯なんてぶっちゃけクソ厄いからなんでもありうるんだよね。あ、研究素材としてはあってもいいけど、放っておけばご覧の通りの有様ですよ。


 うーん、サイバーフロアでもそうだったけど、もしかして階段の付近って霊地になっているのかな? ファンタジーフロアでも召喚魔法陣が設置されていたし。興味深いが一旦放置、今の問題は聖杯の位置までどうやってたどり着くかってこと。

 少なくとも地上から走破はかなり厳しいとおもう。だって血で血を洗うギガントマキアが繰り広げられているんだ。かすった瞬間ふっとばされてえらいことになる。避け続けるにも問題が在るし……となると地上からのルートはNG。面倒が面倒です。

 となると地下か空中のどちらかなんだがー……地下は止めといたほうがいいかもしれないな。踏み固められた燃える雪がどれだけの硬度を誇るかわからないし、掘り進めて埋まってしまったら確実に迷う。死にはしないのは保証しよう。でも現在地が分からないことにはにっちもさっちもいかないわけで。最悪地上に向かって進むこともできるけど、それやると確実に戦地にこんにちわするわけで。そしたら絶対サッカーしようぜ! お前サッカーボール(こんにちは死ね的意味で)な! になるのだよね。だめだめリスキーすぎますよ。

 ならば空。空一択だけど不安要素が一つ在る。この『燃える雪』ですよ。空を飛翔してゆくのはいいんだが、そもそも降雪という不安定気候なんだよね。幸い吹雪いては居ないが曇天の空は分厚い雲で覆われている。およそドラゴンでも飛行をためらう環境といえる。でも一番マシなルートは空一択……となれば取りうる手段は一つしか無い。


『HALO降下しましょう』


 つまり超々高高度からの空挺降下(落下傘なし)だ。結局燃えている雪とは言え雲から降り注ぐ天候現象に過ぎない。であるならば雲を突き破った先には青空、たぶん青空が広がっているはずだ。そこから真下へ向かって重力そのままに直撃落下コースを辿る。物理ダメージを受けない私だからこそ可能な方法だね。ちなみにお前スライムじゃんってなるかもしれないが私は飛べる。ドラゴンとか食べたし飛べるんだよ。およそ万能のスライムさんだからね。

 問題は降下後即階段を下る必要が在るってことかな。でなければ確実にギガント達に嬲られますよ。スライムさんは陵辱趣味ないんで。っていうか私刑的意味でズタボロにされますよね知ってます。


 というわけでフライ・アウェイ! 高くはばたけー大空を何処までもー! ドラゴン形態をとった私は密やかに空に向かって垂直離発。翼をふるめかせ空を目指した。ちなみにドラゴンの飛行っていうのは鳥類の飛行とは全く別のプロセスで動いている。そもそも揚力とか関係なしに飛んでるからね。まぁ魔法ですよ、あんな薄っぺらい皮で巨体を浮かせるとか物理的にありえないし。

 じゃあ翼意味ないじゃんと思うかもしれないが、これがまた重要でねぇ。いわゆるバランサーというかスタビライザーになってるんだよ。だから翼がないと上手く飛べないんだなこれが。まぁ私であれば飛行機やVTOL戦闘機なんかを模せばいけないこともないが、形の維持がちょっと面倒なんだ。一度食べたり精査したならまだしも、見ただけのものはどうしても擬態することが難しい。


 そんなわけで雪雲に突入した私はゆっくり上昇し続けられたら良かったな。ほんとね、こんなんばっかりだよね。雪が燃えているってことはさ、当然その元となるものも燃えているってことじゃん。

 つまり私、燃えてます。もちろん熱血に目覚めたわけじゃなくリアル燃え盛ったんだね。なぜそれに考え至らなかったんだろうと思えば、地上に居た時は特に気にならなかったからなんだけどさ。耐火性もそなえるスライムさんであるから、ヨユーっしょとか思ってたわけさ。だが違うんです……雲の中は本当に異世界でした。あれですよ、龍の巣っていったらいいのかな。雷鳴轟き渦巻く雲は炎と氷塊による天然のサンドブラストとなり存在するあらゆるものを削り取っていく。私が災厄級のスライムさんでなければ一瞬で消し飛んでいたところだったな。物理無効と言ってもな、百万回叩かれたら流石に削れはするわけですよ。こんなフロアでは飛行生物はほとんど有利に動けない。全く難儀な雪だこと。


 そんなわけで難儀(易)を突破すると空には一面のドピンクの空が広がっていた。百歩譲ってドラ■ンボールを知っている身としては緑の空は許容するつもりだったが、ドピンクはないわ。なにがどうなったらこんな蛍光色が空に広がるのかわからない。気色悪いッ!! ちょっと調べてみたくは在るが今は急ぎだ。仕方なく私は円柱の形態をとり、一個のミサイルとなって自由落下を開始した。階段の位置は解っている。あの趣味の悪い聖杯を目印に落下していけばいいんだ。


 ここまで来ると最早雷雲も雪雲も関係がない。うおォン私は超質量弾頭だ! 目指すは聖杯いてこましたらぁ! そう息巻いてしまったのが運の尽きってはっきり分かるんだね。


 ええやっちまいましたよ。高高度から落下した私は流星のごとく聖杯へまっすぐ向かい、大地を揺るがしてズシンと突き刺さったのですよ。するとどうなると思う?

 聖杯が砕ける。

 瞬間世界が止まりましたよね。ギガント達もあっけにとられて砕けてキラキラと粉をまく聖杯の粉を見てぽかんとしているし。


『てへっ☆』


 笑ってみたらこう、なんだ。スゴイ視線が私に突き刺さるわけですよ。そりゃそうですよね。皆が欲しいものを私が壊しちゃった……と思ったところ、なぜか金色の粉がキラキラと舞い上がり私にまとわり付いて吸収されていった。あっこれ聖杯所有者私なのでわ。なのでわ。ヤバイと思ったときには遅かったよね。ギガントたちは死に物狂いでコッチにダッシュしてくるわけだ。


『御免遊ばせーーーーー!!!』


 私はドリルになって穿孔し、一直線に階段へと潜り込んでいった。間一髪ギガントの腕が穴から伸びてきたがギリギリ間に合ったようだ。ほうほうの体で逃げ出した私は、なんとかタイタンエリアを攻略したのであった。



 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。

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