016:ユニヴァースアタック『なまけもののくに』

 さて、ダンジョン『ユニヴァース』へのアプローチを開始したので報告だ。


 まず王国、王城への潜入だが特段言うべきことがない。あんなもん私からすりゃザルだよザル。途中勘のいいガキ(ニンジャアサシン的な加護持ちのカザマ少年)が居たけど問題はなかった。イイネ? ちなみに死んでないし殺しては居ないよ。心なし物分りが良くなったくらいで……ね?


 で、問題の階段は召喚祭壇の真下という絶妙になってないセキュリティの位置にあった。どう考えたらそこに置くんだよってくらい訳がわからない。罠を疑ったがガチで隠蔽したつもりっぽいんだよねこれ……。うわマジセキュリティホールだよと思いつつぬらりと隙間を通り抜ければ階段を下れました。地下100メートルの位置とはいえガバガバすぎませんかね。世界ダンジョン仮説が現実になっちゃいましたよなんてこったい。


 それはそれとして降りた先は別のフロア……つまりさらなる異世界ってことになる。一体どんな世界なんだーと思いきやこれまたびっくり。


 昼間なのに夜のように暗い雲の下。降りしきるこの雨は『重酸性』ですよ。しかもこれ人体が浴び続ければ肺が腐る有毒な成分が含まれている。具体的には高濃度の化学性廃棄物。ぶっちゃけ毒が降ってるのと同じだ。私なら平気だがこんな世界に人間は生きて……いた! こう、雨合羽きてるが隙間から覗くのは金属質のガントレッ……違うあれは機械の腕?!


 うんこれサイバーパンクだわ。仮にサイバーフロアとしよう。


 スライムさんはファンタジーの世界に居たはずなんだが、何故一階層下がったらサイバーパンクなんだ、さっぱりわからないよ。いや納得はするよ? 高度に発達した科学は魔法と何ら変わりないってのも分かるし。現実問題そうなんだからそうとしか言いようがないっていうかー……。ダンマスの設計思想がいまいち読めないな。

 フロア同士の連携を取るなら当然フロアは隣り合っていたほうが有利だ。ならあのような平穏(魔物を除く)なフロアの次が之ってどういうことだろう。


 何にせよ現地人と接触は限りなく控えてさっさと下ろうと『ウラー!』する。するとどうなると思う?


「ID不所持確認。不正規存在を制圧する」

「制圧する」

「制圧する」

「制圧する」


 と、この様に何故か全身テッカテカのサイボーグ戦士たちに追っかけ回されているんだ。「ナズェダ!」などとは言うまい。実際に『ウラー!』と叫んでいるんだからバレるにはバレる。だが追いかけ回されるのは想定外だ。なるべく事を起こさぬようにと思ったがそうもいかないらしい。


 だが甘いな、相手の武装はどうやら小型レールガン、アサルト仕様。如何に強い弾頭だろうが物理無効の私に通じるわけも、あった。ダメージは無いんだけど、なんか衝撃力が強すぎて体全体が震えちゃうんだよね。それで結合が粗になって形が少し崩れる。うーむ、致命的ではないのだが概念防御を貫通してくるとは甘く見すぎたか。ここは素直にスライムモードで転がり跳ねるのが良いと見た。


 うおォン! 私は巨大スーパーボールだ! 縦横無尽にぽいんぽいんする私はネオンを、ビルを、飛んでいる飛行船を破壊しながら進撃する。燃え落ちる飛行船からなぜかマグロの匂いがしたのは何故だろう。バイオマスならぬツナマス燃料の飛行船かな?

 こうして街の各所から悲鳴が上がるが知ったことではない。結局私がやっている事は世界に対する反逆なんだから盛大に行かないとね。


 ちなみに隠密は最初の『ウラー!』した時点で無理だと悟った。いや隠蔽は試みたんだけど、何分災厄級のスライムさんはデカくて目立つじゃない。しかも見知らぬ土地でいきなり隠れ場所を見繕うってのも無理がある話だよ。勝手知ったるあの世界……仮にファンタジーフロアとしよう。ファンタジーフロアならまだしも、慣れない土地では不利に働くってわけさ。

 だが安心してほしい。身を隠す手段が目の前に現れた。


「ピーガガ! 異分子発見! 排除スル! 排除スル!」


 随分レトロな警告音を発するのは、丸っこいボディのロボットだ。表面にはご丁寧に『圧政排除君マークⅦ』などと書かれていた。意味がわからないがスゴイという意思が感じられる。圧政は良くないものね。だから私も圧政排除に乗り出そうと思う。私はすぐさまそいつにまとわりついて内部に侵入。操作系を全て奪い取った。

 いや正しく言えばガワを乗っ取ったと言うべきか。AIやらコンピューターの機能はインタフェースが分からないからハッキングは出来ないけれど、外骨格としてなら十分有用だから。勿論中枢の五月蝿い音は私が接触することで通電、ショートして黙った。ウワー、ナニモシテナイノニコワレタヨー。これはクレーム案件必死だね。警護のサイボーグ戦士が行き交う中、ノシノシ我が物顔で歩いても誰も気づかない。こいつはいいや!


 私はサクサクと該当の階段位置(運良く近場にあった)まで移動したのだが……。


『おおう』


 思わずため息が出たよね。なんせそこには不夜の摩天楼があったんだから。いやー、ファンタジーエリアの連合国が一つ収まるぐらいの迷宮的建築物が存在してたらそりゃため息もでるよ。暗がりの中スポットライトが意味もなくぐるぐると周り、飛行船が何台も発着、建物の明かりはどこもかしこも輝いている……この暗がりの世界においては黄金にも等しい色合いの城なんだ。


 ある意味このエリアにおける人類最後の楽園なのかもしれないね。だがダンジョン運営をするモノから見れば、このエリアは明らかに失敗作だ。だってもう先が見えてしまっているんだもの。じりじりと終わりに近づく気配がビンビンに感じられるよ。一つのフロアの終わりはダンジョン全体に影響するというのに何をしているのやら。


 私達の世界を運営している神というやつはどうにもダメダメな経営者らしい。


 之を見るにマジで急いだほうがいいかもしれない。感傷に浸る間もなくサクサク階段を降りていこう。それにフロアに対する時間の流れってやつは一定じゃないんだよね。ある程度加速させたり遅滞させる事ができる。まるで重力みたいだぁと思うかもしれないが正にそうなんだよ。ダンマスを神と称するのもこういった事ができるからなんだよね。

 つまりこのエリアでの1分はファンタジーエリアでの1時間にも、1秒にもなりうるってことだ。現状どうなっているか知る手段はないから、出来うる限り急いだほうがいいだろう。


 そんなわけでガシャコラガシャコラ摩天楼へとエントリーだ。


 で、摩天楼の印象なのだが……正直言って居心地のいい場所ではないね。なんていうのかな。『怠惰の極み』とでも言うべき惨状がそこかしこで起こっている。麻薬に殺人は茶飯事で、嬌声は到るところから聞こえてくる。狂った踊りを明るさの元で楽しみ、暗がりでは私刑を楽しむ民衆が居る。泣き叫ぶ事と笑い叫ぶ事が並列して同居しているんだ、この摩天楼は。正直どういうルールを敷いたらこうなるのかまったくもって理解しがたい。


 また『圧政排除君マークⅦ』の姿を見ると人々が逃げ出すことは外せない。つまるところ『圧政の排除』とは都合の悪いものを叩きのめすための方便の可能性が高いね。にんともかんとも腐りきっている……絵に描いたようなディストピアと言えるだろう。


 あー、ダンジョンの神から制御権を奪ったら此処も管轄になるのか面倒くさいなぁと想いつつ私は中央を目指す。中央にゆくに連れて人並みは少しずつ変わる。最初にあった清濁混合のカオス状態は影を潜め、中流家庭の層に到達したんだろうね。私こと『圧政排除君マークⅦ』を見てもたちまち逃げ出すような者は居ない。この世界にしては珍しく善良な人々だなぁと思うだろうがそうともいえない。いやなんでってそりゃねぇ? この世界のペット事情を考えるとなんとも言えない気分になるよ。


 こいつら人間を飼っているんだ。


 もちろん奴隷じゃない。愛玩『動物』として人間が飼われているんだよ。首輪にリードを取り付けて二足歩行させるもの、四足歩行させるものと数多くいるが大体が眼に陰りがあり、着飾られた上でアルカイックスマイルを浮かべている。いやぁ、これは中々に来るものがあるね。ちょっとこのフロアにおいて人権って言葉はどうなってるのか問いただしたいところだ。いや、人体を容易に機械に置き換える価値観のフロアだし、そんなもんあってないようなものなのかも。仮にあったとしてもマイノリティで、叫べば『圧政排除』されるんだろうなぁ。


 中流層はそんな感じだが此処から先がちょっと面倒だ。此処から先はちょっと綺麗すぎるんだよね。すべてが管理されているっていうか……不純物の混ざる余地がないようなんだよね。となると明らかな鎮圧用ユニットである『圧政排除君マークⅦ』が出歩くにはちょいと不都合が多い。偽装をするにはそろそろつらい時期に差し掛かっているんだ。なのでちょっとした暗がりで着慣れた圧政君を脱ぎ捨て、適当に小さく圧縮したら隅っこに差し込んで隠蔽する。これで見つかっても『なんだこれ?』となり圧政君が一人消えたということにもつながるまい。

 なにせ綺麗に平たくぺっちゃんこにしたからね。これをひと目で圧政君と見抜ける者は居るまいよ。内部機構もメチャクチャだし、相応に調査しなければならないはずだ。


 じゃあこの先どうやって進むかだが、それにもめどが付いている。その名も『光学迷彩』! いやー、ロマン溢れる迷彩だよねぇ。フフフよもやスライムさんの可能性をこのフロアで引き出すことになるとは思っても見なかったよ。

 また私は赤外線にも探知されない(私には体温がないのね)ので視覚作用から逸脱したらまず見つかる恐れはない。エコーロケーションならあり得るだろうけれど……見つかった時はその時考えよう。基本私は天井を這って進むからね、まず検出されることはないだろう。

 ……今度は見つかりませんでしたよ? 私だって馬鹿じゃない、いい加減学習しているんですよ。災厄級だからって慢心したりしてませんよ、本当ですよ?


 代わりに迷子になったけどね。


 いやぁ……ちょっと摩天楼舐めてましたよ。ウィン■ェスター・ミステリー・ハウスもかくやという増築に増築を加えた旧に新を積み重ねた異様な構造体。ひとつ通りを抜ければ他国かと思うほどガラリと様相が変わる通路。そしてそれらは常に『動いている』んだ。なんていうのかな。部屋がまるごと入れ代わって動いていると言うべきかな。これはじめての人じゃなくても絶対迷子になる……と思ったら皆迷うこと無く道を歩いている。端末を持っているようにも見えないがどういうことか。たぶんサイボーグ技術があることから、網膜にでも投影しているんじゃないかな。実際に機械の眼をした人が多数見受けられたし。


 となると迷子は私一人か……日記を物理でつけているのも私一人か……。諸君、日記はいいぞ。手書きの日記は……こう、あったかみが……やめよ。趣味に一々理由をつけていては趣味にならないもんね。


 そんなわけで私はこのラビュリントスと悪戦苦闘することになった。行くべき先が解っていることだけが唯一の手がかりってわけだね。そうしている間に中央にもサイボーグ戦士がうろつくようになってしまった。由々しき事態だね。手っ取り早く行く方法が無いでもない……けれどカードの切りどころは今じゃない。


 そもそも迷子でジョーカーを切るって腹立つもんね! 絶対切ってやらないから!!


 なので私はじっくりじっくり法則性を見定めつつ、階段へと向かって地下へ地下へと歩みを進めていった。歩みは遅くとも焦ってはいけない。堅実さこそが全ての土台となるのだから。実際良く観察してみれば複雑怪奇なラビュリントスも法則性が在ることに気付いたし、そこに何らかの意図が在ることも察することが出来た。


 これは居るとみていいだろう。サイバーフロアを統括するフロア・マスターの存在が。


 ダンジョンでもよくあるのだが、広大なフィールドを設定した場合フロアを統括するボス以外にフロアそのものを指揮する個体が必要になる事がある。言わば『ぬし』と呼ばれる存在だね。ある意味フロアにおける神威執行権を持った存在が『フロア・マスター』というやつだ。

 そいつがこの先……階段前に控えているようなのだよね。私はこれに困ってしまった。なにせフロア・マスターはその階層の秩序を最も重んじるものだ。それが『階段の前』に居座っているということは、それだけ重要視しているということ。これに偶然はありえない。


 つまりこの異常なサイバーフロアの支配者との対峙は免れないってわけだ。階段にかぎってはこっそり迂回して……ってことも出来ないからね。そんなわけでのっそりやってきました摩天楼の中枢は量子演算装置らしき、青い球体コンピューターの御前なわけだ。声は合成の男性とも女性とも取れる中性的なものだよ。


[侵入者――? ばかな、ありえない]

『隠れて参りましたので』

[クリフォトのセキュリティは万全。万が一は存在しません]

『でも私はこうして此処に在りましてよ』

[対象の解析不能。性別女性と類推。また対話の意思在りと推定。当方はクリフォトの管理を担うAIスロースです。貴女は一体?]

『ご丁寧にどうも。私はミーディアムと呼ばれております』

[こんにちはミーディアム。貴女の目的を開示しなさい]

『貴女の直下にある"階段"を通りたいのだけれど』

[階段? そんなものは存在しませんが]

『いえ、していますわよね? フロアを移動するための階段が』

[フロアとはなんでしょうか]

『……ううん?』


 はてな、ここに来てどうも様子がおかしい。スロースに逐一確認していくとどうやら『こと』が見えてきた。


『つまり、貴女の駆動リソースはその直下から湧き出る魔力……こちらで言うエーテルにより賄われているのですね?』

[そのとおりです、ミス・ミーディアム]

『エーテルの湧き出る点をストリーム・ポイントというのですね。つまり龍脈、なるほどなるほど……ところでダンジョンという言葉に聞き覚えは?』

[ゲームに登場する試練の施設、あるいは迷宮的な設備を指して示される単語ですね]


 なるほど、このフロアはダンジョンがないフロアのようだ。であればスロースが知らぬのも無理ないことか。いや、逆なのか? このような世界観を設定したからこそ、自動的にスロースがフロア・マスターとして割り当てられた。そう考えたほうが自然な気がするね。


[――貴女の言う言葉は虚言と断じるべきなのでしょう。一方で実測値はすべて事実であることを証明している。故に当方は問います、ミス・ミーディアム。あなたはストリーム・ポイントに身投げするつもりなのですか?]

『いえ、ですから階段を下るだけなのですが……』

[非推奨です。この奔流の随に飲まれればミス・ミーディアムは消滅するでしょう。当方はそれを良しとしません]

『それは、なぜですの? 仮に私が消滅したところでスロースに、またストリーム・ポイントに影響はでないでしょう』

[影響はあります。当方はミス・ミーディアムを興味深い対象として捉えました。みすみす死なせる真似はしかねます]

『あら……ラブコールはお断りしているのですが』

[慕情とはまた違う観点の興味です。しかし、ミス・ミーディアムを失いたくないという点では一貫しています]

『うーん、どうしても行かねばならないのですけれど?』

[でしたら足止めさせて頂きます]


 そう言って出てきたのはまんまるロボの『圧政排除君マークⅩⅡ』が五体。私が乗っ取ったものより四つもバージョンが高い……多分最新式なんだろうな。でもね、こちとら災厄級のスライムさんなんだよね。強龍酸(龍の胃酸ね)を飛ばしてドジュウと溶けてはい終わりですわ。スロースさんほんとゴメンなんだよ……。


[ばかな、ありえない……理論上は拘束可能であるはず]

『外面だけでスペックを語るようでは片手落ちですわ。では私参りますので。機会があればまたお会いしましょうね、スロース様』

[まちなさ――]


 私は回答を聞かずにスロースの球体へと滑り込み、直下にあるエーテルの流れへ身を押し込んでいく。確かにスロースの言う通り身を削られるような感覚は在るけれど……うん。緒戦はその程度だな。スライムさんの表皮を撫でるぐらいでしか無い。落下していく私は驚愕にきらめくスロースの姿を見ていた。こうして私はユニヴァース最初のフロアを攻略したのだ。


 とまぁこんなところで今日はおしまい。また明日。


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